起きると、ユージンが昨日の宿泊客である名前の二の腕を抱え込んでなにやらちくちくやっていた。具体的には、赤い糸で縫い合わせている。

「取れたんですか」
「昨日ユージンったら激しくってね、うふふ」

 黒田の問いに、自由な片手を口にあて、上品ぶりつつ飛ばした発言をした名前は即時ひっぱたかれる。いたぁい、などとぴいぴい泣いてはみせたが二秒後にはけろりと笑って黒田を手招いた。

「何か食べる?」
「何でお前が家主みたいに振る舞うんだ」
「いえ、結構です」
「ユージンもそう言うの。あなたたち、ちゃんと食べてる?」
「お前にだけは体の心配をされたくはないな」
「ひどーい。ま、それもそうかなー」

 こんなんだしねー、と気にした様子もなく継ぎ接ぎだらけの脚をばたばたするものだから、またユージンが短く叱りつけた。

「暴れるんじゃない。……よし、できた」

 玉結びの余りを端整な犬歯で噛み切ると、軽く満足そうに息を吐く。名前は矯めつ眇めつ傷跡を見て笑い声を上げた。

「やだーもう、意外と不器用なんだからー! カワイイ!」

 確かに、ユージンの繕った跡は糸の間隔もばらばらで、縫い目も平行とは言い難い。彼自身は神経質な面がある男であるから、恐らくじっとしていない名前のせいだろうが。それを分かっていながら揶揄い、楽しそうな名前とは対照的に、不器用と評されたユージンは面白くなさそうな顔で、何度か縫い目を上から撫でた。

「…………?」

 ユージン――縫い手が上から撫で付ける度に、縫い糸が肌に溶け、とろりと染み込むように消えていき――

「! あ!」

 やがて名前の二の腕に残ったのは不器用な赤い縫い目ではなく、二つの肌の色が滑らかに溶け合った境目だけであった(死体の腕を使っているので、指先側の方がやや青ざめている)。日焼け程度の違和感しか残さなくなったそこをまたまじまじと見つめ、名前はぽかんとしている。

「これで文句もないだろう」

 炎の形に似た優美な糸巻きに余りを巻き付け、針を糸巻きの芯部に納めながらなんでもないよう澄まして言うユージン。確かに、彼女の他の部位――縫い目が剥き出しで、補修を重ねた人形のよう――よりはずっと人間に近い。美しく形成されたそこを見て名前は――何故だか、複雑そうな表情をしていた。

「どうしたんですか?」
「……んー、いや、嬉しいんだけどー」

 つるつると色の境目を撫でる指のうち、親指と付け根の膨らみだけがやや男性的だ。そこも違う『パーツ』らしく、負けず劣らず不器用な縫い目が斜め十字の模様を描いている。

「ユージンが折角頑張ってやってくれたんだから、残ってても良かったかなって。ちょっとザンネンかも」

 なんてねー、などと舌を出して首を傾げる名前。
 何となく合わせなければいけない気がして一緒に首を傾げながらそういうものかと納得した黒田と名前に、裁縫箱をしまい終えたユージンが振り返った。

「お前はほんとに面倒な女だな!」
「えー? だってー、女の子だったらそう思っちゃう事もあるのよ? しかも赤い糸とかわーやだロマンチックだったんじゃない?」
「何が赤い糸だ。女の子って年でもないだろう」
「そうですけどねー」

 彼の暴言も柳に風、すいと立ち上がった名前はユージンに近寄ると、気分を害したのか再び背を向けてしまった彼の頬に小さく口づけた。

「ありがと、嬉しい」

 元々名前の肌は継ぎ目だらけで、種族や肌の色の違う『パーツ』すら取り入れられている。今更縫い目など消してやる意味はない。日頃からしばしば『パーツ』を取り替えることの多い名前のことであれば尚更。
 黒田は、わざわざ道具を使ってまで跡を消してやったのは、いつまでも己の未熟な縫い跡を揶揄われたくなかったからかと単純に考えていたのだが、名前はどう受け取ったものか、言葉の通り嬉しそうに微笑む。

「大事にするね、ユージン」
「……せいぜいそうしてくれ。二度同じ場所には使えないからな」
「うん」

 彼の両肩から手を離し、踵を着地させると名前は振り返り、身を屈めると黒田の頬にも唇で触れた。ひんやりとした感触は死体のそれだ。

「黒田もありがと。お邪魔しました。また来るね!」
「はい。お待ちしてます」
「次は客として来い。お前が来ると仕事にならん」
「つれないの。でもそんなとこも愛してるよ、ユージン! じゃね!」

 取り付けてもらったばかりの腕を自慢するよう広げて、名前は嵐の様に去った。余りに機嫌良く歩くせいか、遠ざかる背が時折躓いて沈むのを見送りつつ、黒田はそっとユージンに視線をやった。
 律儀に見えなくなるまで見送る助手とは対照的に、商人はさっさと背を向けて己の生活の枠に戻っている。客人が軽く畳んで置いていった膝掛けを腕にかけ、定位置にしまい直そうとし――つと指先で自らの頬に触れる。
 拭うかと思われた仕草であったが、ユージンは軽く目を眇めて小さく鼻を鳴らしただけで、それきりだった。

13.02.01
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