後日談(6)



(※本編終了後の話)
(※Twitter再録)

「えっ、爆豪くん仮免落ちたの? うそ、めっちゃ面白いね、それ。爆豪くんでも試験に落ちたりするんだ。ハハハ」
「おい根暗、てめえまじで殺されてえのか……」
「やばい、ねえ友達みんなにこの話していい?」
「いいわけねえだろ!!!」
 受話器の向こうの爆豪くんは、鼓膜がビリビリするほどの音量でそう吠えた。

 ヒーローの資格にも仮免許というシステムがあることを、ヒーローにまったく興味が無い私が知ったのはつい最近のことなのだけれど、なんと爆豪くんはその試験で不合格になってしまったらしい。試験翌日の晩、ちょうど電話がかかってきたので軽い気持ちで「試験どうだった?」などと聞いてしまったせいで爆豪くんのプライドをバキバキにへし折り、しこたまキレ散らかされている現在。
 詳しい試験内容は分からないけれど、あの爆豪くんが落とされたということは相当な難関試験で受験者はほとんどみんな不合格だったか、爆豪くんのクソな部分、つまりは人間性的な部分で不合格にされたかのどちらかだろうなと、そして恐らくは後者だろうなと決めつけながら私は携帯を握っていた。
 爆豪くんが寮に入ってしまってからというもの、顔を合わせる頻度はがくんと減った。けれど、意外にも爆豪くんは結構まめに連絡をくれている。そもそも敵に拉致されてからはお互い頻繁に連絡のやり取りをするようになっていた。それが最近はもう一段階まめになったのだ。爆豪くんという人の人柄がよく分かる。基本的には真面目な人間なのである。

 それはともかく。爆豪くんは不合格になった理由については固く口を閉ざしているけれど、不合格になったという事実には変わりがない。そして今回の試験では特例措置として、不合格者の中でも何名かは補講を受けることができ、その結果如何によっては仮免を取得できるという。爆豪くんはその補講を受けるとのことだった。
 雄英は通常の高校生のカリキュラムに加え、ヒーローになるための授業は実習がわんさとある。ただでさえ月曜から土曜までみっちり授業があるというのに、日曜には講習が入るというのだから私と遊んでいる暇など全くなくなってしまったのだった。ひどい話である。

 ごろりとリビングのソファに寝そべって、電話を耳に当てたまま天井を睨む。両親は飲み会だとかで今夜はまだ帰ってきていない。電話の向こうの爆豪くんは今どうしているのだろう。私と同じように寝転んで、寮の天井を忌々しげに睨んでいるのだろうか。
「じゃあ折角日曜はデートしようと思ったのにお預けだね、残念だけど。あ、夜はどう? 講習の後」
「門限あるからメシ食ってソッコー解散だぞ」
「うーん、そっか……。じゃあ今回はやめよっか」
「諦めてんじゃねえ! 気ィ入れて来いや!!」
「えええ……、でも夕飯のためだけに? わざわざ?」
「俺に来いっつったら黙っててめえは来んだよ!」
 とんでもないことを臆面もなく言う爆豪くんだった。思わず吹き出す。聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる台詞だ。だってそれは、分かりにくくはあるけれど、会いたいから会いに来いと言っているようなものだ。
「エッ、ふふ……は、恥ずかしいこと言うね……」
「あ゙ァ!?」
「わかった、了解了解。爆豪くんに会いに行くね」
「チッ」
「その舌打ちは照れ隠しの舌打ちだ」
「ぶっ殺す」

 そんな遣り取りの末に決まった日曜の晩。食事だけのデートは、雄英と我が家の最寄り駅の中間地点あたりで待ち合わせ、爆豪くんが「適当に決めた」と言い張るいい感じの洋食屋さんでハンバーグを食べた。デートの行先を決めるのは私だったり爆豪くんだったりするけれど、食事をする店は大抵は爆豪くんが決めてくれる。爆豪くんはセンスがいいから、彼に任せておけば間違いはない。
「それで仮免講習はどうだった?」
「ハッ、余裕だわ」
「じゃあなんで本試験は落ちたの? やっぱり性格が悪いから?」
「あ゙ァ!?」
「図星なんだ……」
 やはり性格の難で落とされたようだった。正直なところ、オールマイト引退後の現在ナンバーワンヒーローに繰り上がったエンデヴァーとて人柄がいいとは思えないのだから、必ずしも性格や人柄がいいことがヒーローになることの要件とは思えない。爆豪くんだって、実力があることは間違いないのだから立派にヒーローになれると思うのは彼女の贔屓目だろうか。それともエンデヴァーなんて比較にならないほどのクズぶりを披露してしまったのだろうか。もしそうならば、流石にそれは擁護のしようがない。
「爆豪くんの良いところって一見さんには分かりづらいもんね」
「うるせえ、根暗」
「かといって最初の印象がクソだから長期的に仲良くする気にもならないところがミソ」
「まじで喧嘩売ってんだろてめえ」
「でも私は爆豪くんのこと好きだけどね」
「……」
「媚びろとは言わないけどさ、みんなにもっと爆豪くんのいいところが伝わったらいいのになとは思うかな。未だに彼氏はヤンキーなのかって聞かれる身としては」
 尤もこれはかなりオブラートに包んだ表現だ。雄英体育祭でしか爆豪くんを知らない友人からはヒーローになるとは思えないだの敵みたいだのと、爆豪くんは散々な言われようである。その度にそんなことないよと訂正するのも億劫で、最近では適当に笑って誤魔化している。
 万人に理解されるなど到底無理だし、とりわけ爆豪くんは誤解……とも言いきれないが、悪し様に言われやすい性格と表情筋を持っている。みんながみんな、性格はクソだけど仲良くなれば時々いいやつという評価をしてくれるわけではない。
 それは人気商売であるヒーローとしてだけではなく。
「……俺の知ったことじゃねえわ」
「まあそれもそっか。ていうか好かれる人にだけ好かれればそれでいいのかもね。仮免さえ取れればだけど」
「てめえ!」
「ごめんごめん、爆豪くんが試験に落ちたって事実が面白すぎて」
 そう笑ったら、テーブルごしに腕を伸ばした爆豪くんに強か頭を叩かれた。

 予定通り食事を終えて少しどうでもいい話をして、すぐに店を出て駅に向かった。食事をしていたのはターミナル駅のすぐそばだったので、まだまだ人通りの多い夜道を並んで歩く。雄英の寮とうちとでは反対方向、駅で解散になる。
「来週も会えるかな?」
「同じ時間ならいけんだろ」
「爆豪くんが講習で疲れて無理ならいいよ」
「誰にモノ言っとんだてめえ、この後三徹でも余裕だわ」
「まじ? 凄すぎて逆に引く」
「あ゙ァ!? んだとゴルァ!」

 と、いつものように怒鳴られていたら不意に背後から明るい女子の声が響いた。振り返れば、ピンク色でポップな見た目のギャルっぽい子と、ボブヘアーの可愛らしい子が目をキラキラさせて立っていた。
「爆豪じゃん!……と、えっ! もしかして隣の子カノジョ!?」
「チッ」
 面倒くせえのに見つかったと言わんばかりの盛大な舌打ちを打つ爆豪くんと、きゃいきゃいとはしゃぐ女の子たちを交互に見た。同じ中学ではないから、雄英の同級生だろうか。見た目には私のような普通の女子とそう変わらないように見えるけれど。

「何してんの!? あっ、アタシたちはね、アタシの買い物に麗日が付き合ってくれてたんだ!」
「クソほどどうでもいい」
 ギャルの子の言葉にすげない返事をする爆豪くんは、相手が可愛い女の子でも対応にブレがなかった。そしてギャルの子の方も、爆豪くんにそんな対応をされても気にした様子はなくあっけらかんと笑っている。
 爆豪くんが彼女たちを紹介してくれる気配はなさそうなので、さてどうしたものかと身の置き場のない思いをしていると、ふとボブカットの子の方とばちりと視線があった。その子は私と目が合うとにこりと笑って私の肩に手を置いた。

「いやー、爆豪くんの彼女って本当に実在しとったんやねえ! デクくんが爆豪くんに脅されて嘘言わされとるんかと思ってた!」
「てめえ丸顔、俺をなんだと思っとんだ!?」
「あははー」
「すごい、爆豪くんがヒーロー科でどういう振る舞いをしていてどういう評価を受けてるのか、この十秒足らずで完全に理解出来てしまった」
 女子たちに絡まれている爆豪くんというのは新鮮だ。中学時代にも女子に囲まれているのを見たことは何度かあるけれど、どちらかといえば友人ではなく取り巻きと言った方が正しいような関係だった。こうやって爆豪くんを揶揄ったりする人間は中学にはいなかった。切島くんや上鳴くんと会った時にも思ったけれど、さすがに雄英ともなると爆豪くんとも対等に友人関係を結ぶことができる人がざらにいるのだろう。

 往来で女子たちに怒鳴る爆豪くんを見ながら、なんだか妙に胸の奥がちくちくした。

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