轟と夢主



(※Twitter再録)


「おお……なんか、すごいね……」
 仮免取得後の爆豪くんの映像が自宅のテレビから流れてきた時、最初に口からこぼれたのはそんな言葉だった。
 夜のニュースはどこも軒並み爆豪くんたちが遭遇したニュースを取り扱っている。チンピラのような敵が暴れるニュースには事欠かないような昨今だが、それでも仮免取得したての学生が大活躍というのはなかなか珍しいことだ。明るいニュースでもある。主要テレビ局はどこもかしこも大なり小なりこのニュースを取り上げていた。
「なんか……どんどんすごくなってくね」
「そうねえ」
 リビングのソファーに腰掛た私の、すぐ隣でテレビを見ていた母が妙に嬉しそうに笑う。娘の彼氏が前途洋々な若者で嬉しいのだろうか。その心境は、生憎と娘本人である私にはよく分からない。
「私も頑張らないとなぁ」
 思わずつぶやいた言葉は、爆豪くんと付き合い始めてからもう何度も口にした言葉だ。しかし爆豪くんと違って平々凡々な人生を送っている平凡な女子高生である私には、ちょっと頑張ってみたところで目に見えて変化など起こることもない。せいぜいが、学内の定期試験でちょっとだけ順位が上がるとかその程度だろうか。
 ソファーから腰を上げ、溜息をつく。「溜息つくと幸福が逃げるよ」と言う母の言葉に従い空気を大きく吸い込みなおしながら、私はへろへろと自室に戻った。背後ではまだ、爆豪くんとそのクラスメイトをほめたたえるニュースが流れていた。

 ★

 爆豪くんはどうやら仮免試験に合格したらしい。
 らしいというのは、爆豪くん本人からは何も聞いていないからだ。彼はああいう人間なので、その人生において「補習」「補講」といったものにまるで縁がない人生を歩んできている。だから一度落ちた仮免試験で、補習ののち仮免取得にいたるという過程は、どうやらなかなかの汚点、恥辱だったようなのだ。仮免試験に落ちて以降、爆豪くんからは補習の進捗についてひとことの連絡もなく、そして無事数か月遅れての仮免取得についても、私には一切の連絡はなかった。
 そのことは、まあヒーロー科とはまったく無関係の他校の普通科に通っている私にはまるで関係ないことなので、連絡があろうがなかろうがどちらでもいいと思う。というか、爆豪くんが逐一連絡を寄越してくる方がおかしいし、こういうものなのだと理解しているつもりだ。
 ただ、遅れて聞かされたり爆豪くんの友達経由で知らされるのと、メディアを通じて知らされるのでは、多少こちらの受け取り方も違うというもので。
 何が言いたいかといえば、テレビのアナウンサーから彼氏の活躍を知らされるというのは、一市民に過ぎない自分と輝かしい未来が待っているであろう爆豪くんとの差を思い知らされるようで、何というか──ちょっと卑屈な気分にさせられるのだった。
「爆豪くんからは連絡もないしさぁ……」
 自室に戻り、充電器につないだままになっていた携帯を確認する。
 仮免取得から数日。爆豪くんは私からの連絡を数日怠るだけでへそを曲げるので、そこそこに連絡はとっている。ただ、こちらから仮免取得およびその後の事件解決について触れることはしていない。爆豪くんからもそれについて触れることはなく、そんな感じで連絡が途切れたのが一昨日のことだった。
 爆豪くんからの連絡を心待ちにするなんてことはほとんどない私だけれど、こういうときにはやはり、ちょっとだけ神経が尖ってしまう。連絡が来ないことにもやもやして、何となく「そりゃあテレビで取り上げられるような人間は私なんかに構ってられませんよね」みたいな気分にもなってくる。
 卑屈も卑屈、自分の矮小さにほとほと嫌気がさす。しかし思ってしまうものは仕方がない。自分から連絡を取ればいい、自分から「仮免おめでとう。大活躍だったんだね」と言えばいいと分かっているのに、それも何だか気が進まないでいる。
 ──爆豪くんがすごいことは知ってたけど、本当にすごい人になっちゃうんだなぁ。
 ベッドに寝転がって、天井を睨んだ。
 天井の照明がちかちかと眩しくて、私はふいと視線を逸らす。
 爆豪くんの苛烈さ、眩しさなんて中学時代から知っていたはずだ。そりゃああの唯我独尊な性格を気に食わないと思うことも多々、いや本当に多々多々多々多々あったけれど──それでも平凡で、個性のことで思い悩むことの多い幼少期を過ごした私にとっては、やはり単純な強さと曲がらない己らしさを持ち合わせた爆豪くんはかっこいい存在だった。
 そのかっこよさ、眩しさが人目につくようになるのは時間の問題なのだろう。爆豪くんと付き合っていく以上、私も乗り越えなければならない──はずなのに。
「いや、でもやっぱ連絡のひとことくらいあってもよくない? 私に活躍の報告をすると死ぬ病にでもかかってんの?」
 普通にむかつくな! という気持ちになってしまう心の狭い私であった。
 まあ爆豪くんの方が私よりずっと心狭いし。私の心の狭さが七畳ほどだとすると、爆豪くんの心の狭さは四畳半くらいしかないし。私が爆豪くんのために思い悩んでやる必要って、ぶっちゃけなくないか?
 そんなことを思いながら携帯をチェックするも、やはり連絡は来ておらず。
 深く溜息をついたあと、誰にともなく「そういうとこだよ」と呻いた。

 ★

 週末、返却し忘れた図書室の本を返却するため高校へと向かうと、駅から出たところで何処かで見たことのある紅白頭の男の子の姿を見つけた。見たことがあるといっても、直接会って話したことがあるわけではない。テレビの画面越しに何度か見たことがある、日本で有数の有名男子高校生が、ひとりコンビニの袋片手にそこに立っていたのだった。
「あっ」
「……あ」
 うっかり声を発してから、しまったと思う。目が合ってしまったが、こちらが一方的に知っているだけの相手なので当然、向こうはぽかんとした顔をして私を見ていた。声を掛けられることには慣れていそうなものだけれど、それでもオフのときに話しかけるのはやはりマナー的によろしくなかったかもしれない。
 それでも話しかけてしまったものは仕方がない。なぜか視線を逸らすこともなくこちらを見ている男の子──たしか名前は轟焦凍くん、だったか──に、私はひとまず挨拶として頭を下げた。
「あの、えーと。こんにちは。あの、テレビ見ました」
「……ありがとうございます」
「私と同年代の人が活躍していて、本当に尊敬します」
 テレビというのは、先日の仮免試験直後の活躍のことだ。爆豪くんに負けず劣らずの派手で華々しい活躍だった轟くんは、父親が現在ナンバーワンヒーローでありエンデヴァーということもあり、何かと注目を集める存在なのだった。ともすれば爆豪くんよりも轟くんの方が注目度は高いかもしれない。爆豪くんの場合は「ヘドロ事件に巻き込まれた」「敵連合にさらわれた」という、本人としては面白くない目立ち方で注目されることの方が多い。
 轟くんだって、別に親がどうこうで注目など集めたいわけではないのかもしれないけれど。
 ともあれ。
 挨拶もそこそこに済ませると、私はひとつ会釈をして立ち去ろうとする。轟くんとは初対面だし、特に話すこともない。向こうは私が爆豪くんの彼女だなどと知るはずもなく、私とてそのことをわざわざ伝えるつもりもなかった。伝えたところでそれが何だという話だ。
「それじゃあ、あの。今後も頑張ってください」
 と、そう言ってその場を立ち去ろうとしたとき。
「あの」
 轟くんが、そう発して私のことを引き留めた。逸らした視線を、再び轟くんに向ける。轟くんは多分、先ほどの私が見せていたのと同じであろうばつの悪そうな顔をして頬をかき──そして言った。
「その、人違いだったら悪ィ。爆豪の彼女──だよな?」
 その言葉に、私は思わずぱちくりと瞬きをする。まさか轟くんともあろう人が、私のことを存じ上げているとは思いもしなかったのだ。
 爆豪くんと同じ、天下の雄英ヒーロー科でも図抜けた実力を持つ実力派二世が、私のような凡人のことを──たとえそれが「爆豪の彼女」という、私の個人の資質とはまるで無関係な肩書のためであったとしても──まさか知っているとは思わなかった。
「え、あ、はい。ご存知でしたか」
「前に写真で見せられたことあるから」
「写真!?」
 その言葉に、私は三度驚く。轟くんを見かけたことに一度、爆豪くんの彼女ではないのかと問われたときにもう一度、そして今が三度目のびっくりだ。
「えっ、写真って、爆豪くんに!?」
「いや、麗日に」
「あっ、はい。なるほど」
 まあ、そうだろう。内心で立ち上がった私は、内心で着席した。
 爆豪くんに限って、友人に恋人の写真を披露するとは考えにくい。むしろ彼女である私の存在を秘匿する方がまだしも自然だった。切島くんや上鳴くんとの面識はあるものの、それだって半ばなりゆきのようなものだ。多分、爆豪くんの本心としてはあまり自分の友人と私が親しくするのを快く思っていないのだろうと思う。
 まあ、そんなのは知ったこっちゃなく、私は割と平気で麗日さんたちと仲良くしているわけだけれど。
 ともあれ。
「はじめまして、爆豪くんとお付き合いをしている名字です」
「はじめまして、爆豪と同じクラスの轟です」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
 お互いに相手の素性を把握しあったところで、改めて挨拶を交わした。
 轟くんといえば最近の活躍はもちろん、印象的なのは体育祭で爆豪くんと決勝戦の熱戦を繰り広げたことだろうか。その時は爆豪くんの勝利とあいなったわけだけれど、あの時テレビ画面ごしに見た派手な技の数々は、平々凡々たる私にとっては「すっごーい……」以外の何物でもなかった。
 そんな轟くんが、どういうわけだか目のまえにいる。
 あまつさえ、私とサシで言葉を交わしている。
 あの戦闘ぶりから、てっきりもっと烈しい人物なのかと思っていたけれど──というか私の中の雄英トップというのはどうしたって爆豪くんの印象なので、ツートップと言われる轟くんもまた、爆豪くんと同じく性格に難ありな人物かと覆っていたのだけれど──しかしながらこうして言葉を交わしてみると。
「なんか、想像してたのと違ェな」
 今まさに脳裏をよぎったのと同じ言葉が聞こえてきて、思わず私は「え?」と首を傾げる。うっかり思考が口から漏れ出てしまっていたのだろうかと思ったが、そういうわけではなかった。
 今言葉を発したのは轟くんの方だ。
 轟くんは、うっかり自分の思考が口から漏れ出ていたことにようやく気付いたらしい。
「あ、悪い。つい」
 そう言って少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「いや、それは大丈夫ですが」
 別に謝られるようなことでもないだろう。爆豪くんと同じ、有名人高校生の轟くんが、一体私なんかにどのようなイメージを抱いていたかは謎だ。けれど、そもそも私は彼に自らの存在を知られているなどとも思っていなかったわけで、そのことを思えばどんな印象を抱かれていようとも、知られているというだけですごいことのような気がする。
 しかしそんな私の微妙にどうでもよさげな心境とはうらはらに、轟くんの方はまずいことをしてしまったという顔をして私を見ている。爆豪くんと同じく、轟くんもやっぱり顔が整っているので、たとえ困り顔をしていようともそこはかとなく絵になるなあ、とどうでもいいことを思う。
 と。
「爆豪の彼女っていうから、なんとなくもっと気が強くて、なんつーか──苛烈な感じの女子なのかと思ってた」
 轟くんが、言い訳のつもりか知らないが、そんなことを言った。
「苛烈……」
「気性が烈しいっつーか」
「いや、うん。分かる。分かるよ」
 それは多分に爆豪くんの属性に引っ張られた印象なのだろうけれど──しかし轟くんの言わんとするところは、私にもよく分かるものだった。
 あの爆豪くんに限って、恋人にだけはデロデロのあまあま、なんてことはまったく想像できない。実際そんなこともない。となれば、あの気性の荒さ、というか理不尽かつ横暴な言動のすべてに付き合ってやれるだけの人間でなければ、爆豪くんと対等に渡り合っていくことはできない。
 しかしながら、私はけしてそういうタイプではなかった。言いたいことは何でも言うけれど、別に怒りっぽいということもないはずだ。爆豪くんの言い分をすべて聞いてやる度量の大きさを持つわけでもなく、さりとて爆豪くんと丁々発止とやりあえるほど豪胆でもない。どっちつかずの私がまさか爆豪くんの彼女だとは思えないというのは──まあある意味では自然な思考の帰結といえた。
 ──なんだか、また卑屈になってるな。
 自分の思考のネガティブさに辟易するが、これが私なのだから仕方がない。私はどこまでいっても凡人で、平凡で、普通で──爆豪くんや轟くんとは、絶対的に違う。
 私と轟くんの間に何となく沈黙が落ちる。これといって話題もなく、爆豪くんの話をするというのも何だか癪なので、ひとまず最近の轟くんの活躍ぶりに触れておくことにした。世間話のようなものだ。
「そういえば、テレビで見ました。爆豪くんとふたりで仮免取得直後のお手柄だったって。轟くんも仮免許落ちてたんですね」
「……それを言われると」
「あ、でも無事に受かったわけですから。ね。それに爆豪くんみたいに人間性がゴミで落とされたわけではないんですよね? それなら全然──あれ? でも轟くんは雄英体育祭で二位になるほどの実力をお持ち……? ということは実力の方は申し分ないわけで……?」
「他校生と揉めて、その他校生もろとも試験に落ちたんだ」
「あらぁ……」
 世間話のつもりが、うっかり踏んではいけない話題を踏んだような気がする。
 どうやらこの美青年にもアグレッシブで荒くれ者っぽいところがあるようだった。とはいえ轟くんの場合はこの穏やかさなので、そういう話を聞いたところで「意外な一面もあるのですね」となるだけだけれども。これが爆豪くんだと「やっぱりね! でしょうね! 試験を管理・管轄している公安に人を見る目があってよかったー! この国もまだまだ捨てたもんじゃないね!」となるところだ。
「人間性がゴミで悪ィ……」
「あ、いえいえそんな。こちらこそ事情を知らず微妙な話題を振ってすみませんでした。というより、気持ちがささくれ立っているせいで喧嘩を売るようなことを言ってしまってすみませんでした」
 爆豪くんに当たり散らすつもりだった感情を、あやうく轟くんにぶつけてしまうところだった。きっちりしっかりと謝罪をすれば、轟くんはよく分からなさそうにしながらも許してくれる、こういうところの懐の広さはやはり爆豪くんとはまるで違った。爆豪くんならば「地にはいつくばって謝罪しろ、靴をなめるのは迷惑だから土でも食んでろ」くらい言われるところだ。いや、さすがにそこまでのことは言わないか。多分。そうだと信じたい。
「ええと、とにかく。それでは、あの、私はこれで。引き止めちゃってすみませんでした」
「いや、こちらこそ」
「今後のさらなるご活躍ご繁栄を心よりお祈りしております」
「ありがとうございます」
 慇懃な挨拶を交わしたところで、今度こそ私は轟くんと別れる。
 別れようとして。
「あ、おい」
 今度もまた、呼び止められた。
「はい、何でしょう」
 この期に及んでまだ何か、とそんな気持ちがはみ出してしまわないように注意して首を傾げれば、轟くんはすんとした表情のまま、
「爆豪と、喧嘩してんのか」
 と、そんなことを尋ねた。
 思いがけない人から思いがけないことを言われ、私は咄嗟に返答に窮する。
「ええ? いや、そんなことはありませんけど」
 たしかにここのところ爆豪くんに対して妙にもやもやしていたりはするけれど、だからといって喧嘩をしているということもない。これまでの爆豪くんとの交際を思い出すと、喧嘩らしきことは数限りなくしてきているわけで、今回の微妙な空気は、そういったものとはまったく種類が違っていた。
 喧嘩、ではないと思う。
 私がただ一方的に、爆豪くんに対して妙なコンプレックスというか劣等感を抱いているだけで。そのついでに爆豪くんへの連絡を怠りがちになっているだけで。喧嘩というほどのことは起きていない──はずである。
 轟くんは、そのぼんやりとした瞳を一瞬だけ伏せる。そして
「そうか……ならいい」
 と、あっさりと話題を終了させた。
「ええ? いいんですか」
「いや、大した話じゃねえんだ。ただ爆豪が、ここ数日携帯見ては舌打ちしてるから。彼女と喧嘩でもしてんじゃねえのかってクラスで話題になってるってだけで」
「話題に……」
 そんなことが話題になるとは、雄英ヒーロー科も案外普通の高校生の集まりだ。そしてそんな話題を提供してしまうほど、爆豪くんが分かりやすく携帯を気にしているということも意外だった。
 携帯を見ている──連絡を確認している。
 その情報で何かと察しがつかないほどに、私は鈍いわけではない。
「けど、違うならそう言っておく。引き留めて悪かった」
 そう言ってくるりと背を向けた轟くんの背中をぼんやり見送る。轟くんはこれから爆豪くんのいる雄英高校に戻るのだろう。私の話をするだろうか。もしかしたら「勝手に根暗と喋ってんじゃねえ」くらいのことは言われてしまうのかもしれない。そんなことになったら轟くんが不憫なので、私は先んじて手を打っておくことにする。
 ポケットから携帯を取り出して開いたのは、トークアプリの爆豪くんとのトーク画面だった。

 ★

 その日の晩のことである。
「っふふ……ぐふっ、て、テレビ……テレビ、見ふふっ……」
「笑ってんじゃねえ!」
「い、いやすごいよかった……すごく編集技術が高い番組だったね……! あはははは!!」
 自室で携帯を耳にあてた私は、堪えきれずについに大笑いをしていた。受話器の向こうでは爆豪くんがわなわな打ち震えているのが容易に想像できる。何を隠そう私は今、爆豪くんのことを大笑いしているのだった。
 爆豪くんのこと、というか、爆豪くんの受けている仕打ちのこと、というか。
 あれだけ華々しく活躍したからには、当然ながらインタビューなども受けるわけで。そのインタビューのうちのひとつが今日の夕方のニュースで流れていたのだけれど、蓋を開けてみれば、爆豪くんの話した部分はまるまるカットされていたのだった。
 まあ、理由は大体察しがつく。
 爆豪くんには口を開かせないほうがいいというのは、爆豪くんの知人ならば大抵みんな知っていることだ。いわんや、全国放送のニュースというところだろう。むしろカットしてくれたのは善意によるものに違いない。
「いや、本当にね……。麗日さんに教えてもらって録画までしておいたのに……」
 そう。今回のインタビューについて教えてくれたのは、爆豪くんのクラスメイトでもあり、また私の友人でもある麗日さんだった。「どうせ爆豪くん、名前ちゃんに何も話してないよね?」という、完全に爆豪くんの性格を読み切った上での情報である。持つべきものは彼氏の近くにいる女友達だ。おかげでめちゃくちゃ面白いものが見れてしまった。
 そんな上機嫌の私に反して、電話の向こうの爆豪くんはむっつりとして不機嫌である。自分から電話を掛けてきたというのに、今日も今日とて態度が悪い爆豪くんだ。それでも電話を掛けてきてくれたのだから、ここ数日の連絡怠慢に比べればずっとましというものだろう。
 轟くんと話をしたことが切っ掛けになっているのかまでは、私にも分からないけれど。電話をしてきてくれたというだけで、その辺りのことは結構どうでもよかったりする。
「あっ、でも私の学校の友達からは好評だったよ! 『名前ちゃんの彼氏、前にテレビで見た時には怖そうな人かと思ったけど、随分寡黙になったんだね、いいと思う!』って、さっき連絡が」
「てめえ、次会ったとき覚悟しとけよ……」
「私の意見ではなく、私の友達の意見だから」
「てめえの連れの意見ならてめえが責任とれ」
「はい圧政。出た出た、お家芸」
「まじで殺す……」
 苦々し気に言い放った爆豪くんに、私はまた、面白くなってくつくつと笑う。ここのところのもやもやは、もう心の何処にも欠片すら感じられなかった。
「なんか、悩んでたのがアホらしくなった」
 笑いの滲んだ声でそう言えば、電話の向こう側の爆豪くんが「あ゙?」と怪訝そうな声を出す。
「てめえなんか悩んでたのかよ」
「まあね。彼我の差を実感して、いろいろ」
 それだけ言えば、きっと聡い爆豪くんならば大体のところを察するだろう。そう思ってわざと軽い口調で伝えれば、爆豪くんはほんの束の間の沈黙の後、鼻を鳴らして言った。
「くだらねえ。凡人は凡人なりの努力でもしてろや」
「そんな最悪な言い様がある? びっくりしちゃった」
「あ゙ァ!? ありがたい叱咤激励だろうが!」
「嘘でしょ、罵詈雑言の間違いでは?」

(初投稿日 2019/10/21)

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