ふと、何かが動いたような感じがして意識が現実に引き戻される。それまで夢を見ていたのか見ていなかったのか、それさえも瞬時に忘れてしまった。意識だけが目覚めている中、瞼を押し上げるのが億劫でそのまま二度寝をしようかと、とろとろと睡魔に誘われていると再びなにかが動いたような感触がする。おかしいな、そう思ったもののやはり瞼を開けるだけの気力は起こらず、再度深い眠りに入りかけた、その時。

「…ん、」
「…、っ」

すぐそばで漏れ聞こえた声に慌てて目を開くと、目前に広がるのは壁でも敷布でもなく、玉の首元だった。びっくりして声を出さなかった自分を褒めたい。いや、実のところを言うと、あまりの驚きに声が出なかったのだが。

目覚めの光景にしてはいささか刺激が強いそれに、どうしたものかとうろうろと視線をさ迷わせた。いや、そもそも、なぜ玉が私の寝台にいるのか。昨夜は玉が遅くなるというので、元々そのつもりではあったのだが、待っていないで先に寝てろという文が届いた。こういうことは今回が始めてではなく、むしろ度々あることなので、昨日もいつものように家主である玉の代わりにいくつか仕事を片付けてから寝台に潜り込んだ。少し考え事をしていたが、わりと早めに眠りに落ちたと思う。

そこまで昨夜の自分を振り返ったところで、私は再び意識を目前の玉に移した。いや、目前の玉の首元はやはり私には刺激的すぎて、うろうろと視線をさ迷わせた末に胸あたりの夜着を見つめる。な、なんで私ひとりでこんなにどぎまぎしてんだ。

しかしじっと玉の胸のあたりを見つめていると、ゆっくり上下する玉の胸に自然と顔が熱くなってくる。当たり前だけど、生きてるんだ。恥ずかしくなってくるけれどもちろん玉の首元なんて見れないし、目のやり場が、ない。

「…あ、う…」

玉、起きて。そう思うもののこの至近距離が恥ずかしくて声に出せず、また仕事から帰ってきたばかりかもしれない彼を起こすのはどうしてもできなかった。玉、玉、起きて。そう念じるものの、やはり玉が目覚める気配はない。

ふと意識してみれば腰に玉の手が回されており、まるで抱きしめられるような体制で私と玉は横になっていた。それを感じた途端じわじわと腰が熱くなっていく気がして、恥ずかしすぎて泣きそうになる。

「ぎ…玉…」

か細く玉の名前を呼ぶけれどそんなもので玉が目覚めるはずはなく、相変わらずゆるやかに上下する胸は変わらなかった。もぞもぞと少しずつ後退して距離を取ろうとしたところで、ぐい、と力強く腰を引かれた。…玉、起きてたんじゃない。今すぐ怒鳴ることもできたけれど、やはり恥ずかしさのほうが勝るようで。これ幸いとばかりに玉の胸元に額を押し付けて顔を隠した。

「芙莅」
「…馬鹿玉、いつから起きてたのよ」
「…あなたが目覚めた辺りから」
「っ、ば、ばかっ!」

あの私の行動を全て見られていたのかと思うと今すぐ穴に入りたかった。いや、穴に入るのは無理だとしても、布団を頭からかぶりたかった。けれど今のこの体制ではそのどちらも叶わない。腰に回されているのと反対の手で、さらりと髪を梳かれた。

「すみませんね、あなたがあまりにも可愛くて、つい」
「…」
「芙莅」
「…なによ」
「こっち向いてください」

お願いの言葉だったが、私が反論する前に軽く後ろ髪を引かれて否応なく玉を見る体制になる。玉の顔をこんな至近距離で見るなんて、熱かった顔が更に熱を持ったように感じた。あぁもう、もう、恥ずかしい。

「な、なによ…」
「…いえ、そこまで照れているとは思わなくて」
「じ、じゃあもうしないでよこういうこと!ていうかなんで玉が私の寝台にいるの、自分の寝台行きなさいよ!狭い!」
「いや、帰りが遅かったもので」
「だから?」
「可愛い妻の寝顔でも見に行こうと思ったら、あまりにも長閑なアホ面をしているものでついつい添い寝してしまいました」
「…っ?!」

どこに突っ込めばいいのやら、怒ればいいのやら、恥ずかしくなればいいのやら。頭がぐちゃぐちゃになってきて何も言えずにいると、玉はそんな私にくすりと笑みを零して私の前髪を撫ぜた。至近距離でそんな笑みを見せられて私の胸は爆発寸前だ。触れた額が徐々に熱を持っていく。あぁ、そんな顔を向けられたらもう私の負けだよ、玉。

「おはよう、芙莅。今日も元気なようですね」
「……おはよ、玉」

こうやって、なんだかんだで丸め込まれて甘やかされて。分かってはいたけれど、やっぱり私は玉には勝てないようだ。




モーニング



121014/