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 黒尾くんの誕生日が終わった頃から、黒尾くんの部活がさらに忙しくなった。というのも、大きな大会が十一月の終わりから十二月の頭まで続くらしい。もちろん平日は大学の講義と部活とバイトがある。休日は部活の練習と大会が息つく暇なく続く。黒尾くんの今の生活に、私の入り込む余地はない。
 夏頃の合宿のときから度々こういうことはあって、寂しくなる気持ちは今も当然持ち続けている。とはいえだんだんと、黒尾くんに会えない時期があるということに慣れつつもあった。それは会えない時期の黒尾くんが、いつも以上に気にかけてくれるからでもある。会えなくてもこまめに連絡はくれるから、それでどうにか持ちこたえられる。
 だが今回は少し事情が違った。
 ただでさえ部活がハードな時期だというのに、最近の黒尾くんは信じられないほどみっちりバイトを入れている。黒尾くんに見せてもらったシフト表では、十一月から十二月にかけて、黒尾くんはフリーターかというくらいにシフトを詰めていた。
 ただでさえハードな部活の練習にくわえて、居酒屋での深夜までのバイト。いい加減に体調を崩さないかと見ているこちらが不安になってくる。
 あまりにもハードな日々を過ごしている黒尾くんに、
「ちょっと最近頑張りすぎでは?」
 と遠慮がちに尋ねてみたが、当の黒尾くんは、
「体力だけは自信あるから大丈夫」
 と至って平気そうな口ぶりだ。空元気でないといいのだが、黒尾くんは平気なふりをするのが上手なので、私としては気が気でない。
 おまけに黒尾くんのバイトは夕方から深夜にかけてなので、普段以上に私たちの生活リズムは合わなくなった。それにより、連絡も途切れ途切れになりつつある。
 どうしてそこまでして、と思わないではない。だが私が知らないだけで、きっと冬に向けて旅行代やら遠征費やら、色々稼がなければならない事情があるのだろう。お金の使い道にまで口出しするのはどうかと思い、不安や不満は心の中だけにとどめている。

 ★

 講義を受けながら、バイトしながら、勉強しながら、友達とご飯を食べながら──黒尾くんと会いたいという思いばかりが、胸の中で行き場もなく絶えず巡り続けている。本当ならばバイト先に押しかけるくらい会いたいのだが、黒尾くんが頑張っているのに私が邪魔するわけにはいかない。
 どのみち部活が忙しいのは十二月の頭まで。それが終わって少しすれば、待ちに待った冬休みの始まりだ。そうなれば今よりは会えるようになると、そう信じている。
 とりあえず、直近のイベントはクリスマス。十一月の後半ともなれば街はすっかりイルミネーションに彩られ、そこかしこでクリスマスの準備に余念がない。
 今年のクリスマスは二十三日が金曜日なので、世間的には三連休。先日の黒尾くんの誕生日に私が頑張って企画したためか、黒尾くんからクリスマスは自分が店を選ぶと言われている。私は予定をあけてプレゼントを用意しておくだけだ。
 クリスマスプレゼントにしても、実は黒尾くんからは「誕生日が終わったばかりなのでプレゼントはいい」と言われてしまっている。もちろんそんなわけにはいかないので、夏からバイトで貯めた貯金を切り崩してでも準備しようとは思っているのだが、それはともかく。
 忙しい黒尾くんに、プレゼント以外のすべてを丸投げしている現状は、はっきり言って心苦しい。こういうことは持ちつ持たれつ、やれる人間がやるべきだと思うのだが、黒尾くんは変なところで頑固だ。一度決めたらてこでも動かない頑なさがある。そこが黒尾くんのいいところでもあるのだが、今はそういう話ではない。

「なんか、名前ちゃんと黒尾くんの恋愛相談聞いてると、本当に失われた若さが惜しくなってくるわ」
 オーナーが在庫チェックをしながら苦笑いをする。今はバイトの勤務内だが、ちょうど客足が途絶え時間があいたので、客待ちがてらに私の恋愛相談を聞いてもらっていた。
「そうはいっても、私としては結構死活問題なんですけど……」
「というかこの間の誕生日であんなに仲がいいのを見せつけておいて、今更何を悩むことがあるのって私なんかは思うけど」
「仲がいいってことはちゃんと分かってますよ。ただ、こう、なんというか」
「高望み?」
「……そういうつもりではないんですけど」
「けど?」
「高望み、なんですかねえ……」
「そうでしょ」
 あっさり高望みと言い切られ、私はしょんぼりと溜息をついた。
 黒尾くんが忙しくて会えない以上、必然的に私のバイト日数も増える。このカフェで働きだして、もうじき一年。オーナーとの会話が楽しいこともあって、このところの私はなんだかんだとここに入り浸っていた。バイトがない日は客として来店して、ここで勉強したりもする。
「まあ高望みかどうかはひとまず置いておくとして」オーナーは半笑いで言う。「この時期にバイト詰め込むって、わりとお決まりのパターンだと思うけどね」
「冬休み中の遊興費を稼いでおこうってことですよね」
「当たらずも遠からずってところ。名前ちゃんは黒尾くんと違って部活とかないし、まあ分からなくても仕方ないんだろうけど」
 曖昧で含みのあるその物言いに、少しだけもやっとする。まるでオーナーは黒尾くんの考えや意図を理解できているとでもいうような言い方だ。というか実際、オーナーにはある程度の予想がついているのだろう。彼女の私がこんなにも頭を悩ませているというのに、オーナーが私以上に黒尾くんを理解しているということが少しだけ悔しい。
「もっと分かりやすく教えてくださいよ」
 悔しくて思わず恨み言をぶつけるけれど、オーナーはそれをひょいと躱して言った。
「分かりやすく教えちゃったら、これからの楽しみが減るでしょう」
「楽しみって、誰の何の楽しみですか」
「名前ちゃんと黒尾くんの楽しみであって、若者の恋愛をおつまみにしてる私の楽しみでもあるわね」
「勝手におつまみにしないでください……」
 それ以上のことは結局はぐらかされて教えてもらえず、私はもやもやした気持ちを抱えたままその日のバイトを終えた。

 そんな心のなかのもやもやを一掃するため、私はバイトを終えると気分転換がてら百貨店まで足を伸ばすことにした。ちょうどクリスマスプレゼント選びの下調べもしたいと思っていたところだ。
 電車に揺られること数駅。駅から直結の百貨店の店内は、一歩踏み入れるとたちまちクリスマスムード一色だ。そのきらめきに圧倒される。
 夕飯時も過ぎており、私のような学生は少ない。仕事帰りとおぼしき女性が大半だ。ついついアクセサリーや服に目を奪われそうになるが、今日はそちらが目当てではない。引き寄せられる視線を剥がして、売り場を足早に通り過ぎる。
 黒尾くんはクリスマスには何をプレゼントしてくれるのだろう。黒尾くんからのプレゼントならば何でもいいのだが、実際に自分が財布をプレゼントしてみて、いつも持ち歩けるものだと嬉しいなと思う。
 アクセサリーじゃなくたってなんでもいい。それこそボールペンの一本だって、黒尾くんが贈ってくれたものなら肌身離さず持ち歩く。見ているだけで嬉しくなるだろう。
 黒尾くんはどうだろう。何をプレゼントしたら喜んでくれるだろうか。
 黒尾くんの場合、アクセサリーをつけたりするタイプでもないので、プレゼントは必然的に生活雑貨のたぐいに寄ってきてしまう。欲しいと言っていた財布はこの間贈ってしまったので、これといって今はいい案もない。
 ぼんやり商品を眺めながら、黒尾くんにふさわしいものはないかと考える。そのとき、ふいにひとつの商品が目に入った。思わず手に取り確認する。値段は予算の範囲内。
 手に取ったのは黒のバックパックだった。シンプルだが容量も大きい。通学用の鞄としてもちょうど良さそうだし、部活で移動が多かったり荷物が多くても使い勝手がよさそうだ。
 黒尾くんが今通学用に使っているのはトートバッグだったはず。きれいめで、黒尾くんによく似合っている。だが講義も部活もバイトもある日だと、荷物が多くて大変そうにしているのを見ることもある。トートとバックパックが両方あれば何かと便利だろう。
 手に取ったバックパックを改めてまじまじと見る。黒尾くんに似合うだろうか、いや、確実に似合う。今日はあくまで事前調査くらいのつもりだったが、思わぬ収穫があった。
 このバックパックは売り場にひとつしかないし、もしかしたらこれが最後の一点かもしれない。ここで買っておかない理由もない。クリスマスまでにはまだ少し時間があるものの、これよりいいものがこの先見つかる保障もない。
 意気揚々とレジに向かいながら、この鞄を背負って通学する黒尾くんのことを考えた。思わず口許がゆるむ。
 好きな人のために何かを選ぶことって、どうしてこんなに楽しいのだろう。願わくは黒尾くんも同じ思いで私へのプレゼントを選んでくれていますように。

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