かつかつと高い音が聞こえる。階段を一段一段降りるその靴音を21まで数えると、音が跡絶えた。

「…燈芙莅、出ろ」
「え?やだなぁ清雅くん、私まだ話すつもりはないよ?」

ガシャン、と音を立てながら牢屋の鍵が開けられる。清雅くんの顔は苦渋に満ちていて、分かっていながらもとぼけたふりをしてそう告げた。昨日までは、真相をいい加減吐け、という言葉の繰り返しだったくせに。そう思いながらにこりと笑みを零す。清雅くんの悔しそうな顔は私の言葉に更に歪んだものの、やさしい彼は私のおとぼけに少しだけ付き合ってくれた。

「どんな拷問にかけてもか?」
「うん。話さないよ。その必要がないからね」
「…出ろ、燈芙莅。よかったな、釈放だぜ」
「不思議だね、うれしいはずの言葉なのに嫌味にしか聞こえない」
「いい勘してるぜ」

ふふ、と笑みを零す。すると清雅くんは、牢の鍵が開いたというのに未だに粗末な寝台に座って膝を抱えている私の腕を引っ張って無理矢理立たせた。そのまま腕を引かれるままによろよろと足を進めると、あっさりと牢から出る。いい場所なんかじゃなかったけど、清雅くんと毎日二人っきりで会えたことを思えば、なかなか素敵な逢瀬場所だったんじゃないかな。そんなことを思いながら、今度は自力で階段を一段一段上る。ゆっくりだったけれど、背後の清雅くんから急かすような言葉はなかった。こういうところは紳士というか、なんというか。清雅くんの意外な一面をまたひとつ発見した瞬間だった。

階段を上り終えて地上に出ると、そこにいたのは相変わらず堅い表情をした皇毅だった。眩しい太陽に目を細めながら彼に向けて笑みを零すと、途端に露骨に嫌そうな表情をされる。やだな、傷付くじゃあないか。

「久しぶり、皇毅。しばらく会わないうちに老けたね?」
「残念ながら不老ではないからな。2年も会わなければ当たり前だ」
「言われてみればそうか。…この釈放、君の手回しなんでしょう?迷惑かけてすまなかったね。ありがとう」
「謝礼金はいつでも受け付けてる」
「君は相変わらずだね!」

皇毅の後ろでこの私と彼のやり取りをぽかんとした顔で見つめている清雅くんに、事の次第を悟る。口に出すとやはりそれは当たりらしく、皇毅はにやりと笑みを浮かべて堂々と金を要求してきた。旺季さまのためだと分かってはいるけれど、金に目がないのは昔から変わらないらしい。なんて汚い奴だ。

むう、と口を尖らせていると、無表情になった皇毅に頭をビシッとはたかれた。理由が分かっているので、むくれはするものの怒りはしない。あぁ分かっていますよ、こうやって軽口を叩けるのも君のおかげだっていうこと。

「馬鹿はほどほどにしとけ。私が気付かなかったら今頃清雅に死ぬより恐ろしい拷問されてるぞ」
「…心配かけてごめんなさい」
「ならもうヘマはするな。牢獄名簿にお前の名前を見つけるような思いはもう二度と御免だ」
「うん、私もそれは御免だから。もう捕まりません。でもなかなか牢獄暮らしもよかったよ?毎日清雅くんが会いに来てくれたし。ね?」

ひょこっと皇毅の後ろを覗いてそう清雅くんに声をかけると、清雅くんは引き攣ったような表情を浮かべて小さく首を横に振った。なぜ、否定するんだ。

「無視しとけ、清雅」
「酷いよ皇毅。ね、呼んでくれたらいつでも顔だしてあげるからさ、普段は暇だし。またなんかあったら呼んでね」
「…気が向いたらな」
「うん、気が向いたらでいいから。…じゃあね、清雅くん。君と離れるのがたったひとつの心残りだなぁ、牢獄生活はなかなかよかったよ。また会おうね」

ひらり、と一度だけ手を振った。踵を返して少し歩けば、背後から「…何者ですか、あいつ」「燈芙莅だ。それ以上でもそれ以下でもない」という失礼極まりない声が聞こえる。覚えとけよ、皇毅。

ひとつ角を曲がった先にいた晏樹ににこりと笑みを浮かべると、桃が飛んできたので代わりに柿を投げつけてやった。牢獄の傍に柿の木があって助かったと思う。パシンという堅い音と、楽しそうな晏樹の笑い声が聞こえた。

「楽しそうだね、芙莅」
「うん、かわいい子見つけちゃった。ねぇ、皇毅に清雅くんちょーだいって言っといてよ」
「なんで僕が」
「うふふ」
「…答えになってないよね、芙莅」
「えー、しらない」




わたしのお気に入り
秋、乾燥した落ち葉の絨毯、冬の空、琵琶、悠舜の嘘、皇毅の笛、晏樹の性格。そして今回ひとつ追加されたのが、清雅くん。



121012/