彼女は歌を聴くのが好きだった。それも、アメリカ人のべろんべろんに甘ったるい声が『ベイビー、僕が君の炎だ』とか囁く、そんな反吐が出そうな類のやつが。また臆面もなく、歌詞が素敵ね、なんて言うからよく揶揄ったが、彼女は恥ずかしそうに笑うだけだった。

 彼女は甲板の上で海を見るのが好きだった。珍しくもない、飛び魚が跳ねるのをいつまでたっても楽しそうに眺めていたりして、にこにこ笑っていた。

 彼女は花が好きだった。ラグーン商会のオフィスには、常にとは言わないが、花を活けた花瓶が飾られていた。食えもしない花なんかに金を使うなんてと思ったが、彼女が嬉しそうだったから、なるべく喧嘩をする時には花瓶を巻き込まないように注意した。それでもオフィスの花瓶は現時点で5代目だ。6代目が飾られる予定は永久にないだろう。

 彼女の好きだった甲板の上で、彼女の好きだった馬鹿みたいに甘ったるい歌を聴きながら、彼女の好きだった花を彼女の為に海に投げても、レヴィは彼女の顔を思い出せない。
 イエロー・フラッグでばか騒ぎして笑った顔も、傷の痛みに情けなくべそをかいていた泣き顔も、頭が半分吹き飛んだ、呆けたような死に顔も、確かに見た筈なのに、レヴィは何一つ思い出すことができない。
 アメリカ人の歌はべたべたに甘い余韻を残して終わった。ラジオは打って変わって激しいメタルを流す。
 彼女の生の余韻はもう、レヴィのどこにも残っていない。

 大きな波が投げ込んだ花を飲み込んで、それきり見えなくなった。

さよなら

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