櫂がこの街に帰ってきた後も、行ってしまう前と同じく敵はいない。
 名前だって櫂がいない間、強くなろうとデッキを組んだりファイトを重ねたりと自分なりに努力していた。けれど、久々の櫂とのファイトは惨敗であった。名前が努力している間に彼も当然努力している。当たり前の事実だが、悔しくはなかった。
 嬉しかった。櫂はあの頃のまま、ずっと誰にも負けない強い櫂なのだと。そう伝えたときの彼の苦い笑みは少し気になったけれど、名前は櫂に負けて、やっと彼が帰ってきたことを実感したものだ。
 ただ、敵がいないということは櫂にとっては面白くないことらしい。日々平穏是即ち幸福なりとする名前には分からない心境であったが、一緒に日常を過ごして笑っていても、彼から時折、戦いへの薄暗い渇望を感じることがあった。
 もっと強い敵を。カードに乗せた刃を交わし、血で血を洗う、燃え立つようなファイトが出来る相手をと求める声。
 名前がそういった、声ならぬ声を聞いて怯える気配を敏感に感じては、櫂は昔の優しい櫂に戻って笑う。
 大丈夫お前じゃないと。
 俺の前に立てるのはお前では無いと。
 その声もまた音にはならなかったが、名前には確かに聞こえる。




 櫂が帰ってきたことに触発され、三和がヴァンガードを再び始めるようになったことも、名前はひどく嬉しかった。まるで、そっくりそのまま全てが昔に戻ったかのようで。

「でもお前じゃ俺の相手になんねーよなァ……」
「なにィ!! こいつめ! 昔の俺とは違うっつーのを見せてやる! 名前も何か言ってやれ!」
「ええー?」

 二人と一緒にいると、名前は大きな安心感に包まれる。櫂がいなかった間だって当然三和とは仲良くしていて、そこに不満があるはずもなかったけれど、それとはまた別の、あるべきものがあるべき場所にある安心感。パズルの最後のピースが綺麗に嵌った瞬間がいつまでも続くような、三角形に組み合った歯車を眺めているような心地よい感覚だ。櫂の引っ越しと共に失われてしまっていたそれが再び戻ってきた今、もう二度と離すまいと思う。
 こうしてずっと昔みたいに笑い合っていたい。それだけが名前の望みだ。

「三和君ガンバレー。当たって砕けろだー」
「うわ超棒読み! しかも何で玉砕前提なんだよ!」
「だーって、今までサボってた三和に比べたら私の方が絶対強いもん。で、その私に櫂は勝ったもん、ね?」

 名前がヴァンガードを続けていたのは、勿論好きだからということもあるのだが、櫂に再会したとき、彼に失望されたくないから、という面もけして小さくはない。櫂の為、と言い切ってしまえばくすぐったかったが、同時に誇らしく、その通りであると胸を張れる。
 褒めて欲しい名前のそわそわした雰囲気を察してか、櫂が笑った。

「そうだな、名前は強くなったな。新しいデッキも良かった」

 大きな手が名前の頭頂部から後頭部へ、流すように何度か滑らされる。優しい重みにふにゃりと口元が蕩けた。
 褒め言葉は真実だろうが、あやすような響きがあるのは否めない。結局名前は櫂に負けているのだ。それを考えると複雑だったがやっぱり嬉しくて、出来るだけ長く撫でていて欲しいから、小さく頭を弾ませた。

「うん!」
「ズリィ俺のときと態度が違う!」
「お前、俺にこうして欲しいか」
「……やっぱいいわ」

 そんなやり取りをしているうちに自然と外されてしまった手は、名前が名残惜しく見守っていることすら知らん顔で櫂の顎の下に納まった。
 空虚に燻る炎を消すことも燃え上がらせることも出来ぬまま、彼は呟く。

「あー、戦いてー……」

 どんなに望んでも、どんなに愛しても。
 名前にその空白を満たしてやることは出来ない。
 そこにどうしようもない無力を感じ嘆きたくなるのに、安堵する。

 櫂に敵う相手なんていなかった。これからもいなければいい。
 言い知れぬ予感に胸をざわめかせながらも、名前はそう願わずにいられない。

(──どこか遠くで、違う歯車が廻り出す)


11.05.22
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