後日談(7)



 それから数日経った水曜日。委員会の活動があったせいで普段より遅くなった下校時間、そういえば赤ペンのインクがもうなかったことを思い出し、帰る前に文具店に立ち寄ることにした。
 駅を通り過ぎ店内に入る。そういえば前にここに来た時にはその帰りに切島くんや上鳴くんとはじめて会ったのだった。あの時は爆豪くんに突然一緒に帰ると言われて困惑したけれど、今思い返してみればもしかして爆豪くんはあの時すでに私のことを好きだったのかもしれない。そうだとしたら本気で分かりにくい。爆豪くんの愛情表現は果たして表現する気があるのか甚だ謎だ。

 目的の赤ペンと、それからちょうど無くなりかけていたルーズリーフを手にレジに向かう。
 と、ちょうど私の前に並んでいた雄英の女子制服のふたりが、くるりとこちらに振り向いた。その顔に見覚えがあり、思わず「あっ」と声を上げる。
 そのふたりは、この間爆豪くんとデートした帰りに鉢合わせた、爆豪くんの同級生の女の子たちだった。
 女の子たちも私のことを覚えていたらしい。キャアッと声を上げると、私の手を取った。
「この間の! 爆豪のカノジョだ!」
「あ、こんにちは。えーと……」
「芦戸三奈! こっちは麗日!」
「こんにちはー!」
「芦戸さんと、麗日さん。私は名字です。名字名前」
「爆豪くんの彼女なのに丁寧だ……!」
 レジで精算をしてもらいながら、きゃいきゃいとテンションの高いふたりといくらか言葉を交わす。女の子たち──、芦戸さんと麗日さんも、私と同様授業後に買い物に来たらしい。雄英の方がうちの高校よりも授業終了時刻が遅いのだけれど、今日は私が委員会で遅くなったためこうして鉢合わせることになったようだった。
「名前ちゃんって夢咲女子なんだよね? 上鳴たちに聞いたんだ! あの後爆豪にも彼女の話してよーって頼んだんだけど、全然話してくんなくってさー」
「ていうか夢咲女子って夏服ワンピースなんだね。いいなー、可愛い!」
「雄英の制服も可愛いよね、頭良さそうだし。爆豪くんはめちゃくちゃ着崩しちゃってるけど」
「あれねー、あんなんしてるの爆豪くんだけだよ」
「やっぱりそうなんだ……」

 レジでの精算を終え、一緒に店を出る。駅と雄英は反対方向なのでそれじゃあまた、と手を振りかけたとき、芦戸さんが「ねえねえっ」とにこにこ笑いながら私の手を握った。

「今時間ある? よかったらちょっと話さない?」
「えっ、いや、」
「ねっねっ、名前ちゃんも爆豪の友達と仲良くなっておくと色々便利かもよ? 情報のリークとかするよ!」
「爆豪くんには友達だと思われてはいないだろうけどね」
 麗日さんが苦笑しながら付け加えた。
 確かに芦戸さんの言うことも一理ある。爆豪くんはヒーロー科だ。学生とはいえ、常に危険と隣合わせのポジションに身を置いていることには間違いない。
 一応爆豪くんに何かあったときには緑谷くんに連絡をとれば大体の事情は分かるけれど、その緑谷くんだって同じヒーロー科。何かあった時の連絡先は少しでも多く知っておいた方がいいのかもしれない。それに、少し前の林間合宿のこともある。ああいうことがもう二度とないとは言い切れないのだ。ただの一般市民に過ぎない私に開示される情報は極めて少ない。

 それに何より、私の知らない雄英での爆豪くんのことを聞いてみたいという気持ちがあった。ただのお山の大将ではなくなった爆豪くんのことを。
 依然目をキラキラさせている芦戸さんと麗日さんに向けて、こくりとひとつ頷くと、私たちはすぐ近くのファストフード店に入った。

 ★

 注文してテーブルに着くと、早速芦戸さんは身を乗り出して私にその大きな黒目を向けた。テーブルの上にはポテトとシェイク。夕飯が控えているのであくまでも小腹を満たす程度に留めてある。
「彼氏としての爆豪ってどんな感じ!? 甘い言葉とか吐いたりするの?」
「いやまさかそんな。普通だよ、普通。暴言と暴力と侮蔑って感じで」
「なにそれ爆豪やばない!? それ普通じゃないから!」
「爆豪くんの普通はそんな感じじゃない?」
「確かにそうやけど、恋人にする態度と違うんじゃないかなあ……」

 爆豪くんのことをよく知らない人に彼の話をする時には、あまり引かれても困るからだいぶオブラートに包んで話すようにしている。ただ爆豪くんのクラスメイト相手ならばありのままを話してもいいかと思って話してみたのだけれど、やはりそれでも引かれるものは引かれるようだった。そりゃあそうか、私だって自分の彼氏でなければ引く。というか別れろと進言するところだ。
「そっか、恋人に接する爆豪くんとかちょっとすごいアレだと思ってたけど、全然アレじゃないんだね。なんか逆に安心した」
「安心って」
「や、だってアタシらはヒーロー名を考えさせたら『爆殺王』とか言い出す爆豪しか知らないからさ」
「『爆殺王』って……すごいネーミングセンスだね。いや爆豪くんっぽくて微笑ましいけど」
「微笑ましいで済ませるんだ!?」
「まあ、ほら爆豪くんだからさ」
 そう言って笑ったら麗日さんには苦笑されてしまった。しかし爆豪くんと付き合っているのだ。今更「爆殺王」くらいで困惑していたら交際などできはしない。寧ろ「すごい分かる、爆豪くんそういうところある」くらいのものだ。

 爆豪くんはセンスはいいけれど、時折とがった感性を見せつけてくる。柄物のシャツを颯爽と着こなしていたりとか。「爆殺王」だってその類と思えば納得できないこともない。受けるところには受ける感性とでもいうのだろうか。
 そして実のところ、私は爆豪くんのそういうセンスがそんなに嫌いじゃない。私のセンスとは相いれないけれど、爆豪くんらしくて面白いからだ。
「名前ちゃんって付き合うべくして爆豪と付き合ってるんだねえ」
 シェイクのストローをかじりながら、そんなことをしみじみと言う芦戸さんだった。そうだろうか。自分ではそんなつもりはまったくないし、寧ろ未だに爆豪くんは私のどこがよくて付き合っているのか分からないのだけれども。少なくとも私は爆豪くんのことを好きで、爆豪くんに好かれているからラッキーだし付き合っているという感覚だ。

「爆豪はねー、ちょっとアレだけど強いし実は真面目だし、面白いよね! 名前ちゃん雄英の体育祭見た?」
 芦戸さんの質問に私は首を横に振る。
「決勝戦だけ。あの氷の子と戦ったところだけ見たよ」
 本当は録画してあるけれど、何せ当の爆豪くんが絶対に見るなと言うのでその録画を再生することがないまま今に至っている。どうして見てほしくないのかは知らないけれど、わざわざ彼氏が嫌がることをする必要もない。決勝戦だけ見たのはたまたまリアルタイムで見ることができたからだ。
 けれどそんな事情を知らない芦戸さんと麗日さんは、揃って「エーッ」と声をあげた。雄英体育祭といえば国民的なイベントだし、自分の彼氏が出ているとなれば見ていて当然だと思うのだろう。私もそう思う。
「録画はしてあるんだけど、爆豪くんが絶対見るなってうるさくってねえ」
「爆豪に内緒で全部見てよ! アタシ騎馬戦で爆豪と一緒に戦ったんだよ! 爆豪が騎馬でね、その氷の轟対策に私と組んでたんだ。あ、切島と瀬呂はわかる?」
「切島くんは前に会ったことあるよ」
「そうなんだ。切島と瀬呂と、爆豪とアタシで組んでたの」
「すごいねえ……爆豪くんがチーム組むってことは芦戸さんってすごいってことでしょ?」
「いやいや、そんな。ていうかすごいって言えば麗日だよ。麗日なんて二回戦で爆豪と戦ってるからね」
「お恥ずかしながら。まあ全っ然歯ぁ立たんかったけどね……」
「えっ、あれ、それじゃあ二人共二回戦まで残ってたんだ?」
「へへー」
 ピースをつくってはにかむ麗日さんと得意げにしている芦戸さんに、私は思わず「すごい……」と呟いた。

 爆豪くんがすごいのは分かる。普通の男子よりもかなりがっつり身体を作りこんでいて体格もいいし、個性も戦闘向きだ。性格だってかなり難はあるけれど、意識は高くて好戦的、ヒーローっぽいといえばヒーローっぽい。素人の私にもそのくらいは分かる。
 けれど見た目は私と大して変わらない芦戸さんや麗日さんも、爆豪くんと同じ雄英ヒーロー科の生徒なのだ。そのことを改めて実感した。爆豪くんと手を組んだり対等に戦ったりできる人たち。爆豪くんと比肩するヒーローの卵。

「爆豪はやっぱりすごいよね。あいつ、柄は悪いけど色々考えて特訓とかもしてるし。ちょっと前に必殺技を考える訓練があったんだけど、爆豪はなんかもう、最初からかなり練ってあった感じしたもん」
「あー、あれね! 爆豪くん、勉強もできるし、多分才能マンなのもあるけど努力したりとかもきちっとやってるんだろうなあって感じするよね。デクくんといい、爆豪くんといい、すごいなあ」
「あ、そうそう連絡先交換しとこ! そんで学校近いんだし、また遊ぼう!」

 にこにこと笑う芦戸さんと麗日さんと連絡先を交換する。学校での爆豪くんの話を聞くことができて、そして爆豪くんのことを分かってくれる子がいることが分かって。こんな強くていい子たちと仲良くなることができて嬉しくないはずがないのに、どうしてだろう。また心の中にもやもやしたものが募っていくような気がして、慌ててシェイクをずぞぞと啜った。

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