06


ドアを閉めて、鍵とチェーンをかけると狭い部屋の半分を占めるベッドに原田は座ってこちらを睨んでいる。

「しんちゃん、どういうことか説明してもらおうか」
「・・・さっき社長が言ってた通り」
「なんでそんな、お人好しなんだよ・・・」
「はは、本当にね」
「どうすんだよ。俺の親父の知り合いの弁護士でも雇うか?」
「いや、大丈夫」
「お前の大丈夫は大丈夫じゃねえ!」
「まだ、大丈夫。まだ、その闇金とかってとこのやつも来てないし。もしかしたら俺を保証人にした人が捕まってるのかもしれないし」
「・・・じゃあ、その闇金の奴らが来たら、絶対ぇ教えろよ?連絡来なかったらお前との縁なんか、金輪際、一生切ってやるからな!!!」

また涙目になりながら、俺のために怒ってくれる原田を見て胸が痛む。縁を切る、か。すごく悲しいけど、でもそれが一番原田のためになるんだろう。

「わかった。そんな怒んないでよ」
「だって、お前!・・・いつも肝心な時に一人でどうにかしようとするじゃねえか」
「・・・今回はしない」
「・・・絶対だぞ」
「ん」
「はー。なんか、お前このままどっかに消えてくんじゃねえかって、めっちゃ焦ったわ。はは」
「っ、は、そんなことないよ」

長く友達やってるだけあって、俺の思考はバレているらしい。それを実行しようとしている俺を、許してくれ。俺とは無関係になって、幸せに暮らしてくれ。

「てか、原田、彼女と最近どうなの?」

話をそらすには雑すぎたかと思ったが、原田は気にせず答えてくれた。

「あー、うん、結婚、しようと思ってる。来年には」
「おぉ、おめでとう」
「いや、まだだって」
「結構長いよね?もう8年?くらい付き合ってんじゃないの」
「おう、専門からだからそんくらいかな。あ、結婚式するとしたらお前にスピーチ頼むから。楽しみにしてるわ」
「え、やだよ。無理。そういうの苦手だって知ってるでしょ」
「だから頼むんじゃん?」
「最低」

きっと、原田との最後の会話になるだろう。いつもと変わらぬ軽口を俺は噛み締めながら聞いていた。結婚式のスピーチ、ごめん、俺はその約束を果たせない。もし可能であれば、手紙でも送ろう。原田の親父さんの会社にでも送れば確実にこいつの手元に行くだろうから。
その日は泊まっていくと駄駄を捏ねる原田に負けて、夜中まで話した。

そして翌日仕事だった原田を早朝に見送り、俺は部屋の片付けを始めた。引っ越してから、荷物が少ないこの四畳半で良かったと思ったのは初めてだった。
随分と殺風景になった部屋で窓を開けてタバコを吸っていると、アパートの前に黒い車が一台停まった。早かったな。タナカジョウと連絡が取れなくなってすぐに俺のところに来たのだろうか。

玄関に向かい、鍵とチェーンを外す。錆びた階段をドスドスと上がってくる音が聞こえると、インターホンが鳴る。ドアの目の前に立っていたのですぐに開けると、いかにもなお兄さんが二人立っていた。
すぐにドアを開けたからか、少しビビっていたがすぐに鋭い目つきで俺を見てきた。

「おー、兄さん肝座ってんな」
「なに、来るのわかってました〜?」
「・・・わかってました。見られると困るので入ってもらえますか」
「話早くて助かりますー」

そう言って一人が部屋に入り、もう一人は玄関の前で待っていると答えた。

「玄関前だと、通報されても困るので下にいてください」
「あぁ?指図してんじゃねぇぞコラ」
「いや、こんなに快く迎え入れてくれてんだ。そんくらい聞こう。お前下の車で待ってろ」
「・・・うっす」

どうやら部屋に入ってきた人の方が上司らしい。黙って車に戻ったのを見届けてからドアを閉めた。闇金の人が物がほとんどなくなった部屋を見て、口笛を鳴らす。

「すごいね〜、お兄さん。何、周りに迷惑かけたくない、って感じですか」
「あぁ、そんなとこです。それより、金、ですよね。いくらですか」
「そんな急がなくっても〜。まあ、あいつが、田中が借りたのは200万なんですけどね。こちらにもビジネスがありまして、利子ってのがあるんですよ。んで、もうその利子がついちゃってて、今は400万くらいなんですよね。それも返してもらえてないので今現在もどんどん利子が増えてる感じです」
「っ、400、万ですか」
「ええ、今キャッシュでいただけるなら、それで構わないんですが、この様子だと〜・・・なさそうですね。」
「はい、ありません。月いくら返せばいいでしょうか」
「ん〜そうだなあ。8万で10年、15万で4年って感じですかね〜」

返済期間が伸びれば伸びるほど利子が増えていくのだろう。それにしたって、200万が現時点で400万、それが月8万を10年と考えると960万、月15万を4年だと720万だ。闇金とはそういうものなのだろう。月15万、か。いや、確実に返すなら月8万の方がいいだろう。

「月8万ずつ払います」
「うわ〜、本当にお兄さんすごいですね、普通は、自分は関係ないとか、訴えてやるとか、喚くもんなんだけど」
「自分の無知が招いたことなので。一つ伺いたいことがあるんですけど」
「なに?お兄さんのこと気に入ったから、なんでも聞いていいですよ」
「その、あいつ、タナカジョウが見つかった場合は、支払わなくて良いのでしょうか」
「え?あぁ、もちろん。借りて逃げるなんて、相当痛い目みないとわからないでしょうからね〜。その時点でお兄さんへの請求は無くなりますよ。変なもの見えちゃう薬売ったり、体を売ったり、血反吐吐いてでも金稼いできてもらいますよ〜」

笑って答えてくれたが、目が全く笑っていなかった。タナカジョウを見つけて、どうにかしてやろうと思っていたのだが少しためらってしまう。

「ま、こちらとしては、金さえ帰ってくればいい話なので〜いや〜ほんと話のわかるお兄さんでよかった。あ、よければ稼げる仕事、紹介しましょうか〜?お兄さんの見た目なら、たぁんまり、稼げると思いますけど〜」

先ほどの話を聞いて、お願いします、なんて言えるわけもなく、激しく首を横に振った。

「いや、大丈夫です。普通に働いて、返します」
「残念〜、ま、オッケーです。お兄さんはギャンブル癖もなさそうだし、真面目に働いていればフツーに返せますよ〜」
「・・・はい」

それから返済方法や未払いの際の利子、引っ越した場合の住所の連絡先など、細かい説明を受けた。本当はこんなに丁寧にやらないんだけど、お兄さんいい子だし美人だから特別。と言われたが何も嬉しくない。一通り説明を終えてじゃあ、またね〜といって帰って行った。
その日の夜、大家に電話をかけて急で申し訳ないが退居したいと伝えた。母さんが入院していたことも知っていて、よくしてくれていた老夫婦だったので淋しく思うけど、仕方がない。
突然のことだったので事情を聞かれたが、仕事場が遠くなると嘘をついて納得してもらった。
敷金などの詳しいことは後日改めてお願いします、と電話を切って部屋を出た。ベッドや唯一ある家具の棚は業者に頼んで引き取る手配をした。それ以外は手持ちで運べるほどの量だった。もちろん、右手にはしっかりと母さんの遺骨を持っている。

電車に乗り、とりあえず栄えている町を目指す。とりあえず一晩はネットカフェに泊まり、即日入居可能な安い物件を探すつもりだ。ネットカフェに入り、電気の節約のために切っていた携帯の電源を入れると社長と原田から連絡が来ていた。高校や大学の友達からの連絡は一切来ない。まぁ、これは俺が寝不足でよろけて、携帯を川に落としてしまい無くしてしまったからなのだけど。

「あー、これで、本当に独りか」

口から出た言葉に自嘲の笑みがこぼれた。真面目に勉強していれば、あの時タバコをやめていれば、大学に行かずに働いていれば、タナカジョウについていかなければ。・・・母さんが生きていれば。たくさんの「で、あれば」が思い浮かんでは消える。無意味なのはわかっているが、考えずには、望まずにはいられなかった。
原田は怒るだろうか、悲しむだろうか。結婚式でスピーチをしてくれと言っていたのに、嘘をついた俺を恨むだろうか。・・・本当に縁を切るのだろうか。いや、それを望んだのは俺なんだ。

社長にもたくさん迷惑と心配をかけるだろう。そうだ、もう少し落ち着いた時にでも、退職届けを出さなくては。それにもしかしたら、バーのオーナーにも話がいってしまうかもしれない。闇金の支払いが終わったら、まだ店を続けていてくれるのであれば、顔を出してもいいかもしれない。

いや、そんなことより、これからのことだ。

収入源の確保が第一にあって、まあ、貯金は多少あるのでそれを元にどうにか生きていかなくては。
そういえば、携帯も、変えないとな。先ほど闇金の兄さんに言われたことの一つで、携帯を一つ用意しろと言われた。今までの知り合いの足がつかないものがいいのだそうだ。
2台持つ余裕なんてないし、この際スマホをやめて一番安い携帯に変えよう。
明日やらなければならないことを整理しつつ、携帯の設定を開いて初期化ボタンを押した。

体力を温存しなければと、目を閉じると疲れているからかすぐに眠れた。

幸か不幸か、見た夢は高校時代に仲間たちと楽しく過ごした日々の内容だった。



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