16

 それにしても、寒い。この寒さの中を無心で歩いていては気が遠のいて凍死しかねないので、私はひとまずネロのことを考えることにした。
 そもそも私が今ここにいるのも、ネロへのお礼のお菓子作りをするためだ。舌が肥えているネロを私の拙い調理スキルで満足させられるとは思えないが、私が見せられる精いっぱいの誠意といって、そのくらいしか思いつかなかった。
 ネロは今頃何をしているだろうか。今日は座学が続く日だと、朝方シノが言っていた。ということはネロもファウストさんの指導を受けながら、魔法の勉強をしている頃かもしれない。
 空は墨を薄く流したような色の雲で覆われ、太陽の位置は判然としない。オーエンさんと話をしていたのはお茶の時間より前だったが、ここも同じ時間なのだろうか。寒さと暗さのせいで、ただ歩いているだけでも、なんとなくじめじめとした気分になる。
 沼の臭気に胸が悪くなってくる。はやく目的の月光樹の実を採って、オーエンさんに魔法舎に帰してもらわなければ──
 と、そのとき。目指す月光樹に焦点を合わせ、私はあることに気付いた。
「ん? あの木、さっきと枝の張り出し方が変わっているような……」
 首を傾げ、私は月光樹を見据えた。確証はない。が、なんとなくそんな気がしたのだ。
 暫し、足をとめて私は月光樹を睨む。沼しかない、凍てつくような荒野に、たった一本佇立する木。私の視線の先で、月光樹は少しの葉擦れすらなく立ち尽くしている。まるで、息を殺しているように。
 しかしすぐに、木を相手に鹿爪らしい顔をしていることが莫迦らしくなった。肩から力を抜き、ふうと息を吐き出す。
「それはさすがにこの場所の雰囲気に呑まれすぎてるか」
 心の中で大きくなる不安と恐怖を吹き飛ばすように、私はわざとからりとした声音で呟いた。これほどの大木が、この短時間で大きく動いたりなどするはずがない。私の気のせいだろう。
 先程から気温は低いが、風は少しも吹いていない。動いたように見えるのはきっと、歩き続けて見える角度が変わったから、そんなふうに目が錯覚してしまったに違いない。月光樹は枝を揺らすことはおろか、枝の先の葉の一枚まで微動だにすることなく、そこで私を待ち構えていた。
「いや、待ち構えていたって……そんな、食虫植物でもあるまいし」
 シャーウッドの森には、小動物くらいなら平気で飲み込む樹木が生えているというが、まさかそんな恐ろしい代物がこんな寂しい場所に生えているとも思えない。何せここには、餌となるべき生物が見当たらないのだから。
 くだらない考えは打ち消して、私は歩調を速めた。臭気に顔を顰めつつ早足に歩いて行く。足元の地面はぬめりの強い泥のようだったが、月光樹に近づくにつれ、だんだんと固くしっかりとした足場に変わっていった。
 風景に変化のない、沼の縁にそったつまらない道を、ひたすらに歩き続ける。やがて月光樹の枝葉の下まで辿り着いた。
「さて、問題はここからなわけだけど……」
 意外にもしっかりと太い幹を前に、私は頭上に広がる月光樹の枝を見上げた。
 何の準備もないまま唐突にこの場所に連れてこられたので、当然のことながら木登りをする用意も、実を採るための道具も用意はしていない。採った実を入れる籠や袋も持ち合わせていない。
 試しに幹を揺すってみるが、月光樹はびくともしなかった。うっすらと凍りついた樹皮に触れてしまったせいで、ただでさえ冷たくなった手のひらがじんと痛む。
 暫し、自分の手のひらを見つめた。かさついて赤くなった手のひらは、これ以上樹皮に触れればすぐにでも肌が裂け始めるだろう。
 しかし、ほかに方法もない。
「はしたないし気が進まないけど、この恰好のままで木登りするしかなさそう」
 そうと決めると、私はエプロンドレスの裾をたくし上げ、木の幹に足を掛けられそうな凹凸を探し始めた。幸い、月光樹の実は幹からそう離れていないところにも生っている。首尾よく登れば、細い枝に手足を掛けなくてもよさそうだ。
「よいしょ、っと」
 手ごろな洞に足を掛け、まずは最初のひと登りを試みる。まださほど高くまで登っていないこともあって、身体のぐらつきはほとんどない。
 よし、このまま少しずつなら何とかいけそう──
 そう確信し、月光樹の中ほどまで登っていったその時。
「わ、わぁっ!?」
 唐突に、何か細長いロープのようなものが私の手足に絡みついた。数本のそれは意思を持った生き物のように巻きつき、やがて私の胴体にも絡み始める。
「えっ、何!? 蔦!? なに、なに!? ど、どど、どういう、何!?」
 パニックになりながらも、私は自身の両手首を確かめる。するとそこには蔦のようなものが、しっかりときつく絡みついていた。
 全身からさっと血の気が引くのが分かる。まだ木の半ばあたりとはいえ、下にはクッションになりそうな草の一本も生えていない。この高さから落ちれば怪我は免れない。
 手足に蔦が絡むだけならまだいいが、巻きついた蔦は私の手足を強く引っ張り、幹から剥がそうと蠢いていた。指先に力をこめて樹皮に爪を立てるが、寒さのせいもあってそれも長くはもちそうにない。
 このままでは、地面に落ちるのも時間の問題だ。
 絶望的な気分になりながらも、どうにかして助かる方法を模索する。が、次の瞬間、木にしがみついていた指がずるりと滑った。蔦の力に引っ張られ、身体が幹から離れる。蔦が強く私の四肢を締め上げ、四方に引っ張る。
 身体が軋む。
 このままでは八つ裂きになる。
「≪アドノディス・オムニス≫!」
 そのとき、眩い光が私を背後から照らした。四肢を千切らんばかりに締め付け引っ張っていた蔦が、ふっと脱力したかのように力をゆるめる。ひとまず最大の苦痛が取り除かれ、私はほっと気を緩めた。
 しかし、ほっとしたのも束の間のことだった。ゆるんだ蔦では私を支え切れず、私は蔦の締め付けから抜け落ちると、重力のまま地面に向けて落下する──
 いや、地面に向けてではない。視界の先にあったのは、あぶくだったヘドロのような沼の水面だった。
「っ!?」
 沼のほとりを歩いただけで、臭気で目が痛くなるような水質だ。人体に有害であることは疑うべくもない。私は声を上げる暇もなく、ヘドロの中に落下した。
 落ちたヘドロの中で私が感じたのは、全身を突き刺すような痛みだった。とにかく、すべてが痛い。息苦しさも、水面に投げ落とされた際の衝撃も、頭の隅にすら過ぎらない。ただただ痛くてたまらなかった。
 しかし、それが極寒の湖に落ちたがゆえの水の冷たさなのだと理解するより先に、私の身体は今度は水面へと引っ張り上げられ、そのまま岸へと下ろされた。
 勢いよく息を吸い込めば、汚水が喉から肺に落ち咽せる。
「っ、げほっ、うっ、おえっ」
 呼吸がままならなくても臭気だけは感じ取れるので、その苦痛に顔が歪む。涙で視界が滲んだが、もとより全身がぐっしょり濡れているので大した問題ではなかった。全身が凍えるように冷たいなか、涙で滲んだ目だけが燃えるように熱い。
「≪アドノディス・オムニス≫」
 聞きなれた声が呪文を唱える。すぐに目のまえに焚火が灯された。濡れた手で両目を擦り、視線を上げる。私のすぐそばには心配そうな表情のネロが、膝をついて私を覗き込んでいた。
「ネ、ロ……」
 かすれた声で名前を呼ぶ。ふたたび苦しさを感じて咽せると、ネロが背中をさすってくれた。
「大丈夫か? いや、悪い、無理に喋らなくていい」
「さ、さぶいです……」
 お礼よりも先に、泣き言が口から飛び出してくる。ネロは焚火の火を大きくすると、もう一度呪文を唱えた。驚いたことに、ぐっしょり濡れていた衣服や靴が乾いていく。それだけで全身の冷えが大幅に改善され、ようやく私は人心地ついたような気になった。
 しかしネロの魔法で衣服を乾かしてもらったとはいえ、自分の全身に纏わりつく臭気までは取り除かれていない。髪には泥ともヘドロともつかないものがこびりついており、顔もなんだか膜が張ったような不快な感覚で覆われていた。
 できることならば、今すぐシャワーを浴びたい。しかしこればかりはどうしようもないことだ。
 全身の不快さに眉を顰めながら、私は改めてネロの方へと向きなおった。ネロは依然不安げにしているが、それでも私の身体の震えがおさまったことに気付いたためか、瞳には多少の安堵が揺らめいていた。
「ありがとうございました、ネロ。本当に助かりました」
 座ったまま、軽く頭を下げる。温まりつつあっても、全身の筋肉はまだ寒さでこわばっていた。
 ネロは浅く頷くと、口許だけで笑った。
「本当は今すぐ魔法舎に連れ帰ってやりたいんだけど、俺じゃ空間転移なんて大技は使えない。ここで服と体をあたためたら、俺の箒で北の塔まで戻って、そこからエレベーターで魔法舎まで戻る、でいいか?」
「は、はい……すみません……」
 ネロの言葉に力なく同意する。と、そこでふと気が付いた。
「北の、塔……?」
「そうだよ。ったく、オーエンのやつ……何だってよりにもよって汚濁の澱なんかに」
「おだく……」
 ネロがぼやいたのは聞いたことのない地名だった。おまけに、響きからしてひどく禍々しい。それこそ、病の沼など到底及ばないほどに。
「ネロ、あの、ここは南の国の、病の沼、ではないんですか?」
「はあ? 全然違う。ここは北の国の果ての果てだよ。人間はもちろん、魔法使いだって滅多に近寄らないような場所だ。俺もこんなところ滅多に来ない」
 どうりでひどく寂しい場所のはずだった。生き物の気配がしないのも頷ける。こんな場所、命あるものが住まう場所ではない。好き嫌いの問題ではない。生き物が暮らすために必要な土地の力というものが、この場所ではまったく死に絶えているようだった。
「オーエンさん、間違えちゃったんですかね……」
 病の沼と汚濁の澱。どちらも湖沼ではある。
 しかし私の呟きに、ネロはとことん呆れ果てたように目を細め、溜息をついた。
「莫迦。騙されたんだよ、あんた」
「……どうして? オーエンさんに騙される理由が、これといって思い当たらないんですが……」
「さあ。けどオーエンが人を騙したり陥れたりすることに、いちいちもっともな理由を持ってると思うのか?」
 そう言われれば、黙るしかなかった。オーエンさんの冷酷非道な振る舞いについては、私の耳にも色々と入ってきている。魔法舎で働き始めたときにはカインから「オーエンには気をつけろ」と釘を刺されたし、実際今日話してみても、酷薄で妖し気な表情からは情けの欠片も感じられなかった。
 それでも、私はオーエンさんに騙され、陥れられるとは考えなかった──考えたくなかった。何故ならオーエンさんは、魔法使いだから。魔法使いを、魔法使いだというだけで猜疑の目で見ることをしたくないと、そう決めたばかりだったから。
 俯き、唇を噛む。ネロの瞳が複雑な色を孕んで私に向けられているのが、気配でうっすら感じられた。
 ぱちぱちと、薪が爆ぜる音がする。風はない。月光樹の蔦は先程までの攻撃が嘘のように、微動だにせず静まり返っている。
 やがて、ネロがゆっくりと口を開いた。
「魔法使いのことを信じたいっていう、あんたのその考え方は立派だよ。それで救われるやつらもいるだろう。けど、だからって魔法使いのことを信じなきゃ駄目だって思うのは、考えなしの愚かなやつのすることだ」
 ネロの言葉に耳が痛かった。
 考えなしの愚か者。その言葉が、胸に突き刺さる。
「人間同士だってそうだろ? 信じられる人間もいれば信じられない人間もいる。あんたが魔法使いみんなを信じ込もうとするのは、それはそれで、人間とは別の『無条件に信じられるもの』として魔法使いを扱うってことだ。それは、魔法使いだから信用ならないって言ってる連中と同じことじゃないか?」
 ネロの言うとおりだった。
 オーエンさんがどういう魔法使いなのかを考えず、知ろうともせず。ほかの魔法使いの忠告を無視した。その挙句、ネロに迷惑を掛けた。これが考えなしの愚か者の行動以外の何だというのだろう。
 いや、考えなしだったらまだよかったのかもしれない。私は考えた。考えて、愚かな道を選んだ。考えて、自分で思考することをやめた。オーエンさんの中にあるかもしれない善にすべてを委ね、他人まかせにした。
 魔法使いだからと忌避する人間と、何が違うというのだろう。
 己の浅はかさが、悲しくて、苛立たしくて、恥ずかしかった。助けに来てくれたネロに対し、申し訳なかった。
「……すみません」
「落ち込んでほしいわけじゃないんだけどな」
 困ったように言って、ネロは顔を俯けた私の頭をくしゃりと撫でた。泥のついた髪をさわられることには抵抗があったが、何も言えなかった。口を開けば自分の情けなさに泣いてしまいそうだった。
 それからしばらく、ふたりで並んで焚火を見ていた。あたたかな赤色に燃える炎は、時折火の粉を上げながら私たちを照らし続ける。焚火を見つめるネロの横顔は、何かを思案しているようだった。
 膝を抱え、ぼんやりと焚火を眺めていると、ネロが小さく身じろぎした。
「ま、無事でよかったよ。あんたを北の国の果てに送り込んだとオーエンに聞いた時には、正直心臓が止まるかと思ったが……。いや、実際相当間一髪だったよな……」
「はい、あのまま死ぬのかと思いました」
 正直に言えば、ネロがむっと眉根を寄せた。
「勘弁してくれよ。こんなところであんたに死なれたら、俺はあんたのおふくろさんに合わせる顔がない」
「そんなこと、気にしなくていいのに」
 小さく笑うと、ネロも柔らかく笑った。その笑顔に胸がじんと熱くなる。こんな場所まで助けに来てくれたネロに申し訳なさを覚えるのと同時に、ネロが来てくれてよかったとも思う。不謹慎ではあるが、ネロが私の身を案じてくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。
「さて、と。そろそろあたたまったか? それじゃあ帰ろう」
 腰を上げ、ネロは焚火を消す。それから私を一瞥すると、
「帰りは塔まででも結構距離があるから、一度町で上着を買った方がいいな。あんた、金は持ってるか?」
「いえ……その、いきなり出てくることになったものですから」
「オーケー。俺も大して手持ちはないが……、ま、なんとかなるだろ」
「何とかとは?」
「オズの城とか訪ねれば、古着の一着や二着あるよ。魔法舎でのひと悶着のときにオズや双子も居合わせたからな、きっと城の結界も解いてくれてる。あとで返せばいい」
 口調が苦々し気なのは、オズさんに対する遠慮というか、気おくれのようなものがあるからだろう。オズさんは有名な大魔法使いだから、同じ魔法使い同士の中でも特別視されているふしがある。その根城に入り込むのだから、それなりに勇気が必要なはずだ。
 ネロが箒にまたがる。前回は後ろに乗せてもらったが、今日はネロに抱えられるようにして前部に乗せてもらった。あたたまったとはいえ、私の状態は万全とはいいがたい。うっかり箒から落ちたらシャレにならない。
「あの、沼に落ちたので、私すごく臭いんですけど」
 大変申し訳ない気分でそう伝えると、背後のネロが小さく笑う。
「しょうがないな、それは。オズの城でシャワーも借りるか?」
「いえ、あの……臭くてすみません……」
「はは、いいよ」
 箒がふわりと上昇した。しっかりと箒の柄を握る。私にかぶさるようにして、ネロが箒を握っていた。背中から感じるネロの温もりに、どきどきと胸が脈を打つ。
 地上に視線を遣れば、すでに遥か下に見える病の沼──ではなく汚濁の澱は、緑がかった灰色にくすみ、沼の中央からぶくりぶくりとあぶくが浮かんでいる。
 ネロがすぐに引き上げてくれなければ、間違いなく私は死んでいたのだろう。そう思うと、背筋が凍った。
 ネロはまっすぐに箒を飛ばす。眼下にはしばらく荒野が続いたが、やがてはらはらと雪が舞い始めた。気温がぐっと下がり、思わず身震いする。
 ネロが口の中で、小さく呪文を唱える。すると私たちの身体が薄い膜に包まれたように、雪のかけらは私たちに触れる直前で消えた。
「わぁ……こんなこともできるんですね、魔法って」
「気休め程度だよ。もっと大雪になったら俺の魔法じゃどうにもならないから、そうならないように祈っておいてくれ」
「分かりました。よく念じておきます」
 雪が舞い、視界をはらはらと落ちていく。
 北の国に来たのはこれがはじめてだったが、東の国とも中央の国とも違う、美しく、そして過酷な土地だった。ここで生きて暮らしていくには、きっと心身ともに尋常ならざる強さが求められるのだろう。私ではきっと、ここで生き抜くことはできない。
 オーエンさんは、此処で生まれ育ったのだ。私などすぐに死んでしまうだろう、この国で。
 そういえば、ネロはどこで生まれたのだろう。いろいろな土地を転々としたとは聞いたが、どこで生まれたのか、彼の故郷を聞いたことは一度もなかった。
 ネロの故郷が此処でなければいいのにと、声に出すことない胸のうちだけで、私はぼんやりと思う。北の国で生きていくには、ネロは多分優しすぎるから。背に感じる優しい体温の持ち主の、その優しさのせいで傷ついた過去がひとつでも少なければいいのにと、私は思う。
 雪は絶え間なく降り続いている。それを見るともなく眺めていると、背後のネロが「そういや」と口を開いた。
「そういや、どうしてそもそもオーエンと病の沼なんて話になったんだ?」
 その問いに、ぎくりとする。
「それは……その……」
 ネロが怪訝そうにしているのが、気配で分かった。逡巡ののち、私は言った。
「月光樹の実を、採りにいきたいと思ったんです」
「へえ。月光樹ならたしかに病の沼あたりが群生地だけど。なんでまた」
「ケーキを作るつもりだったんです」
「あんた、料理はからっきしって前に言ってなかったか?」
「そうなんですけど……でも、どうしても作りたかったんです」
「ケーキを?」
「ケーキを」
 答えているうちに、どんどん顔に熱が集まってくる。普段料理をしない人間が、オーエンさんの手を借りてまでケーキの材料を採りに行く。ただ暇つぶしにケーキ作りでもしよう、というのではないことくらい、察しがいいネロでなくても予想がつくことだ。
 少しの間、ネロは黙って箒を飛ばしていた。雪の量が増え、だんだんと視界が白んでくる。眼下に民家はなく、ただただ白い雪景色だけが視界の遥か先まで続いている。
 やがて雪で霞む視界にようやく城の塔らしきものが見えたとき、ネロは口を開いた。
「分かった。じゃあ、オズの城で上着を借りたら少し寄り道して帰ろう」
「寄り道?」
 吹きすさぶ北風がネロの声を掻き消す。かすれた喉で必死に大声を張り上げると、ネロが私の耳元に口を寄せた。どきんと心臓が跳ねる。それを悟られないよう、私は息を殺した。
 そんな私の胸中を知ってか知らずか、ネロは続ける。
「北の国はこんな土地だからな。元々ここで育つ農作物はそう多くないんだ。だから他の国からの輸入食品を多く取り扱ってる、地元のやつらがよく使う仕入れ問屋があるんだよ。そこにいけばもしかしたら、月光樹の実も置いてあるかもしれない」
「そ、そうなんですか!?」
「分かんねえけど、もしかしたらな。それに、あったとしても多少は高くつく。けどそのへんはほら、値切ってうまくやってみなよ」
 ネロがにやりと笑った気配がした。息が耳にかかり、息を呑む。頭がぽおっと鈍くなるのを感じながらも、箒から振り落とされないように正気を保ち、
「が、頑張ります……!」
 と私はなけなしの正気で返事をした。
 オズさんの城をすぐ目のまえにとらえ、ネロは箒の高度と速度をゆるやかに落とした。

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