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アパートの下につき、俺を降ろすと梶野は近くにパーキングがあったからそこに駐めてくると言って大通りに出る道を曲がっていった。

1日ぶりに家の鍵を開けると心なしかホッとする。借金を返し始めてから5年弱、自宅に帰らない日はなかった。どうせ梶野が戻ってくるので鍵は閉めずに荷物をいつもに定位置に置いた。

「ただいま、母さん」

コップに水を入れて、棚の上に乗せる。仕事から帰って来て、毎日の日課にしていることだった。
着替えてしまおうと、梶野から借りたジーンズとTシャツを脱いでTシャツは洗濯機、ジーンズは畳んだ。久々に原田と社長に会うので少し奮発して買った自分のジーンズを履いてベージュのTシャツを取り出したところでインターホンが鳴った。そして合わせて人の声もした。

「伊藤さ〜ん、ハンダで〜す」

しまった。昨日の夜、借金を取りに来る日だったことを今になって思い出した。集金日の夜9時にハンダさんの部下であるウノさんが取りに来るのでその日は絶対に予定を入れないようにしていたのに。梶野に偶然会ってしまってからすっかり忘れていた。多分いつもの若い人が来て、いないからハンダさんにでも連絡をしたのだろう。電話でも一本入れればよかった。
後悔してても仕方がないと、慌ててドアを開けると、ハンダさんが口笛を吹いてにっこりを笑う。

「ど〜も〜、お久しぶりです〜昨日どうしたんですか〜?逃げちゃったのかな〜ってちょっと家の中お邪魔しましたけど、そんな雰囲気もなくて、じゃあ、明日でいっか〜と思ったので電話もしませんでしたけど、俺、伊藤さんに甘いって上司に言われちゃいました〜!てか〜そんな、上半身裸でお出迎えなんて〜熱烈ですね〜」

語尾を伸ばしたゆるい話し方がとても懐かしいが、今はそんなことを言っている場合ではない。

「すみませんでした・・・!あの、酔っ払ってしまって、友達の家に・・・」
「あぁ〜なるほど〜ま、久々に伊藤さんに会えたことだし、良しとします〜で、最近ちゃんとご飯食べてますか〜?棚から牡丹餅な上裸ですけど〜同世代とは思えないほどお腹がぺったんこで心配になります〜」

そう言ってペタペタと腹を触ってくるハンダさんは怒っていないようで安心した。苦笑いでそれなりに食べてます、と答えたところでアパートの階段を上がってくる足音が聞こえ、同時に俺の携帯が震える。画面を開くと梶野からで、ハンダさんに目線をやると首をかしげる。
まずい、ハンダさんといるところを見せたいとは思えないし、梶野もいい気はしないだろう。なんと言ったって、相手は闇金の取り立て屋だ。いくら人が良いとしてもだ。しかし、鳴り続ける着信を無視することはできず、玄関に立っているハンダさんにすみません、と言ってドアを開けると階段を登りきった所でスマホを耳に当てて立っている梶野と目があった。

「ごめん、梶野お待たせ。というか、今ちょっと、あの、」
「あ〜お友達ですか〜?」

ハンダさんが俺の肩に手を回して外を覗き込む。それを見た瞬間梶野の周りの空気が一気に重くなった。そうなるよな、先輩が闇金にたかられてるところに出くわしたら。まぁ、実際は至極穏便になんなら世間話なんかもしていつも終わるのだけど。

「・・・とりあえず、先輩は服を着てください」

座った目のまま、俺の目の前に来た梶野はそう言ってハンダさんの腕を俺の肩から解いた。
言われてみれば着替えてる最中だった。廊下に放り投げたTシャツを手に取って着てから振り返ると、玄関で何やらハンダさんと梶野が話している。古くて狭い俺の家の玄関にスーツを着たカタギには見えない男とカーキのTシャツにブラックデニムを履いたイケメンが並んで立っているのが違和感でしかない。しかもどちらも高身長のせいで、さらに玄関が狭く見える。

「あの・・・とりあえず、お二人とも入りますか・・・?」

控えめに声をかけると、四つの目がこちらに向く。

「良いんですか〜?お邪魔しま〜す」

まず最初にハンダさんが高そうな革靴を脱いで入る。梶野はムスッとした顔をして無言で後に続いた。ハンダさんは、引っ越してきた当初毎月来てはお茶をして返っていた為、勝手知ったるというように、テーブルすらない俺の部屋のベッドの下から来客用座布団を2枚出して自身はフローリングに直で座った。

「ほらほら、お兄さん〜突っ立ってないで、座ってお話ししましょう。聞きたいことありますよね〜?」

ポンポンと座布団を叩いたハンダさんに剣呑な眼差しを送りながらも、素直に従った梶野を見てほっと胸をなでおろす。とりあえず、飲み物でも、と思い冷蔵庫を開けたが見事に何もなかった。近くのコンビニに行こうと振り返ると先ほど座っていたはずの梶野が真後ろに立っていて、ひっ、と情けない声を出してしまった。

「なに?どうした?」
「なんか、買いに行きます?というか、あれですね、コンビニかどこか寄ればよかったですね、俺の家から来る途中で」
「え、あ、ううん、近くにコンビニあるから」

心なしか、【俺の家から】と言った声が大きかった。梶野の後ろを覗き込むとハンダさんが珍しく笑みを消してタブレットを見ている。いつも笑っている人が無表情だとあんなに怖いのか。

「なんか、飲みたいものある?」

梶野に視線を戻して聞くが、なんでも良いですよ、と返ってきたので無難にお茶でも買ってこよう。ハンダさんにも聞こうと思ったが、やめた。多分、仕事に関係することをしているのだろうし、いつも缶コーヒーのブラックを飲んでいた気がするのでコーヒーを買ってこよう。

財布を持って、玄関を出る。階段を降りながら、あの二人がどうか穏便に話せますようにと祈った。




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