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 第一線級のプロヒーローの事務所が一か所に固まっているはずもなく、雄英卒業生のほとんどは都市部を拠点にしつつ、全国で活動を展開している。
 現場が重なるなどの事情から地方で突発的にプチ同窓会状態になることはあるが、全員でどこかに集まるということは年に一、二度あるかないかだ。とはいえ数人規模の飲み会ならばたびたび開催されていて、そういうときに集まるのはたいてい、雄英からほど近いところにある雄英OBヒーロー御用達の個室居酒屋だった。
「爆豪さぁ、上か下か真ん中かっつったら、どこがいい?」
 ジョッキ二杯目でご機嫌の上鳴が、携帯をいじりながら正面の爆豪にからんでいく。呼び出しがかかりそうな晩は酒を飲まないヒーローが多いが、上鳴は「今日は絶対呼び出しこねーと思う! だって今日のこの辺の当直当番、耳郎んとこだし! 俺、耳郎に爆豪と瀬呂と飲むってめっちゃ言いまくってきたから!」と言って、かなりハイペースで飲んでいる。
 上鳴にからまれた爆豪はといえば、二杯目以降はソフトドリンクに切り替えて、酔いどれ上鳴を適当にあしらっていた。上か下か真ん中か。そんな意味不明な質問に、大人げなく舌打ちを返す。
「てめえアホ面、興味ねえ話題振ってくんなぶっ飛ばすぞ」
「なんだよ! ちょーっと三択問題出しただけだろ!」
 つーか社会人になってもぶっ飛ばすとかいうのやめな!? ときゃんきゃん騒ぐ上鳴は、独立したプロヒーローの威厳のかけらも感じさせない。こいつらと一緒に飲んでいると、今でもたまにここがハイツアライアンスなのではないかという錯覚を覚えてしまう。
 爆豪はジョッキのウーロン茶をぐいと飲み干し、口元をぬぐった。そして、携帯を置いて今はいじいじと串カツの皿のレタスをつまむ上鳴に、どすの利いた声で言う。
「アホの魂胆なんざ、最初っから透けて見えてんだよ。……いらん、興味ねえ」
 爆豪の返事に、俺と上鳴はすばやく視線を交わした。
 上か下か真ん中か。年上か年下かタメか。
 要するに、女性を紹介しようという話だ。俺たちの学年はもともとの知名度が異常に高く、まあそれも当然のことではあるのだが、就職してからというものとにかく、ほうぼうから紹介の声がかかりまくっている。
 峰田や上鳴の言葉を借りれば、より取り見取りの食べ放題。もちろん、学生時代からコンプライアンス研修をみっちり受けてきているので、誰一人として、それこそ峰田すら、そんな軽率な行動はしない。
 プロになって七年目。そろそろ最初期のような元A組バブルは終了したが、とはいえ人気のあるやつらのことは、今でも狙っている人間が男女問わずかなりいる。男子でいえば、轟と爆豪のツートップ。こいつらのモテ期は、今のところ翳りを見せない。
 串カツの串を、指揮棒のように小さく振り振り、上鳴が「けどさぁ」とぼやいた。
「爆豪おまえ、元カノと別れてもう何年? 八年?」
「てめえにゃ関係ねえだろ」
「八年だな」
 横から俺が口をはさむ。爆豪が彼女と別れたのは、あの大戦の数か月後。だから大戦から何年経ったかを考えると、おのずと爆豪のフリー歴もわかる。
「おまえ、八年あったら小学生が高校生になっ……ん? あれ、高校生? 大学生?」
「小六だった子が二十歳の大学二年になる」
「えっまじで!? やべえじゃん! そんなもんほぼ悠久だぜ!?」
 俺のフォローに、上鳴がまじでびっくりしているやつのリアクションをした。なんで自分でびっくりしてんだ。酔いで簡単な算数すらできなくなってるのか。
 呆れる俺の視線に気づかず、上鳴は爆豪に詰め寄った。
「なっ、だからさぁ、爆豪もそろそろ次の恋愛に進んでもいいだろーぉ!? 俺らもプロとして活動してそれなりに経つし、緑谷のスーツのことも一段落ついたし……。プライベートに余裕ないってこともねえじゃん」
「余裕があるとかねえとかの問題じゃねンだよ。興味がねえっつってんだろ」
「女体への興味がないことあるか!?」
 ひぃっと悲鳴をあげ俺に飛びつく上鳴。俺は丁重に上鳴を突き放した。
「高校卒業してもう数年経つのに、いまだに女体への興味がつきないおまえも怖ェのよ。つーか女のひと紹介するのに、女体とか言わない」
「いや、けど女体への興味関心が尽きたらおしまいじゃね!? あとはもう枯れゆくのみっつーか」
「そうか? 相澤先生とかそういう煩悩微塵も感じさせなかったけど、めちゃくちゃかっこいいだろ」
「渋キャラはドスケベの説があるだろ」
「おまえ相澤先生にぶっ飛ばされるぞ」
 それはやべえ、と上鳴が笑う。いまだに雄英で現役で教鞭をとっている相澤先生に、俺たちは上鳴から爆豪にいたるまで全員頭が上がらない。
 そんな話をしつつ、俺はビールのジョッキに手を伸ばす。鬱陶しそうにしている爆豪を見ながら、口を潤す程度に一口やった。
「ま、爆豪は一途だからなー」
「ケッ」
「爆豪の場合、恋愛やら女子に興味がないんじゃなくて、元カノ以外に興味がないって話じゃん?」
 俺が言うと、またしても上鳴が悲鳴を上げた。
「お、重……!? つーか怖っ!? ホラー!?」
「おいアホてめえ一発ぶん殴らせろや……」
 爆豪がゆっくりと腰をあげる。まじで手が出かねない迫力だ。酔って悪ノリしている上鳴が悪いのは間違いないが、俺は急いで爆豪に話を振った。
「んで、爆豪は実際どうなん? 新しい出会いに興味ねえのは分かったけど、元鞘の可能性はあんの?」
 俺の問いに、爆豪は渋い顔で眉根を寄せる。整ってるわりに人相の悪い顔が、いっそう凶悪になっていく。
 その悪人面が、ぽつりと言った。
「……まったくその目がないわけではねえ」
「え!?」
 爆豪の回答を聞いた途端、上鳴が元気よく前のめりになった。あんまり前のめりになると爆豪のこぶしの制圧圏内に入ってしまうので、俺はさりげなく上鳴を後ろにずらす。それに気付かず上鳴は、無謀にもテーブルの向こうの爆豪に向かっていく。
「マジ!? 別れて八年経ってて元鞘あるか!? そもそもおまえ元カノと今でも接点あんの!?」
「なくはねえ」
「すっげ……いや爆豪おまえ、なんか……そういう素質あるわ!」
「そういう素質ってなんだ! てめえ俺にはすべての素質があんだよ!」
「いや、けどまじですごいな。本気の一途じゃん」
 怒鳴る爆豪には悪いが、俺も上鳴に同意だった。
 八年前に別れた、高校時代の恋人への一途な恋。そんなもの、いまどき少女漫画ですらお目にかかれない。一歩間違えばストーカーとして規制されかねないが、爆豪にはそういう危うさは少しもなかった。
 というかそもそも、八年前の恋人と未だに復縁の目を残していることすら、俺も上鳴も初耳だ。これだけ長い付き合いにもかかわらず、爆豪はこれまで一切、俺たちに何もさとらせなかった。
 驚く俺たちに、爆豪は少しだけばつが悪そうな顔をしている。
「そもそも嫌いで別れてねえんだよ」
 ほんのり顔が赤いのは、まさか一杯目のビールが遅れてきいてきたせいだろうか。こういう酔い方は、爆豪にしては珍しい。それを言うなら、そもそも爆豪が酒に酔うことが珍しいのだが。
 緑谷のスーツの件が一段落して、肩の荷が下りたということだろうか。それとも何か、ほかにも要因があるのか。
 爆豪はウーロン茶をぐびぐび飲み、ジョッキをダンっとテーブルに置いた。
「なあ瀬呂、爆豪のあれ本当にウーロン茶? ウーロンハイじゃね?」
 上鳴が小声でこそこそささやいてくる。……なるほど、そうかもしれない。
 そんな俺たちの小声の会話にも気付いていないのか、爆豪は深い溜息をひとつ吐き出してから、ぽつりぽつりと語りだした。
「八年前は……、かりにあのまま付き合ってたら、どのみち遅かれ早かれダメんなってただろうからな。取り返しがつかなくなるよりは、引いた方が得策だったってだけだ」
「ダメんなってた、ってのは向こうが?」
 爆豪が「まあな」とうなずく。
「つっても、あん時はああするしかなかった。考えてみりゃ、別れたのも当然の流れだ」
「あん時ってのは」
「オール・フォー・ワンをボコす訓練してた頃から、そのあと全部」
「瀬呂よ、そんな物騒な訓練した覚えある?」
「無きにしも非ず? まあまあ、……で?」
 上鳴の茶々をしずめ、俺は爆豪に先を促した。あの爆豪が、自分の過去の恋愛について回顧している。こんな機会はそうそうあるもんじゃない。黙って聞くのが得策だ。
「あいつもそうとうキてたし、俺もガキで余裕なんかねえしで、まあ別れんのは当然の流れで……けど、それどころじゃなかったっつーのは、言っちまえばこっちの事情だろ。説明する暇もねえとか、理詰めで納得させてへし折っときながら、折りっぱなしでフォローもしてねえとか……AFOぶっ倒したあとも、そういう状況はなんだかんだで変わんなかったんだよな。で、いろいろ見て見ぬふりしたツケが重なって。あいつにはしんどい思いばっかさせてた」
「いやいや……腕のこととか心臓のこととか、爆豪だっていろいろ大変だったじゃん。なのに、そう思える爆豪がやっぱすげーよ」
 上鳴の言うとおりだった。あの戦いで、緑谷も爆豪も、それにオールマイトも相澤先生も、俺たち全員がいろんなものを失った。ずっとそこにいてくれると思っていた、大事なひとの命すら失った。
 俺たちみんな、本当の意味で立ち直るまでには、かなり長く時間がかかったと思う。爆豪はとくに、身体はもちろん精神的にもきつかったはずだ。
 それでも、爆豪は元カノのことをいたわっている。大人になった、というだけの話ではないんだろう。爆豪はこれまでも、今も、ずっと元カノのことを深く思い続けている。別れても、八年経っても、それでも。
 場が一瞬、しんみりする。その落ち着いた空気を破ったのは、当然ながら上鳴だった。
「けど爆豪がどんだけ一途だったところで、向こうはどうなわけ? さすがにそんだけ経っちまったら、高校時代の元カレとか完全に過去のひと扱いになってんじゃ」
「なってねーよ」
 上鳴の言葉を、爆豪が一蹴する。
「なるわけねーだろ、この俺が」
「怖っ! だからおまえこえーのよ!」
「あの根暗女にかぎって、『彼氏がほしい』とかいうわけもねえしな。だいたい、こちとら在学中からずーっと絶え間なく、メディア露出やら実績出し続けてんだぞ。視界のすみで後味悪く別れた男がずーっとチラッチラし続けて、それをあの根暗が無視できるわけねえ」
「そういやおまえ、右腕リハビリ中もなんだかんだ話題に事欠かなかったもんなぁ……」
「当然。目立ってなんぼだろ、この業界」
「間違っちゃいねえけど、合ってもいねえんだよな、爆豪の場合」
 爆豪の場合、目立ち方が悪いことも多い。賞賛と炎上をひっきりなしにやっているせいで、ファンとアンチが熾烈な場外乱闘を繰り広げる始末だ。ネットの掲示板で激しくぶつかりあった爆豪のファンと爆豪のアンチが、論争をリアルに持ち込み喧嘩するオフ会を敢行、紆余曲折を経て最終的には入籍したという、意味不明すぎる伝説までつくっている。
 ダイナマ婚として一躍知られたそのカップルは、さいわいにして未だ仲睦まじくしているという。彼らが離婚したら爆豪の好感度が下がるだろうから、できれば末永く幸せでいてほしいものだ。
「あのクソ根暗に浮いた話がねえのは分かってる。ネタは上がってんだ」
 根暗というのは、爆豪の元カノの愛称。愛称でもなんでもないと思うが、元A組の面々のなかでは、それは爆豪の元カノの愛称として認知されている。
「外堀もうめてある。なんせ八年かけてっからな、堀どころか、整備された幅広の歩道のできあがりだ。あンのクソ根暗、今度こそ目にモノ見せたらァ」
「だから怖いんだって! おまえまじでそろそろ通報されっぞ!」
「くれぐれも警察のお世話にだけはならんようにな」
「あ、瀬呂、今の相澤先生っぽかった」
「来てんのよ、俺にも渋さが」




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