根拠は無いあるのは愛だけ



 そんなわけで、紆余曲折あったりなかったり、波乱万丈あったりなかったり、肝心の言葉すらあったりなかったりしているわけなのだけれど、ともあれ。
 多分、爆豪くんと私は付き合ってる、と思う。
 ちゃんとした言葉で何か言われたわけじゃないから、正直未だに確信はないけれど。それどころか好きだという言葉すら言われておらず、もしかしたら私がとんだ勘違い女だっただけという可能性もあるのだけれど。それはまあ、それとして。
「月曜 十二時 駅でメシだけのワードが送信されてきた時には新手の連想ゲームかと思った」
「は?」
「いや『は?』ではなく」
 目の前で本日のランチをもくもくと食べている爆豪くんに非難の目を向けると、爆豪くんは不機嫌そうな返事をした。

 仮に私たちが付き合っていると仮定するとして、今現在私と爆豪くんが何をしているかというと、端的にいえばデートというやつをしている。
 どこに行くという情報もほとんどないまま、先ほどの単語が連ねられただけのメッセージが送られてきたのが土曜の夜のこと。本日月曜日は国民の祝日で、つまりそれがデートのお誘いだと理解するまでに私は十分ほど要したのだけれど、まあ兎に角それはそれとして。
 爆豪くんからデートのお誘いを受けた私は、彼からの数少ないヒントを頼りに、十二時きっかりに駅の改札前で爆豪くんを待っていた。忠犬か。
 時間通りやってきた爆豪くんは、当たり前だけれど私服姿だった。私の姿をみとめると「さっさと来い根暗」とだけ言う。先に来ていたのは私なのに、どの口がそんなことを言えるのだろうか。時空のねじれでなければ、本気で正気を疑う。
 爆豪くんが正気かどうかはさておき、そんな風にして連れてこられた先は出来たばかりのおしゃれな定食屋さんで、通された窓際の明るい席は清潔であたたかかった。私はカキフライ定食を、爆豪くんは日替わり定食を大盛りで注文し、今に至るという訳である。
 全体的に、且つ色々な意味で爆豪くんの正気を疑うこと続きだ。
 まず店のチョイスで驚く。デートかよ。いや、デートなのか。多分。
 カキフライを口に運びながら、私は改めて爆豪くんの姿を観察する。
 シンプルなシャツに柄物の羽織。私だったら着られなさそうな派手な柄を普通に着こなしているから、やはり爆豪くんのポテンシャルは恐ろしい。若干の柄──服の柄ではなく人柄の方の柄の悪さは否めないけれど、それでもやっぱり似合っている。というか正直に言ってしまえば、かなり格好いい。
 それに店の選び方だって秀逸だ。こういうおしゃれすぎない落ち着ける雰囲気のカフェは、実を言うと私の好みのど真ん中だった。果たして私がこれまで、爆豪くんとの会話の中でそんな話をしたかどうか、話した張本人である私すらまったく覚えていない。それなのに会話の中で出たかもしれない程度の話を、こうしてきちんと覚えていてくれたのだとしたら、爆豪くんとはどんなできた男なんだ。正直引く。普段とのギャップに引く。
「爆豪くんってなんか本当、なんでもできるんだね……」
 最早畏怖の気持ちでそう言うと、爆豪くんは至極当然だとでもいうように僅かに眉根を寄せた。
「あ? 今更何言っとんだ、当たり前だろうが」
「いやちょっとは謙遜しなよ」
「んだてめえ、褒めんのか褒めねえのかどっちだ!」
「どちらかといえばまあ、褒めてる」
「ざけんな! 全力で褒めろや!」
「うわ、またそういう面倒くさいことを……」
 ぷりぷり怒っている爆豪くんに私はひっそり溜息を吐いた。折角のできた男ぶりが一瞬で台無しになるのが爆豪くんのすごいところでもある。普通に向かい合って食事をしていてもなんだか気恥ずかしくなってきてしまうし、そうでなくても私は面白がってすぐに爆豪くんのことを怒らせてしまうところがあるけれど、それにしたってまんまと乗ってくる爆豪くんも爆豪くんだ。導火線が短いにも程がある。
 まだ怒っている爆豪くんにお詫びの気持ちを込めてカキフライをひとつ分けてあげた。「んなもんで誤魔化されるわけねえだろ!」と相変わらずの怒りぶりを見せているものの、爆豪くんは私がお皿に置いたカキフライをすぐに自分の口に放り込む。文句言いつつ食べるんじゃないかと笑ってしまいそうになった。

 食事のお皿がきれいになってデザートを待つ間、私はそういえばと口を開く。手に持ったほうじ茶の湯飲みがあたたかくて気持ちいい。
「そういえばこの間、久し振りに電車で緑谷くんに会ったよ」
「クソほども興味がねえ」
「なんか自主トレするから早い時間の電車に乗ったとか言ってたよ。いつも私たちが乗ってる電車って雄英の始業時間よりだいぶ早いんでしょ?」
「ばっ、な、あ゙ァ!?」
「うわびっくりした」
「何か文句あんのかゴラ!」
「え、何の話? ただ爆豪くんって早起きなんだねってだけの話じゃないの?」
「ぐっ……クソデクぶっ殺す」
「ええ、急に何故……こわ……」
 脈絡なく緑谷くんの殺害予告がなされたところで、デザートのババロアが運ばれてきた。それも美味しくたいらげると、ほうじ茶を啜りながら湯呑み越しに爆豪くんを見る。私の視線に気が付いた爆豪くんは何故か舌打ちで私の視線に答えた。彼は舌打ちを何にでも便利に使いすぎるきらいがある。
「んだよ」
「いや、この後どうするのかなって。何か予定ある? ないなら本屋行きたいんだけど。雑誌買いたい」
「あ? んなもんネットで買えよ」
「えー、そんなこと言うならいいよ。一人で行くし」
「行かねえとは言ってねえだろボケ!」
「じゃあ本屋さんね」
 さくりと次の行き先を決定する。爆豪くんがどういうプランを持っているのか、はたまた持っていないのかは分からないけれど一応私の意思を尊重してくれる気はあるようだった。デザートを食べ終えて店を出ると、駅の中に入っている本屋に向かった。
 駅へ向かう道すがら、私は爆豪くんに尋ねる。
「爆豪くんって普段どんな雑誌読むの?」
「あ? ヒーロー雑誌」
「あー、そうか。そっちか。確かにそうか」
 爆豪くんがこれでなかなか真面目な人間だということは中学時代から知っている。ヒーローを志し、ヒーロー育成機関の最高峰である雄英に身を置いているだけでも凄まじいことなのだが、それだけではなく常にアンテナを張り情報収集もしているのだろう。
 それにしても、私の他愛ない質問にちゃんと答えてくれたことに、私は内心驚いていた。正直「うるせえ」「関係ねえだろ」「喋んな」あたりの台詞を吐かれると予想していたのだが、きちんとコミュニケーションをとってくれるとは。
 やっぱり私と爆豪くん、付き合ってるのだろうか。だから今までより気持ちハートフルな感じなのだろうか。
「ねえ爆豪くん、ちょっと聞きたいんだけど、これってデート?」
「は?」
「ていうか私と爆豪くんってもしかして付き合っているというやつなのかな」
 我ながら頭と察しが悪い質問だったと思う。というか間抜けな質問だったと思う。案の定、私の問いかけに爆豪くんはぎろりと私を睨んだ後、小刻みにぶるぶると震え始めた。
 私は知っている、これは爆豪くんが怒り心頭のときに見せるリアクションだ。怒りが頂点を超えすぎて謎の震えとして放出されているような、そんな恐ろしい震えなのである。
「て、てめえはよォ……」
「はい」
 神妙な顔で返事をした瞬間、爆豪くんが地獄の鬼みたいな形相で私を怒鳴りつけた。それはもう、今までにないほどの大きな声と迫力で。唾飛んでくるくらいの勢いで。
「てめえは今日、何だと思って飯食っとったんだ!」
「お食事会というか懇親会的なものの可能性も無きにしも非ずと思ってた」
「んなふざけた会合開くわけねえだろうが!」
「エッでも、だって私爆豪くんに付き合ってとか言われてないし……」
「てめえだって俺に言ってねえじゃねえか!」
「うん、だからもしかして付き合ってないのかもしれないと思ってた」
「ふっざけんな!!」
 そうして怒鳴られながら、爆豪くんの怒りがピークに達したのを私は感じた。中学時代にも見たことのないほどの怒りぶりに何故か一周回って笑ってしまいそうになるけれど、さすがにそれは火に油を注ぐどころか最早ガソリンスタンドに火達磨で突っ込んでいくようなものなので何とか、自粛した。長年のいじめられっ子人生で鍛え抜かれた自制心の賜物である。
 それでも流石にこう怒鳴られては反論の一つもしたくなる。唇を尖らせると、私は小声で言い返す。
「好きも付き合っても言われてないし」
「察しろ!」
「無茶言うね」
 耳ざとく私の言葉を拾い聞いた爆豪くんは、私の些細な反論にまでしっかり怒鳴り返してきた。
「つーか分かんだろ! ちったあ今までの流れ考えてみろや!」
「うん、いい雰囲気だったよね」
「その雰囲気作ってやったのは俺だわクソが!」
「エッ、まさかそんな努力を……」
「誰がてめえなんかのために努力するか!!!!」
「どっち?」
 支離滅裂になっている爆豪くんではあったけれど、少なくとも爆豪くんが私のことを好きっぽいこと、それから付き合ってるということははっきりとした。怒鳴りすぎて荒い呼吸をしている爆豪くんはまだ怒り足りないといった様子で、私が次に失言したら今度こそぶん殴られそうな気がした。
「爆豪くん」
「んだよ、まだ何か文句あんのか!?」
「文句ってほどじゃないんだけど」
「あ?」
「今後ともよろしくお願いします」
 そう言って私は、小さくぺこりと頭を下げた。
 ここまで一度だって好きとも付き合ってとも言われていないし、私も言ってもいない。けれどまあ、私と爆豪くんなんだからそれでもいいか。別にそれで困ることもないし。
 そんな気持ちを含んだ、よろしくお願いします。
 顔を上げると、爆豪くんは悪い顔でにやりと笑っていた。
「ハッ、せいぜい捨てられねえように努力しろや、根暗女」
「わっ、死ぬほど最低だな……」
 もしかしたら私は好きになる相手を間違えたのかもしれない。そんな不安が胸をよぎったけれど、時すでに遅しであった。

fin(20171203)加筆修正(20190921)

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