どうしてわかるの?隠してたのに(竹谷)
「先輩、なんか嫌なことでもあったんすか?」
そんなことを唐突に聞いてきたのは私の後輩ハチだった。先ほどまで他愛ない話を交わしていたはずだったのだがどうしたのだろうか。
「どうしてそう思うの?」
「先輩がなんか、落ち込んでる時の表情っつーか…上手く言えないんすけど、なんかあったのかなって。」
「……あ。…あの、全然どうってことないの!ただ昨日気になってた映画を録り忘れて…ふと気になっただけなの、ごめん!」
「あ!それなら俺DVD持ってるし持ってきますよ!」
「あ、ほんとに?ありがとう!」
「先輩の役に立てて嬉しいっす!」とはにかむハチは本当に後輩の鑑のようだと思った。こんないい後輩にこんなくだらないことで心配かけてしまうなんて情けない先輩だな…と思いつつそんなちょっとしたことで気付いてくれるなんて、なんだか恥ずかしくもなる。
「あ、じゃあ私こっちだから。」
「はい!先輩お気を付けて!」
いつもと同じところで別れる私達。毎日一緒に帰ってはいるが私達は別に恋人同士ではない。ただ同じ部活に所属している先輩と後輩という関係としてしかハチは認識してないだろう。
そう、これはあくまで私の片想いなのだ。
「先輩今日もお疲れ様でっす!」
「うん、ハチもお疲れ様。」
「あ、そうだ先輩!この間言ってた映画の続編やるらしいっすよ!」
「え、ほんと?うわあそれは見たいな…!……ハチ、一緒に見に行こうよ。」
流れ的に不自然じゃなかっただろうか。声や顔には緊張してるのを悟られぬように気を付けて誘ってみた。本当は緊張して緊張してどくんどくんと脈打ってるのを全身で感じる。
「え、あ、あの……俺を誘ってくれたんすよ、ね……い、いいんですか…?」
「へ…あ、ハチこそ…いいの…?」
「俺も先輩誘おうと思ってたんすよ!そしたらまさかの先輩から誘ってもらっちゃって…」
ほんのりと赤く染まっているように見える頬に靨を作りはにかむハチ。私は内心凄く安心して全身の力が抜けそうになるのを必死に堪える。
別に具体的にいつ行くのか、とか決めた訳ではないけれどもハチと約束を取り付けられたことが素直に嬉しかった。もともとハチと距離を感じていた訳ではないけど、もっと近くなれたような気がしたから。
それからも今までと変わったことは特になく、毎日一緒に帰路に就く。そんな日々を繰り返してるうちにあの約束を思い出してはちょっと浮かれている私がいた。
しかし、浮かれていた私は友人から聞かされた事に酷く動揺した。
友人曰く、ハチが可愛らしい女子に告白されたらしい。それを聞いて私ははっとした。今まで喜んで浮かれて忘れていた。私達は結局付き合っている訳ではないのだ。
「それであの時七松先輩が放ったボールが………先輩?」
「……あ、…えっと…ごめん、なんだっけ…?」
「…先輩、さっきから上の空ですけど…どうしたんですか?」
せっかくハチと一緒にいる時間なのについハチが告白されたことばかりが頭を占めて話に集中出来なくなってしまう。
また心配させてしまっただろうか。
「隠しても無駄っすよ?だって俺、先輩のことならなんでもお見通しなんですから!…なんて!」
「…ふふっ、なによそれ。…ごめんね、心配してもらっちゃって…。」
「全然構わないっすよ。先輩になんかあって抱え込んだまま悩まれてる方が俺、嫌なんで。」
なんていい後輩なんだろう、こんな後輩を持てて先輩として本当に嬉しく思う。隠し事をして下手に心配かけるくらいなら話してしまおうと思った。
「あの、さ。…告白…されたんだって…?友達から聞いて…」
「へ…?……あ、俺のこと…すか?」
「…そう、だよ。」
「………あの、あの子の気持ちは嬉しかったし、ありがたかったんですけど、ちゃんと断らせてもらったっす。」
「………そう、なんだ。」
ずっと引っ掛かっていたことが知れて良かったのだが会話が途切れてしまった。
なんとなく気まずい雰囲気になって口を噤む。
「あの、俺が好きなのは先輩っすから。」
「……へ、あ、………え?」
「先輩が不安になるようなことは、何一つないっすよ。」
「べ…別に不安になんか、なってない…。ただちょっと気になっただけで、」
「え?だって先輩、俺のこと好きですよね?」
何て切り出すべきなのか分からずに黙りこくっていた私にハチはとんでもないことを言い出した。信じられなくて頭がついていかない。
ていうか私がハチを好きだって、ど、どうしてそんなこと分かったんだ。
混乱して黙って足を早めることしか出来ない私の手を掴んで、そっとはにかんでくれるハチに更に心拍数が上がり、このまま私の心臓は壊れてしまうんじゃないかと思った。
どうしてわかるの?隠してたのに
言ったじゃないですか、
先輩のことはなんでもお見通しだって
お題配布元 (瞑目)
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