卒業



(※Twitterログ)
(※爆豪と夢主が高3設定です)


 着慣れた制服の胸にコサージュをつけた私と、同じく雄英の制服の爆豪くんが顔を突き合わせているのは、学校近くのファミレスだった。高校在学中の三年間に幾度となく通ったこの店に来るのもきっとともう当分はないのだろう。私と爆豪くんは今日、それぞれの高校を卒業した。

「それにしても、ヒーローかあ……本当にヒーローになるんだねえ……」
 ドリンクバーのオレンジジュースを飲みながらぼんやりと呟く。まだ注いだばかりで氷も溶けていないのに、ジュースは既に水っぽい。
 私の独り言に、正面に座って聞いていた爆豪くんは鼻を鳴らして答えた。
「今更だろ。もう研修も始まってんだ。ヒーローになる、じゃねえ。ヒーローになっとんだわ」
「爆豪くんは私よりも先に社会に出るんだねえ」
「聞けや」

 ヒーロー人気に後押しされるように、全国に様々なレベルのヒーロー科高校が設立されるようになってから久しい。今や普通科に進学する生徒の方がマイノリティだ。しかしだからといって、ヒーロー科に進学した生徒の全員がヒーローになれる訳では無い。ヒーローとして活動するために必要な国家資格は難関試験であることが知られていて、今年も合格率は低かったと聞く。
 爆豪くんに限ってまさか試験に落ちるなんてことは無いだろうと思っていたけれど、一年次の仮免試験不合格の記憶もあったため、多少は心配もしていた。ともあれ、無事に合格してくれて何よりだ。

 対して私はといえば、普通科高校を卒業し春からは大学生になる。実家から通うから大して生活は変わらないけれど、一足先に社会人になる爆豪くんとはこれからは生活リズムも変わることになるのだろう。ヒーロー業は超多忙だ。

「なんか爆豪くんに先越されちゃったみたい」
 思ったことをそのまま口にする。爆豪くんは「ケッ」と馬鹿にするように発した。
「てめえが大学卒業する頃には俺は超人気ヒーローになってるからな、俺とてめえの差が埋まるなんつーことは、未来永劫有り得ねえ」
「ウケる」
「ウケんな」

 とはいえ、爆豪くんのこの謎の自信もきっとそれほど的外れという訳では無い。実際、雄英在学中から爆豪くんにはプロからお声がかかることも少なくなかったし、熱心なヒーローファンの間では期待のルーキーと持て囃されている。押しも押されもしない人気ヒーローになる日もそう遠くはないだろう。
 それこそ私みたいなちっぽけな女子大生とは住む世界が違ってしまうのかもしれない。困ったことに爆豪くんが私の生活に合わせるとは到底思えないし、私も私であんまり自分のリズムを崩したくはなかった。

「私が大学に行って爆豪くんがヒーローになって……今よりもっとすれ違い生活になるね」
「あ?」
 爆豪くんがストローを噛みながら顔を上げた。私は続ける。
「だってヒーローって忙しいんでしょ? 私も大学入ったらバイトとかサークルとか始めるつもりだし」
「あ゛ァ!?」
「『あ』だけで会話するのは無理がある」
 いつものように爆豪くんの無茶苦茶に言葉を挟みつつ笑う。三年近く付き合えばもうこういうことにも慣れっこだ。

 三年。長いようで短いようで、やっぱり長かったように思う。私の高校生活は大体爆豪くんと共にあったと言ってもいいくらいだ。
 通っている学校が違うのに、爆豪くんは忙しい生活の合間を縫ってできる限り私と会ってくれていた。もちろんそんな素振りは見せないけれど、やっぱりあれは私のために頑張ってくれていたのだろう。
 私も私で、何かにつけて目立つ爆豪くんの彼女としてそれなりに奮闘したつもりだ。ある時は爆豪くんのファンだとかいう後輩からいちゃもんをつけられ、ある時はよく分からないネットメディアの記者に突撃インタビューされたり。
 普通の女子高生ならばおよそ経験しないような経験もしたと思う。というか普通の女子高生の彼氏は定期的に世間を騒がせる敵と戦ったりしない。

 喧嘩だって何度もしたし、もう別れるかと思ったこともあったけれど────

「バイトだサークルだって、浮かれてんじゃねえ」
 取り留めもなく三年間の思い出に浸っていた私を現実に戻したのは爆豪くんの言葉だった。どうやら先ほどまでの話をまだ続けているらしい。爆豪くんはしつこい。
「浮かれてはいないけど……」
 一応言い訳のように返事をしたけれど、爆豪くんは聞いちゃいなかった。
「てめえ俺に黙ってクソ寒ィ飲み会とか行ったらまじで殺すからな」
「はいはい、逐一報告するね」

 よっぽど別れようかと思ったことも何度もあったけれど、それでも結局別れずにこうして一緒にいるのは、私が爆豪くんのことを好きで、爆豪くんも私のことを好きだから、なのだろう。
 別れようかと思ったことはあっても、別れようと言葉にしたことはない。確証はないけれど、きっとこれから先も、私がその言葉を爆豪くんに対して言うことはない。ないと信じたい。

「あと四年か」
「うん?」
 爆豪くんがぼそりと発した言葉に聞き返す。うっかり聞き逃してしまったために首を傾げる私だけれど、しかし爆豪くんがもう一度同じ言葉を発してくれるほどの優しさを持ち合わせていないことも知っている。爆豪くんは時々優しいけれど、それはそういう類の優しさじゃない。
 相変わらず首を傾げる私に向かって「間抜けヅラしとんな、根暗」とさらりと暴言を吐くと、爆豪くんは悪い顔で笑った。

「四年後、首洗って待っとれや」

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