飼育に向かない鳥

 ある晩夏の、夕方というにはまだ少し早く、とはいえ昼下がりというにはわずかに遅いような、そんな曖昧で区分しにくい時間。ナマエはひとり、魔法舎の通路を歩んでいた。
 ──もう何度も此処には足を運んでいるけれど、文官としての制服以外でここに来るのは、そういえば今日が初めてだ。
 そんなことを考え、歩くのに合わせ揺れるスカートの裾を眺める。
 夜会で纏うようなドレスこそ着ていないが、今日のナマエは貴族らしくそれなりに華やかな身なりをしている。普段の長衣とブーツは脱ぎ去り、いくぶん機能性と機動性に欠けた、しかし令嬢にはふさわしい装いだ。というのも、今日の魔法舎来訪は公務ではない。ごく個人的な招待を受け、それで魔法舎までやってきていた。
 ナマエを招いたのはカインと晶だ。ふたりとは今日はまだ、顔を合わせていない。
 約束の時間まではまだ余裕があった。早くに顔を出しても迷惑かとナマエは人目を避けつつ、ひっそりと魔法舎の奥にある階段を目指していた。そこから上がった魔法舎の五階にはナマエの目的地であり、時間を潰すにはうってつけの場所──書庫がある。
 と、階段まで残り数メートルというところで、ナマエは今日最初の魔法使いと顔を合わせた。その魔法使いはナマエの姿を認めるなり、ただでさえ平素からむすりとしている表情を一層むっつりとさせる。そしてほんの一瞬の躊躇ののち、結局踵を返すことなくナマエと鉢合わせた。 
「何故ここに」
 挨拶の言葉もなしにつっけんどんな物言いをするのは、世界最強の魔法使いにしてナマエの現在の仕事相手でもあるオズだ。オズはじろりとナマエの普段と違う身なりを眺め、しかしそれについて何を言うこともなく、ナマエの返事を待った。
「こ……こんにちは、オズ様」
 世界最強の魔法使いを前にナマエは一瞬言葉を詰まらせつつ、それでもどうにか微笑とともに挨拶を返した。今日の身なりも相まって、こうしているとただの貴族令嬢にしか見えない。何度かの面談を経て、ナマエはオズに対し闇雲に恐れることをやめつつあるが、とはいえまだ余裕しゃくしゃくに挨拶をするというところまでは至っていない。本能で委縮してしまうのは仕方がないことだ。
 引き結んだ唇を開こうとはしないオズに、ナマエはの挨拶の返事を待つことをやめた。先程の問いへの返事を続ける。
「本日はカインと賢者様にお招きいただきました。何でも夜になったら魔法舎の中庭でガーデンパーティーを開くとか。ほかの魔法使いたちと知り合う丁度いい機会だからと、私も声を掛けていただいたのです」
 先日晶とはじめて会ってすぐに招待を受けたのだ。どうやらヒースクリフやファウストとの紹介がうまくいったので、そのまま他の魔法使いにも紹介しようということになったらしい。カインの発案だった。
 ナマエとしても魔法舎にこうたびたび顔を出している以上、そろそろ他の魔法使いたちに自己紹介くらいはしておいた方がいいと思っていた頃だった。顔を合わせれば挨拶くらいはするものの、互いに名前も知らないのでは味気ない。ナマエは中央の国の人間にしては社交的な部類ではないものの、だからといって人見知りだったり人間嫌いというわけではなかった。
 ナマエからの説明に、オズはただ「……そうか」と答えただけだった。興味があるのかないのかも分からぬ返事だが、それもまたいつものことだ。ナマエは気にせず、話を続けることにした。
「昼間はまだ暑いですけれど、この頃は夜はだいぶ涼しくなりましたものね。オズ様もパーティーにはご参加なさるのですか?」
「声を掛けられた」
 行くとは返事をしていない、ということだろう。それでも恐らく、オズはパーティーに顔を出すに違いないとナマエはそう予想している。
 何せ今日のパーティーには、中央の国の王子であるアーサーも参加すると聞いている。先日からアーサーがこのパーティーに参加するための時間を捻出すべく、普段以上に精力的に仕事をこなしていたことを忠臣であるナマエはよくよく知っていた。もしもオズの姿がパーティーで見えなければ、アーサーが直々にオズを部屋まで迎えに行くだろうことは容易に想像がつく。
 ともあれ。ナマエは悪戯めいた笑顔をつくると、
「そういう事情ですから、今日こちらに参りましたのはオズ様とは無関係の用件です。紛らわしくて申し訳ありません」
 ことさら悪びれることもなく、笑顔のままで謝った。そのちぐはぐな印象に、オズがまたしても眉根を寄せる。
「なぜ謝る」
「先程お会いしたとき、オズ様は一瞬、私との約束を忘れていたかと思われませんでしたか? そのようなお顔をされていたような気がいたします」
 先程というのは、談話室からオズが出てきて、ナマエの姿を見つけたときのことだ。ほんの一瞬の躊躇ではあったが、日頃オズの観察を仕事にしているナマエに推察のヒントを与えるには十分な間だ。
 そして実際、ナマエの勘は当たっていたらしい。ナマエがきびきびと問いに答えると、オズは決まりが悪そうに口を閉じて視線を逸らした。その分かりやすい反応に、ナマエは魔王の御前であることも忘れ、苦笑を漏らす。それから慌てて表情を引き締め、こう付け足した。
「最近少しだけ、オズ様のお考えが分かるようになってきました。ああ、もちろんオズ様を侮っているわけではありませんが」
「もういい」
 呆れたのか諦めたのか、それとも単に不愉快だったのか──ともかく、オズは踵を返してナマエに背を向けた。はからずもそれはナマエの進行方向と同じ方向を向くということだったので、ナマエはすかさず小走りでオズの隣に駆け寄った。万年筆の一件を経て、ナマエもオズに対しては相当図々しくなっている。
 オズは一瞬ナマエを見下ろしたが、結局何を言うこともなかった。自然とふたりは、魔法舎の長い通路を並んで歩き出すことになる。二人分の足音は、足元の通路に敷かれた絨毯にすべて吸い込まれて消える。
「ガーデンパーティーまではまだ時間がある」
 やおらオズが発した。言葉の後には「何故こんなに早くやってきたのか」という問いが続くのだろうが、そこまでオズが続けることはない。
「そうですね。今日は書庫に行こうと思って、早めに参ったのです。魔法舎には国内でも此処にしかない書物が沢山ありますから」
 聞かれてもいないことに勝手に答えた恰好になったが、オズは「そうか」と納得するように浅く頷いた。ナマエはほっと胸を撫で下ろす。多少図々しくなったとはいえ、オズに対する畏怖と恐怖がまったく消え去ったわけではないのだ。
 長年オズを漠然と恐れてきたナマエの心情として、やはりオズへの恐れを完全に拭いさることはできていない。こればかりは如何にアーサーが言葉を尽くそうと、一朝一夕でどうにかなるものではなかった。
 しかしオズという魔法使いを知り、言葉を交わし、その人格を物語に出てくる怪物ではなく知人として理解したことで、これまでよりは多少親近感を覚えていた。少なくともこうして肩を並べて歩き、雑談に興じる程度にはオズに親しみを持っている。
 そしてこのまま伝記編纂を続けていく以上、ナマエはオズに今以上に歩み寄ろう、歩み寄らねばと思っている。それが職務を遂行するためでありつつも、一部は個人的な感情に基づいていると自覚もしている。幸いにしてオズもまったく歩み寄ろうという気がないわけではない──という風にナマエには見えているので、今のところはこうしてとにかく言葉を交わし、相手を知り、自分のことを知ってもらうしかなかった。
 閑話休題──
「そういえば、オズ様はお部屋に戻られるところですか?」
 歩き出して暫くしてから、ようやくナマエは気が付いた。オズは先程ふらりと談話室から姿を現したが、この通路の先にあるのは上階に通じる階段と倉庫くらいだ。オズと倉庫は、どうにもナマエには結びつかない。
「そうだ」
 最短の返事が返ってきた。時折言葉が足らなさすぎて行き違いが発生するほど、オズは少ない言葉で端的に受け答えをする。記録することをたつきとし、言葉を糧とする自分とは根っこが違っているのだと、ナマエは思う。
「オズ様のお部屋は五階ですね。よろしければ五階まで一緒に参っても?」
「……勝手にするといい」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます」
 しかしたとえ根っこが違っても、枝葉が触れ合うこともある。ナマエはいつもより少し大きな歩幅で、オズはやや窮屈そうな歩幅で廊下を歩き、階段を目指した。

 通路の窓は開け放たれ、晩夏の風に吹かれた草木がそよぐ音が流れてくる。その音に混じり、頻りと風を切るような甲高い音が、ナマエとオズの耳に届いた。
「なんだか鳥の声がよく聞こえる。嵐でも来るのかしら」
 独り言のように呟けば、オズが視線を窓の外へと遣り、それからぼそりと「そこの幹に」と此方もやはり独り言らしく発した。どうやらオズは窓の外に鳥を見つけたらしい。ちょうど窓からは中庭に植えられた木の枝が見える。
「え、どこですか?」
「そこだ」
 オズがゆるりと腕を上げ、窓の外を指さした。指の先を視線でたどれば、たしかにそこには小さな鳥が枝で羽を休め、しきりに囀っている。
 顔から胴まで鮮やかな黄色の毛に覆われ、頭のてっぺんだけが黒い。遠目に見ているだけなのでさだかではないが、ナマエのこぶしよりも少し大きいくらいだろう。ちょこまかと体の向きを変える様子は、何となく微笑ましい愛らしさだ。
「あれは……鶸(ひわ)でしょうか。よく城の中庭でも見かけますが、魔法舎にもいるのですね。裏の森に巣があるのかもしれません」
 魔法舎のすぐ裏手には鬱蒼と森が広がっている。森に用もないナマエは立ち入ったことがないが、森の前を通ったことなら何度かあった。それなりの広さを持ち、かつ手入れが行き届いていることは外からでも案外分かるものだ。
「鶸というのか、あの鳥は」
 オズがナマエに問うた。てっきりオズは鳥になど興味ないだろうとばかりナマエは思っていたので、少しばかり意外な気持ちになりながら「ええ」と肯く。
「オズ様ははじめてご覧になりますか? 冬鳥ですから北の国にも生息していてもおかしくないかと存じますが。むしろこの時期に見かける方が少ない鳥です」
「我が城は吹雪に覆い隠されている。鳥が姿を見せることはない」
「アーサー様と野鳥を観察したりはされませんでしたか?」
 ナマエが試しに尋ねると、オズは記憶を探るように遠くに視線を投げた。暫しの思案ののち、ふたたびオズは言う。
「そのようなことをしたこともある。しかしその時には見かけなかった。見れば覚えているだろう。書物では見かけたかもしれないが、すべてを記憶はしていない」
「オズ様は博覧強記の方とアーサー様が」
「……そのようなものではない」
「そうでしたか。これは失礼いたしました」
 ちょうどそのとき、鶸が鮮やかな色の羽を広げ、木の枝から羽ばたいた。あっという間に窓枠の外に出てしまい、その姿はナマエたちから見えなくなる。裏の森にでも帰ったのだろうか、とナマエは鶸の飛び去った後の枝を見つめてぼんやり思う。
 ふとナマエが視線を上げれば、オズもまだ、足を止めたままで窓の外をじっと見つめていた。まるでまだそこに鶸がとまっているかのように、オズの視線はまっすぐ窓の外に注がれている。
「鶸は群れで暮らす鳥なのですよ」
 沈黙を埋めるようなつもりで、ナマエが言った。
「見るも美しい体の色ですが、飼育には向かないそうです」
「何故」
「私も実際に飼育したわけではないので、あくまで知識として知っているのみですが……、人の手で飼育をするとすぐに落ちて死んでしまうそうです。自然のなかで同じ種の仲間と暮らす方が、きっと向いているのでしょうね」
 ずいぶん昔、まだ幼かったころに鳥の図巻を読み、ナマエはこの話を知った。ナマエは生き物を飼ったことがないが、それでも人の手で育てた方が、より鶸にとって好ましい環境で飼育されるのではと思わずにはいられない。不思議に思ったので、今でもよく覚えている。
 オズが視線を窓から外し、ゆるりとナマエの顔まで下ろした。ナマエの視線とオズの視線とが重なる。オズの瞳は茫漠としており、そこからは何の感情の色も見いだせない。
「鳥が好きなのか」
 やおら発したその声もまた、ぼんやりとしていて掴みどころがなかった。しかし会話の端緒ではある。取り留めもない会話をオズの方からはじめてくれたことが嬉しくて、ナマエは必要以上ににこやかな顔で答えた。
「どうでしょう。雀なんかの小さい鳥だと可愛いなとは思いますけれど、でもちゃんと見ると結構、鳥って獰猛な顔をしていたりもしますから……」
「獰猛」
「遠くから眺めているくらいで丁度いいかなと思います。オズ様はいかがですか?」
「飼育しようとは思わない」
 自ら切り出したわりには、オズの返事はそっけなく、会話が広がりもしなかった。自分から問いかけた質問の答えを得られたから、それでもう満足したのだろうか。
 それでもナマエはめげなかった。思い出したように歩き始めたオズを追いかけながら、ナマエはさらに問いを重ねた。
「オズ様は何か動物を飼われていたことはありますか?」
「……昔、アーサーが」
「アーサー殿下は飼育動物ではありませんが!?」
 思わずオズの言葉を遮ったナマエに、オズはむっと表情を険しくした。
「そうではない。アーサーが、野兎を飼おうと抱えて帰ってきたことがあった」
「……失礼いたしました」
 ただの早とちりだった。恥ずかしくなって、ナマエは顔を赤くする。
 そんなナマエの羞恥心に気付くこともなく、オズは過去の思い出に耽るように静かに目を細めた。今、オズの頭の中ではおそらく、在りし日のアーサーとの生活が昨日のことのように思い出されているのだろう。今さっきまで茫漠としていた瞳がいつしか優し気に揺れていることに気付き、ナマエは何故だか我が事のように嬉しくなる。
 ナマエは歩きながら、オズの次の言葉を待つ。階を一定のペースで上がるふたりの足音は、無音のままで重なっている。
 かなり時間が経った頃、ようやくオズは思い出の中から言葉を紡いだ。
「飼育は、しなかった。アーサーひとり育てるのも困難だというのに、このうえ兎の面倒など見られる気がしなかった」
 その困ったような物言いに反して、声の響きはどこまでも優しかった。思わずナマエの口から笑いがこぼれたが、しかしすぐ、ナマエは自分に向けられたオズの視線に気付き、空咳で誤魔化した。
「失礼いたしました」
 オズのもの言いたげな視線を受けながら、ナマエは真面目くさった顔をつくった。内心ではなま温かい笑いが止め処なく溢れているのだが、どうにか理性で封じ込める。
 アーサーが嬉々としてオズについて語るのを、ナマエはこれまで数限りなく聞かされてきた。そもそも城にはアーサーがオズの話をできる相手など限られている。今はそれほどでないにしても、かつてはオズの話をしたくなったとき、アーサーはナマエを呼んで話すしかなかったほどだ。
 今こうしてオズの話を聞いていると、どうしてアーサーがあれほどオズとの思い出を語りたがったのか、少しだけナマエにも分かるような気がした。きっとその思い出はふたりにとって掛け替えのないものなのだ。出来事のひとつひとつに意味を見出す必要もないほど、流れている時間そのものが宝物だったに違いない。
 その宝物を見せてもらえたような気がして、ナマエの心がじわりと温かくなる。アーサーから聞く話よりもむしろ、オズの朴訥とした言葉遣いの方がナマエの心には自然に染み入るようだった。どちらかといえばナマエが、アーサーを見守る立場にあるからなのかもしれない。
 オズ様、と。ナマエがオズに呼びかける。
「僭越ながら申し上げますと、幼いアーサー様とお過ごしになった日々のお話をされるとき、オズ様はお顔が少し優しくなられるような気がいたします。さぞお可愛らしかったのでしょうね、幼い日のアーサー様は」
 かすかな笑みとともにナマエが言った。オズは無表情のまま、ナマエを眺めている。
「お前は幼いアーサーを知らないのか」
「私がアーサー様の話し相手としてお城に上がることになったのは、アーサー様がオズ様の北の城より戻られてからですので。その頃のアーサー様はすでに凛々しくお育ちになられた後でしたから、はじめて会ったときにも幼いというような印象はございませんでした」
 はじめてアーサーと対面した日のことを、ナマエは今もはっきりと覚えていた。その頃はまだ、アーサーが皇后に捨てられたなどという醜聞は知られておらず、北の国で静養していた皇太子が戻ってきたらしいという噂しかなかったのだ。
 或る時から完全に表舞台に姿を表さなくなった、聡明で優しく、そして美しい面立ちの王子──色恋沙汰に疎いナマエですら、果たしてどのような人物なのかと興味をそそられた。
 アーサーの話し相手としてナマエに白羽の矢が立った時、ナマエははじめてアーサーの生い立ちについて知らされた。皇后の手により一度は捨てられ、大陸の最北で恐ろしい魔法使いに拾われた異端の王子。しかし十六歳だったナマエは、宮廷のスキャンダラスな事件より、王子の身の上を思い心を痛めた。
 はじめて顔を合わせた日、ナマエよりも三歳年下の王子は口許を強張らせ、警戒するようにナマエを迎えた。
 当時のナマエはまだ、文官になり城に上がろうと決めていたわけではなかった。それでも、強く思った──この王子を支えなければ、おそばにいなければと。
 ナマエがアーサーの助けになりたいと思ってから、早いものでもう四年近く経つ。
「おまえのアーサーに対する忠義は、その頃から抱くものなのか」
 ふいにオズが、ナマエに問いを投げかける。ナマエは視線を上げてオズを見ると、
「……もしや、私とアーサー様の思い出話を聞いてくださるのですか?」
 そう問い返して、きょとんと首を傾げた。途端にオズが眉を顰める。
「何故そうなる」
「何故と仰いましても、そういう流れになるものかと……」
 ナマエにとって忠義のはじまりは、アーサーと出会ったその日に生まれた感情にある。となればその出会いを語らないことには、忠義云々について言及することはできない。
 五階までの道のりは、ちょうど四階と五階の踊り場に差し掛かったところだった。このままいけばじきにオズの部屋に到着してしまう。歩きながらアーサーとの思い出をナマエが語るには、さすがに時間が足りそうにない。どうせ話をするならば、何処かに腰を落ち着けてじっくり語りたい。
 オズの怪訝な視線を受けながら、ナマエは「そういえば」と、ふいに手にした袋を目の高さまで持ち上げた。ナマエの荷物はハンドバッグひとつにすべておさまっているが、それとは別に、パーティーに呼ばれているので行きがけに買ってきた土産を持参している。紙袋の中身はその土産だった。
「今日はパーティーのお土産に、美味しいチョコレートをお持ちしているのです。たくさんありますから、少しくらいならばお茶のお供に先につまんでも構わないかと思うのですが、いかがでしょうか」
「それは私の部屋に入れろということか?」
「立ち話はお嫌いではありませんか?」
 もちろん話をここで切り上げるという選択肢も、あるにはある。しかしオズがそうしないだろうことは、ナマエにも薄々予想がついていた。話の内容がアーサーに関わるものであるとき、オズが普段よりも真剣に耳を傾けることをナマエはすでに知っている。
 それに、オズと親しくなりたければ多少の強引さが必要である、何故ならオズは人と行動することに不慣れだから──と、ナマエは数日前にとある人物から助言を授けられていた。
「実はオズ様とお話をさせていただくにあたり、いくつかカインから助言を受けてまいりました」
 茶目っ気を滲ませた笑顔でそう白状したナマエに、オズは溜息をひとつ吐き出す。「余計なことを」とぼそりと呟いて、それからオズは渋々、ナマエを部屋に招き入れたのだった。

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