後日談(5)



(※本編終了後番外編/入寮前の話)
(※Twitter再録)


 爆豪くんから急に呼び出されたのは件の拉致事件から程なくのことだった。相変わらずだらだらとした夏休みを過ごしている私だけれど、先日の一件で色々と思うことはあったものだから爆豪くんとは以前よりもまめに連絡を取るようにはなった、と思う。
 とはいえ正直返信が返ってくればラッキーくらいのもので、基本的に文面での連絡は私からしかしない。その代わりと言っては何だけれど逆に爆豪くんからは時々「なんか喋れや」という地獄みたいな電話がかかってくる。電話かけてきたのはそっちなんだからそっちがなんか喋れや。とは流石に言えないので「無理だよ」と丁重に返事をすることにしているのだけれども。
 自宅謹慎中の爆豪くんを自宅の外に呼び出すのは悪事に加担しているような気分になるので、自転車をひとこぎして私が爆豪くんの家に赴く運びとなった。御両親は今日も不在らしい。尤も爆豪くんのあの性格からして両親が在宅の日に私を呼び出すなんてことは有り得ない。
 約束は昼過ぎだったので昼食を食べて一息してから、今回も手土産にゼリーを持ってまあまあ気楽に爆豪くんの家に向かうことにした。カンカン照りの太陽にうんざりしながらペダルをこぐ。買ったばかりの真っ白のシャツワンピが日光を反射して眩しかった。

 到着し、インターホンを鳴らすと不機嫌な顔の爆豪くんが私を出迎えた。出迎えたとはいっても特に何を言うわけでもなく無言で玄関を開けたというだけだ。開けてくれただけ親切なくらいである。そんな爆豪くんが折角開けてくれたドアが閉まってしまう前に、私は慌てて後をついていった。

 先日と変わらないきちんと片付いた爆豪くんの私室にあがり、持参したゼリーを一緒に食べる。この間と同じというよりも、寧ろ前より片付いているように見えた。部屋の隅には大きなダンボール箱。まるで引越しでもするみたいな部屋だ。
 と、ぶすっとした顔でマスカットゼリーを食べていた爆豪くんが徐に私に視線を寄越した。思わずぎくりとする。突き刺さるその視線が爆豪くんらしくもなくやたらと物言いたげだったからだ。なんだろう、あんまりじろじろ部屋を見るなとかそういうことだろうか。
 私を睨んだまま言葉を発しない爆豪くんに、私はごくりの喉を鳴らす。言いたいことがあるなら言えばいいのに爆豪くんらしくもない。爆豪くんの思考について暫し考えた後、ある考えが頭をよぎった私は食べかけのゼリーのカップを爆豪くんに差し出した。
「もしかして爆豪くんも白桃食べたいの?」
「は?」
 私が問うと爆豪くんは短くそう発して、胡乱げに私を見る。睨まれるよりかは幾らかましだけれど、これはこれで不審がられている感じがして普通に嫌だなと思いながら、私はなおもゼリーを差し出し続ける。私が半分ほど食べ進めていたのは白桃のゼリー、爆豪くんが食べていたのはマスカットのゼリーだ。カップの中でゼリーに包まれた白桃がちゅるんと揺れた。

「爆豪くんこっち見たからてっきり白桃も食べたいのかと思ったんだけど。私の白桃一切れと爆豪くんのマスカット二粒なら交換してもいいよ」
「いらねえ!」
 今度は吠えた。これは爆豪くんらしいリアクションだ。そしてそのリアクションから、どうやら私のゼリーを狙っているという私の読みは違ったということは分かった。まあそんな気はしていたけれども。
「そっか、いらないのか。でも私はマスカットも食べたいよ」
「じゃあ端っからマスカット二つ買ってこいや!」
「だってまさか爆豪くんもマスカット食べたかったと思わなかったんだもん。爆豪くんマスカットって柄じゃないじゃん」
「どんな柄だ!」
「それに私が買ってきた手前最初に選ぶのも悪いし」
「つーかうだうだうるせえ! 食いてえなら食いてえって言え!」
「食べたい」
「……だったらてめえの残りは寄越せ」
「ヤッタ、ありがとう」
 見事爆豪くんにゼリーを半分こしてもらえることになり機嫌よくカップを交換する。ほくほくしながら交換してもらったマスカットのゼリーを食べ始めたところではたと気がついた。私がただ美味しい思いをしただけで爆豪くんはまだ何一つ話しておらず、何一つ事態は進展していないのだった。

 余計なことを言って先ほどのように爆豪くんを無闇に怒鳴らせるのは、私はまあまあ楽しいのだけれどご近所迷惑だなあと思い今度は黙って爆豪くんが話し始めるのを待つ。この部屋に通された時から付けっぱなしになっていたテレビから流れるヒーローもののドラマの再放送が佳境に差し掛かったとき、爆豪くんは唐突に、しかしやっと口を開いた。
「寮入る」
「あ、そうなんだ」
 たっぷりと間を置いた割にはそこまで意外な言葉でもなく、私はいつものように気の利かない返事を返した。けれど私の返事は爆豪くんの意にそぐわなかったようで、直後鋭い舌打ちが飛んできた。この数か月で、私は爆豪くんの舌打ちで何となくの彼の心情を量れるようになってきていた。

 この部屋に入った時に気がついたダンボール箱。あれは入寮のための準備なのだろう。察しの悪い私だって流石にそれくらいはわかる。寮に入ることがやむを得ないことだということも。
 もちろん爆豪くんが言わんとすることも分かるのだ。寮に入るということは今以上に爆豪くんの生活は管理されるということ。たとえば門限。たとえば休日の外出。このタイミングでの全寮制の採択ということは件の襲撃・拉致事件を受けての決定であることは間違いない。
 生徒の安全を守るための制度なのだから、外出ひとつするにもそれなりに届けを出して時間までに戻るよう指導がされるのだろう。そしてそれは別々の高校に通いながら付き合っている私たちにとってはけして歓迎できることではない。
 それに、私と爆豪くんの場合は一緒の電車で登校するというのが顔を合わせている時間のほとんどを占めているわけだから、全寮制になればその時間が無くなる分、単純に会う時間が減る。爆豪くんが言いたいのはそういうことなのだろう。
 とはいえ、言ったってどうにかなるものではないということも分かっている。それは爆豪くんも同じだろう。いや、寧ろ実際にこの全寮制の採択の契機となった事件で拉致されている爆豪くんの方が、私よりもっとどうにもならないことだと分かっているはずだ。彼が一番の当事者である。

「雄英の敷地内から出られないわけじゃないんでしょ? 休みの日とかは届けさえ出せば普通に会えるんだよね」
 私がそう聞くと、爆豪くんは不承不承ながら頷いた。詳しいところは私には分からないけれど、自由な校風の雄英高校だ。安全のための全寮制とはいえ、花の高校生の生活をそこまで厳格に縛ったりは恐らくしないだろう。健全な時間のデートくらいはできるし、それならば今の私たちのしている休みの日のデートは問題ない。
「そりゃあ今みたいに一緒に登校できないから顔合わせる頻度は減るけど、今生の別れというわけでもなし、仕方ないかなって」

 我ながら聞き分けのいい彼女だと思った。別に爆豪くんのために努めてそうしているわけではないけれど、結果としてはこれで正解なのだと思う。駄々をこねて泣くような女は爆豪くんは好きではないだろうし、私もそんな自分にはなりたくない。というか別に、泣いて悲しむほどの出来事ではなく、寧ろ爆豪くん及びほかの雄英生の安全が守られるのだから万歳する話だ。
 ゼリーの最後の一口を食べ終えて、先に空になっていた爆豪くんのカップに自分のカップを重ねた。窓の外を大きなトラックが通ったのか、小さく空気が振動した。爆豪くんはむっつりした顔をしていて、まだ何か言いたいことがあるのだろうかと次の言葉を待っていると、暫く黙っていた爆豪くんが急にバンッとテーブルをたたいた。はずみで空のカップが横転するけれど、爆豪くんはそんなことに構ったりはしなかった。
「寂しがれや!」
 ずっと何を考えていたのかと思いきや、思いがけず情動的な言葉が飛び出したものだから、つい一瞬困惑した。
「エッ、爆豪くん寂しいの?」
「んなわけねえだろ!」
「なんなの。爆豪くんは本当に何なの」
 言っていることが無茶苦茶すぎる爆豪くんは、私の言葉にむっつりした顔でそっぽを向く。その横顔がなんだか怒っているというよりも拗ねているようにしか見えなくて、ああ、なんだそういうことかと漸く合点がいった。

 私は爆豪くんのことを好きだと思っているし、悔しいけれど結構な一方通行であるとも思っている。絶対に先に好きになったのは爆豪くんのはずなのに、気が付けば何故か私の方が爆豪くんを好きになっているという逆転現象が起きてしまっていて、悲しいかな、惚れた弱みというやつで私はそれを仕方がなく受け入れている。けれど、今目の前でそっぽを向いている爆豪くんを見ていると、私は自分が思っている以上に爆豪くんから好かれているという気がしてくるのだった。分かりやすいようで分かりにくい爆豪くんのことだから、普段はそんな素振りは全然見せないけれど。

 にやにやと口角が上がってしまいそうになるのを何とか堪えながら、私は座ったまま身体の向きを爆豪くんの方に少しだけ寄せる。そしてぴくりともしない爆豪くんの背中に向かって、なるべくいつも通りの声音で声をかけた。
「爆豪くんが寮に入っちゃったら私は普通に寂しいけど、そっか、爆豪くんは寂しくないんだ。そっか」
「ばっ」
「今馬鹿って言おうとした? 馬鹿のバが隠しきれてなかったね?」
 勢いよく振り返るなり、ほぼ習性のような暴言を吐きかけたところで、しかし爆豪くんはその暴言をみなまで言うことはせず私を見た。その表情は完全に、悪役の笑顔そのものだった。悪い顔をしている。そしてそういう顔をしているときの爆豪くんは非常に機嫌がいいのだということを私が知っていた。
 悪役笑顔に若干引いていたら、爆豪くんは私の方に向き直りがっしと私の頭を鷲掴みにした。そのまま鷲掴みにしたその手をがんがんと前後左右にコントローラーを動かすみたいに動かすので、私の頭も一緒に前後左右にシェイクされまくる。頭蓋骨の中で脳震盪を起こすのではないかという勢いである。おいお前やめろ、というのをまろやかにして「ちょっとやめてよ」程度で伝えると、漸く手を動かすのをやめた爆豪くんはそれでも私の頭をわしづかみにしたまま上機嫌な様子で笑った。
「根暗、てめえ今日は馬鹿に弁えてんじゃねえか」
「わき……、爆豪くんの語彙って本当変な方に潤沢だよね」
「全方位に語彙力あるわクソが」
「全方位。いや、まあいいや。私は割といつでも爆豪くんの言葉を借りるなら弁えてるよ」
「クソ生意気な言動しかねえだろうが。どこをどう弁えとんだ」
「それは売り言葉に買い言葉というか、爆豪くんが私をぞんざいに扱うから。今みたいに分かりやすくいてくれれば私だって分かりやすくなる」
「俺がどうしようが俺の勝手だろ」
「うん、じゃあ私がどうしようがどう弁えようが私の勝手でもあるよね」
「てめえは勝手にすんな」
「それは理不尽すぎでは?」
 そんな会話をしていたら、私の頭を鷲掴みにしていた爆豪くんの手がするりと下がって私の頭の後ろに回った。そのまま引き寄せる、というよりはドッヂボールでボールを投げるくらいの勢いで私の頭をぐんと後方から押した。当然何の心の準備も気構えもしていなかった私は力を加えられるままに押し出され、押された先にあったのは爆豪くんの顔で。
「はっ」
 そう声が漏れた次の瞬間には私は爆豪くんとキスすることになっていた。

「えっ、うそ、本気?」
 唇と唇が離れた瞬間の、それが最初のひとことだった。目の前の爆豪くんはぽかんとした私の顔を見て「ひでえ顔」と笑っていて、いやあんた今まさにキスした恋人の顔を限りなく本音で「ひでえ顔」と評するのは本気でやめた方がいいよとか、キスするにしてももうちょっといい感じでやれなかったのか、なんだあのバイオレンスな感じのキスまでの助走はとか、とにかく頭の中は取っ散らかって混迷を極めていたのだけれど、しかしそんなぐちゃぐちゃな思考回路をうまくまとめて口から言葉として発することができるはずがなく、私はただ一言「まじでか」と呟いた。
「なんだよ、まじでかってクソみてえな感想言いやがって。もっと気の利いたこと言えねえのか」
「何を無茶を……、気の利いたコメントしてほしかったらもっとムードとかさ、あるでしょ」
「ねえよ」
「あるよ」

 ★

「爆豪くん元々学校忙しいし、これからは門限とかもあるんでしょ? 会える時間はさ、今より格段に減るよね」
 さておき。先ほどのなんかよく分からないまま奪われたファーストキスのことはさておくとして、私と爆豪くんは改めてお茶を飲みながらどうでもいい雑談に興じていた。興じているのは主に私で爆豪くんは相槌という名の暴言を時々挟む程度なのだけれど、それはいつもの事である。さっきまで一応キスをしていた私たちなのだけれど、そういう色気というかムード的なものは一切引き摺っていない切り替えの良さをお互いに見せていた。
 私の言葉に爆豪くんは鼻を鳴らす。それが「そうだな」と同義であると判断して、私は続ける。
「だったらまあ、今後は時間の無駄を省くためにある程度爆豪くんに対して素直になってもいいかなとちょっと思った。爆豪くんのことおちょくるのも楽しいけど」
「ふざけんなてめえブッ殺す!」
「そう、それね。そういうやつね。そういうのが一周回って面白くなっちゃってるところあるからね、私」
「殺す!!」
 普通にぶん殴る勢いで手を振り被る爆豪くんのことを適当にいなしながら、それから、と私はまた口を開く。
「寮に入ってからも、あんまり連絡してくれないと自然消滅認定するからちゃんと連絡してね」
「は? てめえが連絡してこいや」
「ええー、だってそっちは寮でしょ。周りに人とかいたら爆豪くん嫌でしょ。爆豪くんがいいときに連絡してきてね」
「気ィ向いたらな」
「……爆豪くんなしでひとりで通学するのは、やっぱりちょっと寂しいな」
「……てめえはまた、」
 爆豪くんが私の方に手を伸ばす。さっきの光景が一瞬脳にフラッシュバックした。あ、これはもう一度キスとかする流れなんだろうか。そう思っている間に爆豪くんの指先が私の頬に触れた。それを合図にぎゅっと目を瞑る。瞬間。

「勝己ー? 冷蔵庫のゼリー持ってきてくれたの友達?」
 突如ばあんと勢いよく開いたドアに思わずぱちりと目を開き、視線が釘付けになる。そこに立っていたのは貫禄がすごい爆豪くんとそっくりな顔をしたきれいな女の人だった。
「ハッ!」
 やばい、これ絶対百パーセント間違いなく爆豪くんのお母さんだ。そう理解した瞬間に自分でも信じられないくらい即座に居住まいを正した。完全に不意をつかれた形ではあるけれど、彼氏のお母さんとのファーストコンタクトである。兎に角挨拶をしなければ、と私が口を開くより先に、爆豪くんが怒声を上げた。
「クッソババア! てめえノックくらいしろや! つーか勝手に開けんな!」
「いきなり大声出さないで!うるさい! ていうか何、えっ、あんたその子カノジョ!?」
 爆豪くんの怒鳴り声にもまったく怯まず、寧ろそれを上回る大声で応酬している爆豪くんのお母さんは、言いながら突然私に気が付いたようで、勢いよく部屋の中に入ってくると私の隣に腰を下ろしてまじまじと私を見た。近い。距離が近い。物理的にも精神的にもやたら近い。というか押しが強い。爆豪くんが何か怒鳴ったけれど、爆豪くんの頭をべしんと叩いてそれを封じる。強い。爆豪くんのことを武力で制するという常人にはまったく真似できないことを平然とこなしながらも視線は私の方に向いていて、困惑しつつも慌ててぺこりと頭を下げた。
「留守中に勝手にお邪魔してすみません! かっ、勝己くんとお付き合いしている名字名前と──」
「えーっ! うそ! 勝己あんた彼女いたの!? この子そういうこと全然話さないからおばさん知らんかったわ! ああ、道理で最近やたらと携帯よく見て、あっゼリーありがとうね、あそこのお店のゼリー美味しいよね」
「は、はい。いや、つまらないものですが」
 私の言葉を遮る勢いでテンション高く来られてたじたじになっている私に、なおもぐいぐい来る爆豪くんのお母さん。そして爆豪くんのお母さんが私に詰め寄る片手間でばんばん叩いていた爆豪くんという地獄絵図であったけれど、ここに至ってついに爆豪くんがキレた。
「おい!! てめえらいつまでどうでもいいこと喋っ飛んだ! つかババアはよ出てけ!」
「またあんたは親のことババアなんて言って! 名前ちゃん、こんなんと付き合ってたら大変でしょ? クソとか言われない?」
「めっちゃ言われます」
「おい!!!!!!」

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