2018誕生日



(※Twitter再録)

 四月一日といえば「エイプリルフール」だ。昔読んだ漫画で四月一日と書いて「わたぬき」と読ませる名字を持った登場人物がいたけれど、今はそれは関係なくて、大切なのはエイプリルフールはもはやほとんどの国民が知っているイベントだということだ。高齢でそういう文化に疎い人はともかくとして、今や毎年四月一日になると企業がこぞって嘘企画をぶち上げたりする程度には、インターネット世代である私たちにとってエイプリルフールは身近なものである。私たちの世代にとって、ということは、私と同学年である爆豪くんにとってもそうだと思われるという意味で。だから、四月一日の午前中、軽い気持ちで言った「今月爆豪くんの誕生日だよね? プレゼントは私ってことで」という冗談は、もちろんエイプリルフールネタだったし、わざわざ「嘘でーす」なんてネタバラしをするほどのことでもないと思っていたし、実際ネタバラしをすることはすっかり忘れていたのだけれど、そもそもそんな冗談を言ったこと自体を私は忘れていた。だって、エイプリルフールなのだ。世の中には嘘や冗談が溢れていて、そのひとつひとつにまともに取り合っていたら疲れてしまう。人を傷つける類の嘘ではなかったし。何より、その冗談を言ったのは電話の上だったので、私は爆豪くんがどんな顔をしているのか、確認することができなかった。私が「プレゼントは私ってことで」なんて軽口をたたいた直後、爆豪くんからはいつも通り「ふざけんな根暗」という暴言が飛んできて、話はそれで終わっていた。だから、その程度の話だと思っていたのだ。

 以上、私の言い訳。

 長々と言い訳を並べ立てたりしてみたのだけれど、それはさておき今目の前には、怒り狂った爆豪くんがいる。ついでに言えばその怒り狂い方が「静かにキレる」タイプなので、私は現在果てしなく戦々恐々としている。
 以前にも一度こういう怒られ方をしたことがあるので知っている。まだ付き合う前、私が爆豪くんに「爆豪くんが私のことなんか好きになるわけがない」などと彼の秘められた恋心を全否定してしまったとき以来の「静かにキレる」だ。めちゃくちゃやばいということだけは分かる。冗談抜きで。

「えーっと、爆豪くん」
「……」
「その、そろそろ出ないと買い物する時間、なくなるけど」
「……」
「あの、ばくご、」
「うるっせえ!!」
「うわっ」
 爆豪くんの怒声に思わず顔を顰める。私以外の家族は誰もいないとはいえ、一応ここは私の家だ。だからそうそう大声を出されると近所迷惑なのだけれど、生憎と爆豪くんにはそういう集合住宅事情は通用しない。私は溜息を吐く。

 今日の日付は四月二十日。彼氏である爆豪くんの誕生日だ。
 誕生日当日の今日は日曜日なので、せっかくだからデートがてら一緒にプレゼントを買いに行こうということは実は結構前から決めていた。
 爆豪くんはハイスペック男である上に、実家が割と裕福でもある。中途半端に私のセンスと経済力でプレゼントを決めるより、一緒に買いに行って爆豪くんの欲しいものを買った方が間違いないというのが私の持論だった。

 木椰子区のショッピングモールには雄英からよりうちからの方が近い。雄英から向かう場合にはうちの最寄り駅が乗り換え駅になるのだ。
 そういうわけで爆豪くんには当日の昼過ぎにうちに寄ってもらって、うちで合流してからモールに行くつもりでいた。つもりでいた、というのはつまり、私の中でのスケジューリングがそうであった、という話だ。ここまでの段取りはすべて私が自分で立て、特に爆豪くんに共有したりはしなかった。何故なら今日は爆豪くんの誕生日なのだ。私がすべてお膳立てしてあげるのが優しさだと思っていた。これが第二の過ちである。

 定刻にうちにやってきた爆豪くんは、私の家族が家にいないことを確認すると、ずかずかと我が家に踏み入った。そして、まあ、色々あって今に至る。挨拶もそこそこにキスされた時点でこれはおかしいと思ったけれど、思った通りやっぱりおかしかった。私と爆豪くんの間には大きな認識の差があった。

 プレゼントは私だと思ってうちにやってきた爆豪くんと。
 プレゼントはこれから購入するためにあくまで待ち合わせ場所としてうちを指定した私と。
 全然まるきりかみ合ってなかった。そして今に至る。コントかな。

 私の部屋でぶすっとしている爆豪くんに、私はさてどうしたものかと再び溜息を吐く。この場合、悪いのは百パーセント私だという自覚があった。エイプリルフールとはいえしょうもない嘘をついたのは私だ。自分で蒔いた種が想像を絶するスピードで成長し、思いがけない実をつけたとて、それはそんな実をつけた植物が悪いのではない。そんな種と知らずに蒔く人間が悪いのだ。
「あの、ごめんね。爆豪くん。エイプリルフール……」
「……」
「何か言葉を発してくれないと私としてもどう償うべきか判断しかねるので、できれば何か言っていただきたいのですが」
「死ね」
「暴言以外でお願いします」
 ケッと漫画みたいな言葉をこぼし、ぷいとそっぽを向いた爆豪くんだった。それでも最初に比べればいくらか落ち着いたようにも見える。何せいきなりキスをかましてきたのを制止して双方の認識のすり合わせを終えたときには尋常じゃないキレ方をしていたのだ。死ねでもケッでも、言ってくれるだけまだましというものだった。

 そんなことを考えていたら、相変わらずそっぽを向いたままの爆豪くんが舌打ちを打った。
「てめえのことは大概馬鹿だと思っとったけどな、まじで真性の馬鹿か?」
「もしかして四月馬鹿と引っ掛けてる? うまいこと言うね」
「馬鹿にしとんのか!? あ˝ァ!?」
「ごめんて」
 褒めたつもりだったけれど火に油を注いだだけだった。怒鳴りつける爆豪くんに素直に謝ると、爆豪くんはふんと鼻を鳴らす。さっきから、言葉でのコミュニケーションは断絶気味であるにもかかわらず、言葉以外での感情表現は割と豊かな爆豪くんだった。

 とはいえ、折角の誕生日に怒らせてばかりいるのは申し訳ないというのも事実だった。ここはひとつ、私が折れて爆豪くんの希望を聞くのが正解なのだろう。ソファーに腰掛けた爆豪くんの前、床に正座した私はふう、とひとつ息を吐き出した後、恐る恐る口を開く。

「あの、爆豪くん。本当に今更なんだけど、例のあれはエイプリルフールの嘘なんかじゃなかったってことでひとつ、許してくれはしないですか。その、私がプレゼントー、みたいな……」
 聞きようによっては結構思い切ったことを言っているし、爆豪くんに損はない。かなりの譲歩だ。というよりこれ以上を期待されても困るというラインまで私は引いたのだけれど、しかし爆豪くんはおよそ心が動かされないといった目で私を見下ろした。
「んなゴミみてえなもんいるわけねえだろ」
「ウッ、この感じ久し振りだな……」
 この感じというのは、爆豪くんの人を人とも思わない、虫けらくらいにしか認識していないときの態度のことだ。具体的に言うと中学三年の一学期くらいのやつ。付き合ってからはなりを潜めていたけれど、久し振りに顔を出してきた感じがする。

 爆豪くんはしばらく冷ややかな目で私を見下ろし眺めた後、唐突に口角を上げた。
「根暗、どうしてもっつーんならちゃんと言い方弁えろや」
 その言い草があまりにもカタギのそれではなかったので、私は思わずひくりと喉を鳴らす。悪い顔をしているときの爆豪くんは大抵ろくでもないことを考えているし、今も多分、ろくでもないことを考えている。
「い、言い方とは」
「貰ってくださいだろうがよ」
「……」
「んだよ」
「すごい、なんか、そういうプレイを強いられているみたいになってる」
「ぶっ殺すぞ」
 冗談めかして言ってみたけれど、残念ながら爆豪くんは至って本気なのだった。

 爆豪くんの傍若無人ぶりにはだいぶ慣れているつもりでいるけれど、この手の無茶ぶりはあんまりない。私に対して無茶苦茶な言動をすることはあっても、基本的には爆豪くんは私に何かを強いるようなことは少ないからだ。
 これも誕生日特典だと思って受け入れるべきなんだろうか。

 逡巡の後、私は居住まいを正し、改めて爆豪くんを見上げた。先に厄介な事態を呼び込んだのは私だ。このくらいは誕生日特典の範疇だろう。
「えー……それでは。爆豪くん、お誕生日おめでとう。プレゼントは私です。受け取ってください。どうぞ」
 爆豪くんの眉がぴくりと動いた。まあ、プレゼントは私なんて言ったところで爆豪くんのことだからせいぜい普段より割増しで私のことをいびってくるとか下僕扱いするとか、さっきみたいに気分でキスしてきたりとかそのくらいのことだろう。そう思い、爆豪くんの次なる一手、すなわちプレゼントされた私に対する第一声を待った。

 やがて爆豪くんはふん、と鼻を鳴らすと不機嫌そうに言った。
「いらねえ」
「ええー……嘘でしょ……」
「俺の誕生日なんだから俺に選ぶ権利があんだよ。ガタガタ言ってんじゃねえ」
「最悪では?」
 最悪だった。言うだけ言わせておいて、こいついらないとか言うのか。
 別に私をもらってほしいなんて本心から思っていたわけではないけれど、一応いびられる覚悟は決めていた身としてはばっさり切り捨てられるとなんだか悲しいものがあった。だって私、一応妙齢の女子なんですが。しかも世間的にはそこそこに憧れを集める名門女子校の生徒なんですが。というかあなたの彼女なのですが。それを言うに事欠いて「いらねえ」って。おい。おい。

 がっくりと項垂れる私の追い打ちをかけるように、爆豪くんはべしんと一発私の頭を叩いた。そして幾らかすっきり楽しそうな声で「サンダル」と言う。

「え? 何?」
「だから、サンダル」
「……あ、ああ。誕生日プレゼントの話? 爆豪くんサンダル欲しいの?」
「今から買いに行くぞグズ」
「グズ……」
 いちいち会話を暴言でしめないとおけない爆豪くんに脱力しながらも、やっと話題が当初の目的まで戻ってきたことに少しだけ安堵した。
 そういえば私はもともと爆豪くんが欲しいと思っているものを買うために今日こうして爆豪くんと顔を合わせているのだ。何もむやみやたらに暴言を吐かれ、自尊心を傷つけられるためだけに爆豪くんと待ち合わせしたわけではない。

 しかしサンダルとは、またニッチなところに要望があるものだ。私だったら絶対「よし誕生日プレゼントにサンダルを買おう」なんて思わない。季節的には確かにそろそろそんな季節ではあるから、もしかしたら爆豪くんはまた思い付きで言っているのかもしれないけれど、ひとまず私の貯めたお小遣いでどうにかなりそうな要望で安心した。

 当初の予定よりはやや時間が遅くなってしまったけれど、これからモールに行けば十分に買い物をする時間くらいはあるだろう。私はよいしょ、と立ち上がる。
 上着を取りに行こうと爆豪くんに背を向けたところで。
「サンダルねえ……爆豪くんどれが欲しいとかってある程度もう決めてるの? 男子の靴なんて私にはどんなのがいいか全然わかんな───って痛っ!?」
 驚きすぎて、思わず悲鳴を上げた。私の背後にいた爆豪くんは、私の首の付け根に思い切り噛みついたのだ。だけでは済まされず、驚いて振り向いた拍子にがぶりとそのまま食べられるのではないかという勢いのキスまでされた。首に腕を回されているので身体を離すこともできず、ようやくようやく解放されたときには私は息も絶え絶えになっていた。いきなりすぎる。

「な、ちょっと、いきなり何するの」
「てめえが貰ってくれっつったんだろが」
「いらないって言ったじゃん!」
「差し出された時点で何言おうがもう俺のもんだろ」
「本気で言ってるの、それ」
「当たり前だろうが馬ァ鹿」

 とんでもない暴論をぶってくる爆豪くんに溜息をつきながら、私はいそいそと上着を羽織る。背後から「んな締まりのねえクソ顔で出掛けんのかよ」と憎まれ口が聞こえてきたけれど、聞こえなかったことにした。

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