緑谷と爆豪



(※アンケートでいただいたネタです)
(※緑谷くんにうっすら女の影がある)
(※緑谷視点/爆豪たちが高校二年生設定)
(※Twitter再録)

 携帯端末の画面を指先で操作しながらエレベーターをおりると、共同スペースでは仏頂面のかっちゃんがひとり、悠々とソファーを占領していた。普段ならばこの時間にはみんなここに集まっているはずなのだけれど、どうにも今日は間が悪かったらしい。まさかかっちゃんしかいないとは。
 共同スペースに誰もいないのならば──正確にいえばかっちゃんがいるのだけれど、かっちゃんからは僕の存在は黙殺されているので、お互いノーカウントとする──わざわざ階下に下りることなく、入浴の時間まで部屋で課題なりトレーニングなりをして時間を潰せばよかった。二年生に進級してそろそろ半年だ。雄英ヒーロー科の二年ともなればうかうかしていられる身分ではないのだから。
 踵を返して再びエレベーターのボタンに手を伸ばす。けれど、すぐに思いとどまって辞めた。先ほどまで操作していた携帯の画面を再び点ける。そこには先日受信したメッセージの画面が、まだ返信していない状態で表示されている。

 僕が共同スペースに降りてきたことを知っているだろうに、かっちゃんは沈黙を貫いたままだった。
 中学時代や高校一年の前半に比べれば、かっちゃんは随分と丸くなったと思う。一度本気でぶつかったことや、オールマイトから引き継いだこの力の『秘密』を共有するようになったこととそれとはけして無関係ではないだろう。けれど単純に、歳を重ねることでかっちゃんの人間性が多少丸くなったというのもあると思う。なんだかんだ言って僕もかっちゃんももう高校二年生で、いつまでも僕を小突き回しては馬鹿にしていたガキ大将のかっちゃんではない、ということなのだろう。僕だってかっちゃんの後をついて回るだけのデクではなくなった。

「かっちゃん」
 かっちゃんがごろりと寝そべっているソファーへと歩み寄り、背もたれの後ろから顔を出して声を掛ける。かっちゃんはソファーに仰向けになって、共同スぺースに置き去りにされているヒーロー雑誌のバックナンバーを読んでいた。僕が声を掛けると、僕がいることにまるで今気付いたとでも言うようにわざとらしく視線を寄越し、それからすぐ、また視線を雑誌に戻す。
「ひとり?」
「死ねデク」
「挨拶感覚で死ねって言われた……!」
 語尾や相槌間隔で暴言を吐かれるのには慣れっこだけれど、開口一番に「死ね」はさすがにひどいんじゃないだろうか。普通にショックだし。
 とはいえ、かっちゃんが僕に対して普通に受け答えするのもそれはそれで不気味だし、かといって無視されるのも嫌だ。だから結局、僕は挨拶代わりの「死ね」に対して、最低限のリアクションはしても、それ以上何か言うこともなく諦めた。身に沁みついた習慣というのは恐ろしい。
「いや、それでも昔のかっちゃんなら爆破即無視か無言で立ち去るとかしてただろうから、暴言を吐くだけで済んだっていうのはやっぱり僕らの関係性が多少まともな方向に向いているってことなのかな……」
「独り言が駄々洩れなんだよ、このクソナードが」
「えっ、あ、ごめん」
「死にてえなら死にてえってちゃんと申告しとけや」
「いやそういうわけじゃないけど、ていうか死にたい申告って何……」
「あ? てめブッ殺されてえからブツブツクソみてえなこと言っとったんだろが」
「違うよ! なんでそんな解釈になるのさ!?」
「んなもん知るか!」
 と、そんな通りいっぺんの遣り取りをしたところで。
「時間がもったいねえ。さっさと用件言え」
 舌打ちを一つして、かっちゃんが言った。
 さっきまでかっちゃんが読んでいた雑誌はテーブルの上に放り投げられ、仰向けになっていた身体は不遜な感じでソファーに深々と腰掛けられている。
 いくらかっちゃんがソファーの真ん中を堂々と占領しているからといって、三人掛けのソファーなので僕にも座るスペースはあるのだけれど、何となく座ったらまたかっちゃんがキレるだろうなと思い、僕はソファーのわきに立ったままかっちゃんの質問の答えた。
「あ、えーと。昨日連絡網で回ってきた同窓会、行くかなと思って」
 僕の言葉に、かっちゃんはより一層眉間の皺を深くした。

 久しく使われていなかったグループメッセージのトークルームが稼働したのは昨日の夕方のことだ。メッセージを最初に送ってきたのはかつてのクラスの委員長で、その内容は中学三年生の頃のクラスでの同窓会をやらないかというものだった。
 僕やかっちゃんは雄英のヒーロー科に在籍しているので大学受験というものとは無縁だけれど、普通の高校生ならば三年生になるといよいよ本格的に受験勉強が始める。それが終わると今度は大学進学や就職のために地方で一人暮らしを始める人も多いので、高二のこの暇な時期の間に一度、クラス会をやろうというのがメッセージの主旨だった。メッセージの送り主である元委員長を幹事に、何人かでの発案らしい。
 開催は来週の週末。未成年ばかりなので焼き肉屋に集合し、夕飯を食べて解散という予定らしい。僕とかっちゃんは中三のとき同じクラスだったので、当然かっちゃんも僕が受け取ったのと同じメッセージを受信しているはずだった。参加するにせよ欠席するにせよ、グループトークへの返信は必須とされている。かっちゃんはまだ返信をしていなかったので、その意思確認をしたかった。

「もし僕ら二人とも行くってなったら、外出の時に先生の送迎が必要かもしれないし、どうなのかなと思って」
 と、僕は続ける。
 オールマイト引退以降の不安定な情勢は今も変わりない。特に僕とかっちゃんは何だかんだと敵連合から目をつけられているので、二人揃っての夜間外出ともなれば送迎をしてもらわなければならない可能性も十分にあった。普段の外出ならば外出届一枚で十分に事足りるのだけれど、万が一ということもある。

 僕としては正直なところ、参加でも不参加でもどちらでもいい。わざわざ先生たちに面倒をかけてまで行くのもなあという気持ちがないわけでもない。
 けれど、高校入学後、一躍有名になったかっちゃん──と多分そのおまけの僕には、昨日からのクラスのメッセージでも、ぜひ参加してほしいと繰り返し言われていた。そこまで言われては断るのも気が引けるし、何より久し振りの顔に会いたくないわけではない。
 そんな僕の内心を見透かしてか、かっちゃんはハンと鼻を鳴らした。馬鹿にしたように僕を見る。
「行くわきゃねえだろ、くっだらねえ」
「え」
「得るもんが何ひとつねえわ」
「あー……」
 思わず唸った。
 かっちゃんの性格からすれば確かにその通りである。来年になればほかのみんなの大学受験の準備が始まるから今の時期、というのは理屈としては分かるものの、とはいえ僕やかっちゃんはすでに卒業後すぐに始まるヒーロー活動のためにインターンやら何やらで忙しい。同窓会の日だって午前中には授業がある。
 そんな中、予定をやりくりしてまでどうでもいい人間──僕の意見ではなく、あくまでかっちゃんにとってのどうでもいい人間と焼肉を食べるなんて、無益なことこの上ない、とそう判断したのだろう。至極利己的で、しかし理性的な判断でもあった。

 かっちゃんの答えは、昔からかっちゃんを知っている僕からしてみればわざわざこうして尋ねるまでもない分かりきった答えだった。けれど今回に限って言えば、必ずしもそうは言わないだろう──喜んでとは言わずとも、渋々でも行くというだろうと、そう思っていた。
「そっか、僕はてっきり名字さんが行くって言ってたからかっちゃんも行くものと──」
「あ˝ァ!?」
 僕が最後まで言い終わるより先に、かっちゃんが食い気味に吼えた。うわっ、と思わず一歩後ずさる。が、かっちゃんは勢いよく立ち上がるとぐいぐい詰め寄ってくる。
「クソデク、てめなんで根暗が行くこと知っとんだ!?」
「えっ、いや、さっきちょっと買い物に出た時にばったり……なんか今日は名字さんの学校で体育祭の練習? があったらしくて、休日出校だって」
「聞いてねえぞ……!」
「僕に言われても!」
 その件に関してかっちゃんの怒りの矛先が僕に向くのはどう考えても理不尽である。眼を鋭くさせているかっちゃんを見ながら、僕はひっそりと溜息を吐いた。

 名字さんは僕の中学三年生の頃のクラスメイトであり、かっちゃんのクラスメイトでもあり、そして現在かっちゃんの恋人である。中学時代にはかっちゃんとはかなり険悪だったような気がするけれど、僕が知らない間に仲良くなって、そして気が付いたら付き合っていた。かっちゃんの幼馴染をしている僕からしてみれば、一体どうしてかっちゃんの彼女をあんな真面目そうな女子が務めているのか不思議で仕方がないけれど、まあその辺りは僕には分からない何かがあるのだろう。別に分かりたいということもない。
 そんな名字さんは雄英と最寄り駅を同じくする有名女子校に通っている。雄英が全寮制になる前は家の近所や通学途中に顔を合わせることもあったけれど、全寮制になってからというもの、めっきり疎遠になっていた。彼女の通う高校は雄英とは駅から反対方向だし、彼女の学校側は閑静な住宅街なので特に用事もなかった。かっちゃんは時折彼女の高校の方まで出向いているという目撃情報もあるけれど、その辺りはかっちゃんとそういう話をする間柄ではない僕に真偽のほどを確かめる術はない。

 それはともかくとして、午前中、駅の近くのスポーツ用品店で買い物をした帰りのことである。土曜日だというのにきっちりと制服を着こんだ名字さんは、飯田くんと一緒にいた僕を見て、件のクラス会参加の旨をいともさらりと伝えた。
「緑谷くん来週の同窓会行く? え? あ、まだ決めかねてるんだ。そっか。私はね、行くことにしたんだ。幹事が爆豪くんの手下のヤンキーだったら行くのやめようと思ってたけど、そういうわけじゃなさそうだし。それに友達も行くらしいから。もし緑谷くんも行くならまた色々話そうねー」
 そこにはいっそ清々しいほどにかっちゃんの話が絡んでいなかったので、僕としては逆に、すでにかっちゃんとはその話を終えたので今更どうこういうこともないのだろうと、そう思った。ちなみに隣の飯田くんは、名字さんが去った後「彼女は爆豪くんに何か弱みを握られているのか?」とかっちゃんに聞かれたら怒られそうなことを言っていたけれど、かっちゃんと名字さんのことを知った人は大抵みんな同じようなことを言うのでそんなんじゃないよ、とそこそこにフォローしておいた。

 けれど──
 今目の前のかっちゃんのリアクションを見るに、僕の考えは間違っていたらしい。かっちゃんとの話し合いが終了しているのではなく、単純に名字さんの参加不参加はかっちゃんの関与しないところで完結していただけのようだった。なんというか、名字さんにそういうところがあるのは薄々察していたけれど、ここまでかっちゃんを虚仮に──いや翻弄している女子がいるという事実はなかなかの衝撃である。雄英の強い女子たちとはまた別のベクトルで名字さんも猛者である。

「名字さんの友達が行くからって言ってたけど」
 一応、そう付け加えておく。かっちゃんはますます眉間に皺を寄せ、
「根暗の友達……」と呟いた。『全然わかんねえ』と顔に書いてある。
 まあ名字さんの友達というと、クラスでも静かな女子が多かったはずだ。学校中のヤンキーや不良を傘下に従えていたかっちゃんとは行動圏が違うのだから、かっちゃんが覚えていなくても無理からぬことだった。
 というより、名字さんの友達たちからは恐らくかっちゃんは徹底的に避けられていたのだろう。かっちゃんと名字さんが付き合うに至ったのも、ある種の奇跡としか思えない。

 そう考えると、名字さんとかっちゃんは本当にぎりぎりのところを綱渡りしてるんだろうなあ──完全に苛々しているかっちゃんを見ながら思った。
 本来、かっちゃんは女子に対して優しさを見せたりするようなタイプじゃない。良くも悪くも男女平等だ。切島くんや上鳴くん、あるいは麗日さんがかっちゃんと遣り合えるのは、かっちゃんが彼らを自分と対等であると認めているからに他ならない。
 その点、名字さんはかっちゃんが絶対的な基準にしている『力』の面で、到底かっちゃんに及ばない。彼女は普通の女子中学生だったし、今は普通の女子高生だ。僕から見た名字さんは、少し気が強くて我も強い、普通の真面目な女子高生である。
 だからそんな名字さんがこうもかっちゃんを翻弄しているというのは、幼馴染として長くかっちゃんを見ている僕にとってはかなり奇異なものに見える。
 こうして名字さんが自分の断りなく同窓会参加を決定していることに、かっちゃんが悶々と苛々していることも不思議だし、そも、かっちゃんが他人の同窓会参加を気にしていること自体が不可思議である。丸くなったというか、丸くさせられたというか。いずれにせよ、『恋するかっちゃん』が僕の想像の及ばない人格変化をきたしているのは確かである。

 そんなかっちゃんは、僕がああだこうだと考えを巡らせている間にも名字さんの友人の顔を誰一人思い出すことができなかったらしい。最終的に盛大な舌打ちを打つと、一言吐き捨てた。
「俺に断りもなく何が同窓会だ殺す」
「だからそれを僕に言われても」
 困るんだってば。

 ★

 結局、かっちゃんとの会話から得られた情報は乏しかった。かっちゃんは名字さんが、恋人であるはずのかっちゃんにお伺いを立てずに勝手に参加を決めてしまったことに対して腹を立てているようだけれど、とはいえ自分は行く気はないらしく、それを名字さんに相談したりはしないようだった。そういうところだよ、と言いかけて、さすがにそれはやめる。僕もまだ命は惜しい。

 壁に掛けられた時計が、午後八時の鐘を鳴らした。それとほぼ同時に、僕の腹の虫もぐうと泣く。キッチンスペースからゼリー飲料を二本持ち出すと、それを手に僕は再びソファーへと戻った。
 一本をかっちゃんに手渡す。意外にもかっちゃんはそれを受け取ってくれた。かっちゃんの知りえなかった名字さん情報を流したので、少しだけ心理的ハードルを下げてくれたのかもしれない。

 かっちゃんのソファーとは別のソファーに腰かける。相変わらずほかのクラスメイトが現れる気配はない。じゅうとゼリー飲料を吸い込み、僕はつまらなさそうにしているかっちゃんに視線を遣った。かっちゃんは僕が話しかける前に読んでいた雑誌をまた開いている。
 何か会話の糸口になるようなことはないだろうか。
 そう思い、うっかり何も考えずに思いついたことを口にした。
「名字さんとかっちゃん、もう長いよね」
 口にしてからすぐいらないことを言ってしまったと思った。反射的にすぐさま防御の構えをとる。
 が、意外にもかっちゃんは怒らなかった。僕はまたぞろ爆破でもされるかと思ったけど、かっちゃんは静かに僕を睨んでいた──怒鳴られても爆破されてもいないけれど、睨まれてはいる。
「てめえにゃ関係ねえだろ」
「うっ、そうだけど……」
 世間話の範疇を、関係ないと一蹴されてはコミュニケーションも何もあったものではない。かっちゃんにとっての恋愛の話がどういう位置づけかは不明だけれど、少なくとも切島くんや上鳴くんが名字さんと何度か会ったことがあると言っていたことから、その手の話題がまったくのタブーというわけではないはずだ。
 かっちゃんが僕のことを睨んでいる。けれど、その目つきには思ったよりも険はなかった。それで気付く──もしかして、かっちゃんは名字さんの話をするのはそんなに嫌じゃないのかも?

 考えてみれば、名字さんのことを秘匿しておきたい、彼女のことは何一つ話したくないと言うのであれば、あのかっちゃんが、言い方は悪いけれどノリの軽い上鳴くんにそう何度も名字さんと会うことを良しとするはずがない。加えて、今この学校で彼女とかっちゃんを介さずとも知り合いであったのは僕くらいのものだ。かっちゃんが名字さんの話をするというのなら、僕以上にそれにふさわしい人間はほかにはいなかった。
 まあ、そういう諸々を差し引いてもかっちゃんが僕に対して抱いている悪感情はあまりに大きく、普段ならば僕相手に恋愛の話はもちろん世間話だってしたくないのだろう。けれど、今は同窓会参加問題というひとつのホットな話題があったため、その限りではないようだった。

 現状、世間話よりもむしろ恋愛の話の方が、かっちゃんとの話題としては適切──以上がかっちゃんの幼馴染歴十数年の僕の分析である。
 その分析をもとに、僕はさらにかっちゃん相手に会話を展開する。
「名字さん、高校に入ってイメージ変わったけど、中学のときあんまりかっちゃんと仲良いイメージなかったから意外だなと思って」
「イメージ?」
 ぴくりとかっちゃんの眉がつり上がる。まだこれ以上つり上げることができるのか、と内心で感じ入りながら、僕は間髪入れずに頷く。
「うん。名字さん中学の制服とか、スカート長かったし。ほ、ほら、高校入ってなんかこう、女子高生って感じに」
「見てんじゃねえ!」
「ごめん!!」
 勢いよく怒鳴られ、僕は反射で謝った。かっちゃんの地雷はどこに埋まっているのかの判別が難しいけれど、今の話題はまずかったらしい。制服のスカートの長さなんて別に見ようと思わなくたって見えるところだと思うのだけれど、かっちゃんは自分の所有物である──と人権意識に乏しいかっちゃんは確信しているだろう──名字さんに対する視線についてはことさらに敏感で繊細である。彼は自分のものを不躾に汚されるのが我慢ならないのだ。そのくせ、名字さんの様子を見るにその性質を名字さん本人にはうまく伝えていないようだから、つくづくかっちゃんのみみっちさも極まっているというものだった。
 かっちゃんに話したらただじゃ済まされないような内容なので、すべては僕の胸の内に秘められた分析であり、所感であるが。

 僕のスカート発言に対して憤慨していたかっちゃんだったけれど、とはいえ僕の言いたいことはきちんと伝わったようだった。中学時代までの名字さんの真面目な優等生ぶりを『根暗』と称して痛烈に批判しているかっちゃんだ──それもどこまで本気なのかは分かったものじゃないし、今となっては照れ隠しの愛称みたいなものなのだろうけれど、とにかく高校に入学してからの名字さんの変化には、かっちゃんも目を瞠るものがあるのだろう。
 女子ってある日突然きれいになったりするもんなんだなあ、とそんなことを思い、僕は脳内でひとりの女子の姿を思い浮かべる。けれど今はそれとは関係ないし、第一彼女は普段だって十分に可愛いので、こんな場面で引き合いに出すのは失礼というものだろう。いや本当に。
 けれど考えてみれば、名字さんだって僕にこんなことを言われるのは心外だろう。かっちゃんに『根暗』と称される名字さんと同様に、僕だってかっちゃんからは『ナード』と呼ばれて久しい。おまけに僕の場合には名字さんが『根暗』なんて呼び名が似つかわしくないような高校デビューを遂げたのに対して、今もオタク気質のままだ。
「と、とにかくそういうわけだから」
 名字さんを同窓会で見ても、中学時代のクラスメイトたちは誰か分からないんじゃないかな。そう言おうとした時、かっちゃんが面白くなさそうに言った。
「あいつは中学んときからあんなんだわ。制服の着方がクソだせえ芋女だっただけで」
「えっ、かっちゃん中学時代に名字さんの私服見たことあるの?」
「たりめえだろうが」
「当たり前なんだ……そっか……」
 僕は女子の私服姿を見ることなんて、中学時代ほとんどなかったけれど。というか三年生の頃なんてほぼ海浜公園と自宅の往復だったので、女子の顔すら学校以外ではほとんど見ていなかったけれど。
 かっちゃん昔からモテたしな。そういうチャンスもあったんだろう。多分。
「僕、制服姿しか見たこと無かったからさ。多分クラスのほとんどの人もそうだと思うけど。同窓会なんてやったら名字さんみたいに中学時代とは雰囲気変わった人ほかにもいるんだろうなあ……!」
 女子は特に、雰囲気が変わった人も多いのだろう。特に親しい女子なんていないけれど、さすがに同じクラスだったクラスメイトの顔と名前くらいは今でも憶えている。

 と、そんなことを思いながらゼリー飲料をじゅうじゅうと吸っていたら、唐突にかっちゃんが
「同窓会」
 と呟いた。随分とどすの利いた低い声だった。
「え?」
「だから同窓会」
「ああ、うん。同窓会」
「てめえは行くのかよ」
 どういうわけか、話題が最初に戻っている。けれど確かに、僕はかっちゃんが参加するかどうかは尋ねたけれど、僕自身どうするかは話していなかった。それもかっちゃんが僕の参加状況などまったく興味がないだろうし、何なら僕が行くと言ったら「てめえが行くなら行かねえ」と言い出しかねないと思っていたからだった。かっちゃんの方から聞いてくるのであれば隠す道理はない。
「えーと……僕はかっちゃんが行くなら行こうかなと思ってたけど……僕あのクラスにそんなに思い入れ無いからひとりで行く程ではないし。かっちゃんが行くならついでにとは思ったけど」
「……幹事に行くっつっとけ」
 その言葉に、僕は思わずソファーから腰を浮かせて聞き返す。
「え! かっちゃん行くの!?」
「てめえが行くのかって聞いてきたから答えてんだろうが!」
「そうだけど、さっき行かないって──あ、名字さんが行くから? ほかの男子がいる場に──」
 今度こそ僕はかっちゃんに思い切りぶん殴られた。

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