踏み固められた雪

 夢を見た。魔法でひどく痛めつけられる夢だ。割れるように頭が痛み、何度も嘔吐する。疑いなく悪夢だろう。それでも最後はオズに救われ、窮地を脱する──そんな夢だった。
 やがて意識がゆるやかに浮上する。ようやく目を醒まし、オズの姿を確認したとき、ナマエはそれがただの夢などではなかったことを、はっきりと思い出したのだった。

 重たい瞼をどうにか開くと、視界のほとんどは暗闇に覆われていた。目に見えるもののすべてが灰色がかった黒に染まっている。そのあまりの均一さに、目を開いたのに何も見えていないのではないかと、薄らぼんやりした頭でナマエは思う。
「目を覚ましたか」
 暗闇から声を掛けられ、頭を動かした──そのときの頭の感覚で、自分が何か固い寝台のような場所に寝かされていることを理解した──見ると、薄墨色の闇を背に、オズがナマエの顔を仏頂面で覗き込んでいた。
「オズ様……」
 オズの顔は、暗く暈けはいるものの、眼鼻の形まではっきり視認できる。ということは室内が暗いのではなく、ナマエの視界に映っているものがただ闇のような色をしているだけなのだろう。
 そこまで考え、ナマエは唐突に何もかもを思い出した。ここは老魔女アニスのねぐら。意識を失う前に見た、洞窟のように曲線を描いた壁と天井の色もたしか暗い色をしていた。そのときよりは今の方が一層暗く沈んで見えるが、それは単に灯りが少ないせいだろう。この部屋には天井のランプすらない。目に見える範囲の灯りといえば、オズの傍らに見えた狭い机の上に置かれた蝋燭一本だけだった。
「魔女の塒の奥だ。お前が気を失っていたので、奥にあった寝台に運んだ。動けるか」
 オズにそう問われ、ナマエは寝台の上で上体を起こす。のろのろとした動作ではあったが、どうにか起き上がることはできた。
「頭は重いですが、何とか」
 溜息をつき、額に手を当てた。快調とはほど遠い気分だが、それでも意識を失う前と比べれば頭痛は各段に軽くなっている。
 上体を起こして目の位置が高くなると、部屋の中の様子も暗いなりに見えるようになった。首を回すのはつらいので、目だけできょろきょろ周囲を窺う。天井に近いあたりに明り取りのためか、小さな窓がひとつ設えられていた。
 硝子は結露して曇っており、生憎と風景はろくに見えない。それでも窓に映る空の色で、今が日没後なのだということだけは理解できた。
 日没──それが意味するところを、ナマエはふと思う。
「外はもう夜なのですね」
「……ああ」
「ということは、もうオズ様の魔法で中央の国に戻ることはかないませんね」
 何気ない調子でナマエが言う。オズは肯定も否定もすることなく、無言でナマエを眺めていた。
 日暮れから夜明けまでのあいだ、オズは一切の魔法を使用できなくなる──オズによって厳重に封印されていたはずのその記憶を、今のナマエはしっかりと取り戻していた。老婆の魔法で無理矢理記憶を覗かれた際に、すべて思い出してしまったのだ。今ではもう、どのようにしてその秘密を知り、自分が何と言ってオズに記憶を消すよう懇願し、そしてどのように記憶を失ったのかまではっきり覚えている。
 オズの魔法によって消されたはずの記憶は、実際にはただ厳重に封印されていただけだった。そうするしか方法がなかったのか、それともオズがあえて消さなかったのか、それはナマエには分からない。目の前で黙っているところを見ると、オズからそのことについて説明する気もなさそうだった。
 暗闇のなか、ナマエは慎重に首を回す。鈍い痛みは依然残っているが、動かすのに支障はなさそうだ。続けて腕、腰、足と順番に動かしてみる。どこもかしこも油の切れた機械のようなぎこちなさでしか動かせなかったが、ともかく大きな怪我はなさそうで安堵した。
「今は何時くらいでしょうか」
 身体を点検しながらナマエが問う。
「夜の七時を過ぎた頃だ」
「私はどのくらい気を失っておりましたか」
「二時間ほど」
 ということは、ナマエの意識が戻るのを待っている間に、日が暮れ魔法が使えなくなったということだ。逆に言えば、ナマエが意識を失った後も暫くは、オズは魔法が使えたということでもある。
「それならば何故、私たちはまだ此処にいるのでしょうか。私が気を失っている間にも、魔法を使って中央の国に戻ることができたのではないですか?」
 オズの魔法をもってすれば、ナマエを伴い此処を脱出することなど造作もないことだっただろう。いきなり此処に現れることができたのだから、反対に此処から元の場所に戻ることだって当然できるはずだ。ナマエに意識がなくても、オズの体格ならばナマエを抱えられる。それが無理なら魔法で運ぶことだってできただろう。
「お前が目を覚ましたとき、どのような症状が出るか分からなかった。魔法舎にはフィガロも双子もいるが、もしも魔法薬など使われていれば、他者にはその特定は難しい。この場所であれば解毒薬か、そうでなくても使用された薬草の手がかりくらいは残っているだろう」
「なるほど、それで私の目が覚めるまで此処に留まっていてくださったのですか」
「そうした方がいいと、双子が判断した。魔法舎にはミスラがいる。いざとなればミスラに空間を繋げさせ、こちらにやってくることもできる」
「そうでしたか……」
「まだ何か聞きたいことはあるか」
 今日のオズ様はよくお話になられますね──と。
 ついつい無関係なことを言いたい衝動にかられたが、すんでのところで踏みとどまった。或いはこれまでのナマエならば口にしていたかもしれない。しかし今のナマエには、そんな軽口を叩くだけの余裕はなかった。
 目の前にいるのは世界最強の魔法使い、オズ。いくら一時的に魔法の力を失っているとはいえ、ナマエの耳にはまだ老婆アニスの断末魔の叫びがこびりついていた。
 全身の点検を終え、ナマエは寝台の上でゆっくりと身体をずらした。そう高い寝台ではない。床に足をつけると、そのまま腰を上げた。少し歩いてみる。ほとんどふらつきもなく、残った頭痛をのぞけば体調に問題はなさそうだった。
 オズもナマエの様子を見ながら、同じことを思ったらしい。
「立って動けるのならば、外に出て移動もできるだろう」
 それだけ言って、オズは椅子から腰を上げるとベッドサイドから離れた。ナマエも慌てて後を追う。
「移動? どちらへですか?」
「私の城だ。歩いてすぐのところにある。魔法を使わずとも歩いて行ける距離だ」
「ですが、天候は大丈夫でしょうか」
 ナマエが知る北の国の風景は、オズに突発的に連れてこられた吹雪の日に見た風景のみ。あの悪天候で、北の国についてのイメージがすっかり固まってしまっている。たとえ怪我をしていなくても、あれほどの吹雪の中を強行軍で歩いて行こうとは思えない。
「雪は降っているが吹雪いてはいない」
 部屋の扉を開け、オズがちらりと振り返り答えた。
「城は見えている。道を見失うこともないだろう」
 そう言われれば納得するしかなかった。
 どこから持ち出したのか、オズが椅子の上に無造作に置かれていた厚手の上着をナマエに手渡す。魔法で防寒できない以上、着こんで寒さを凌ぐしかない。天気が荒れていない日でも、北の国の夜はおそろしく冷える。
 オズもいつものマントの上に、毛皮の羽織をばさりとかぶっていた。オズが外に通じる扉を開く。雪がちらつく冷たい夜の空気のなかを、ナマエとオズは揃ってオズの城に向け歩き出した。

 オズの言うとおり、扉を出るとナマエの目にも、雪原のすぐ向こうに大きな城が聳え立っているのが見えた。夜闇の中に浮かぶ城のシルエットは荘厳というほかない。無人のはずの城の窓には、煌々と明かりが灯っていた。その灯りを目指し、ふたりは一路雪原を行く。
 視線を上空に向ければ、こまかな星が雪雲の隙間に散っていた。北の国でもこの辺りは特に、地上の光が少なく星がよく見える。こんな日にもしも空を飛んだなら、さぞ気分がいいことだろう。しかし今のナマエとオズにはその手段もない。だからこうして地道に、遠く星を見上げながら雪原を歩いて行くしかない。
 足元の雪には踏みしめられた形跡がまるでない。一歩歩くごとに足が雪に沈むので、雪道を歩き慣れないナマエは、前に進むだけでも難渋した。
「私の歩いた跡を踏めばいい」
 見かねたオズが足を止めて言う。額にうっすら汗をかいたナマエが、眉を下げてオズを仰ぎ見た。
「そうしようかとも思ったのですが、あの、オズ様と私では歩幅が違い過ぎて……」
 むっと眉根を寄せて、オズは自分たちの歩いてきた道を振り返った。オズの一歩とナマエの一歩の大きさは、見てすぐ分かるほど大きく差がついている。オズが溜息を吐いた。
「小さな歩幅で歩く。私の足跡を踏め」
「いえ、あの、大変ですが歩けはするので大丈夫です」
「体力も戻り切っていないだろう」
 それを言われると、ナマエには返す言葉がない。きんと冷えた空気のためか身体の痛みはそれほど感じなかったが、慣れない雪道を歩いていることもあり、疲労だけは覿面てきめんにあらわれていた。
 悩むほどの間も置かず、ナマエはぺこりと頭を下げた。
「それでは……あの、はい。すみません、よろしくお願いいたします」
「謝られるようなことではない」
「……ありがとうございます」
 微妙に噛み合わない会話を終え、オズはふたたび歩き出した。
 それからはナマエの歩幅に合わせて狭い歩幅で歩くオズの足跡を、ナマエは追いかけるように踏んで歩いた。新雪に足をとられながら歩くよりも、足への疲労はずっと少ない。相変わらずふうふうと息を切らしながらではあったが、歩くペースはそれまでよりも各段に上がった。
 外に出たときにはちらついていた雪も止み、今は小康状態を保っている。雪雲は徐々に流れ、いつしか夜空には大きな月がぷかりと浮いていた。オズとナマエの静かな道程を、遥か天空からまばゆく照らしている。
 もくもくと歩きながら、ナマエはこの半日のことを取り留めもなく考えた。あまりにも色々なことが一度に起こったせいで、まだそれほど時間が経ったわけではないにも関わらず、すでに記憶の一部は蜃気楼のように不確かなものに変わりつつある。
 記憶力には自信があるが、さすがに朦朧とした意識の中でかろうじて聞いていただけの言葉は、記憶の中にはとどまっていてくれない。
 しかしそれらの記憶とは対照的に、以前オズに封じられ、そして今日思い出したばかりの記憶──オズの秘密については、必要以上にはっきりとナマエの頭に浮かび上がっている。
 ──日没から夜明けまで、オズ様は魔法を使えなくなる……。
 確認するように胸の中で繰り返し、ナマエはふいに心許ない気分になった。
 先程は有耶無耶になっていたが、この取り戻したばかりの記憶について、改めてオズに問いただすべきなのだろうか。オズの力は脅威だが、同時に抑止力にもなっている。オズの弱点ともいうべき秘密を知っている者の数は、当然少ない方がいいに決まっている。
 しかし同時に、こういうことがあった以上、もはや魔法で記憶を封じても無意味なのかもしれないとも思う。オズもそう思ったから、ふたたび記憶を封じることもせずにいるのかもしれない。
 ──オズ様は、どのようにお考えになっているのですか。
 いくら疑問に思ったところで、目の前のオズの背中にその疑問をぶつけることは憚れた。オズならばきっと、ナマエが気を失っている間に記憶を操作することもできたはずなのだ。それでも、オズはそうしなかった。その理由をことさら問いただすのが正しいのか、ナマエには分からなかった。
 悲鳴のような音を立て、夜風がナマエの横を走り抜けていく。その風の音に、ナマエの脳裏に魔女アニスの断末魔の悲鳴がふいに蘇った。ぶるりと総身が震えたのは、寒さのせいだけではない。
 オズがかつて世界征服を目論んだ稀代の残虐な魔法使いであることは、事ここに至っては疑う余地もなかった。たとえそうでなかったとしても、オズはナマエの目の前で、あれほど無慈悲に魔女をほふったのだ。オズが清廉潔白なだけの魔法使いではないことは、オズを信じようとするナマエの目にすら明らかだった。
 ──落胆、すべきなのだろうか。
 オズの清廉さを信じていたナマエとしては、やはりそうであってほしくなかったという思いは当然持っている。アーサーのためにも、オズには恐ろしい伝承などとはまったく無縁の、強く気高い、美しい魔法使いでいてほしかった。過去も現在も、そして未来までも。
 ナマエの知るオズには、ナマエの知らない過去がある。残虐非道で冷徹な北の魔法使いだった過去が。過去について語るとき、オズの口は極端に重くなる。だからオズにとってもおそらくは、過去のことというのは触れられたくないものなのだ。
 いずれにせよ、もはやこの件についてはもう避けては通れない。ナマエには今日起こったことをアーサーに報告する義務がある。報告の際、オズが老婆アニスを屠ったことに触れないわけにはいかないだろう。問題はいつ、オズに問い質すかだけだった。

 そう長く歩かずとも、オズの城はみるみる近づいていた。顔を上げなければ城の全貌が見えないところまでやってきたとき、ナマエはふと呟いた。
「あのアニスという魔女は、オズ様のお命を狙っておきながら、オズ様のお膝元に居を構えていたということになりますよね」
「そういうことになる」
 ほんの一瞬ナマエを振り返り、そしてまた前を向いてオズが応じた。
「なんというか、図太いですね……」
 オズの庇護を求める人間ならばともかく、普通の魔法使いならば、オズの城のすぐそばで暮らそうなどとは思わないはずだ。いくらオズが魔法舎に拠点を移しているとはいえ、もっと暮らしやすい場所ならばいくらでもあっただろう。まして、オズの命を狙っていたというのだから、オズからは極力見つからぬようにするのが自然だろう。
 オズは思案するように黙り込む。オズの後ろを追いかけるナマエにはオズの表情は見えないが、何となく今、オズが仏頂面をしているのだろうということくらいは分かった。
 ややあって、オズは答えた。
「近くに寄り過ぎることで、却って見つかりにくいと思ったのかもしれない。そもそも私はほとんど城に戻っていないのだから、誰が近づこうと気付きようもない」
「灯台下暗しというやつですね」
 ナマエは頭の中で、老魔女アニスの顔を思い描く。落ちくぼんだ小さな目に、枯れたくちびる。皺だらけの顔は土気色で、纏うものは襤褸同然だった。オズはフィガロの結界を無理に破ったことで急速に老いたのだろうと言っていたが、ナマエにはあの魔女の若く溌剌とした姿など到底思い描くことができない。
 ナマエの連れ去られたあの塒は、随分長く使い込まれた場所だった。もう何年も、何十年も、老婆はあの塒で暮らしていたのだろう。扉を開けばすぐそこに、オズの城がいつでも見える場所で。
 命を奪いたいとまで思うほど憎み、恨んだ敵の居城のすぐそば。どうしてわざわざそのような場所に塒を用意したのか、ナマエには分からなかった。分かりたいとも思わない。自分を殺しかけた相手の憎しみにシンパシーを抱くなど、ぞっとしない話だ。
 ゆるく頭を振り、ナマエは思考を入れ替える。考え事をしているうちに、少しオズとの間に距離が開いていた。慌ててナマエは歩調を速める。
「あの者は大魔女チレッタの墓を暴き、その魔力を利用したのですよね。フローレス兄弟が知ったら悲しむでしょうね」
 オズの後を追いかけつつ、魔法舎で暮らすおだやかで人のいい兄弟のことを思い浮かべ、ナマエは話しかけた。
 これもまた、オズが老婆アニスと交わしていた会話の中からどうにか理解したことのひとつだった。朦朧とした意識のなか、ナマエがどうにか聞き取った情報を繋げばそういうことになる。
 あの時は頭が働かず思い当たらなかったが、よくよく思い出してみればフローレス兄弟の母親が名の知られた魔女チレッタであることを、ナマエも情報として知っていた。老婆がその魔力を借りていたというのであれば、あれほど強力な魔法を使えたことにも納得がいく。それでもなお、オズにはひと捻りにされてしまったのだが、それは相手が悪かったとしか言いようがないのだろう。
 ナマエの言葉に、オズは「実際に墓を暴いたわけではないのだろう」と返す。
「そうなのですか?」
「暴こうとはしたのだろうが、暴けなかったのだろう。調査に出向いたフィガロが柩を開けたとき、チレッタの墓そのものには荒らされた痕跡はなかったという。ただ、墓の上に迷うようにぐるぐると歩き回った足跡が残っていたそうだ」
「それは……結界のせいで柩を開けられなかったということですか……?」
 ナマエの問いに、オズはゆるく頭を振った。
「そうではない。結界の呪いを受けているのだから、結界は破っていたのだろう。いつでも柩は開けられたが……」
「開けなかったのですね」
 途中で消えたオズの言葉を、ナマエが引き取った。
 そういえばいつか、アーサーは南の魔法使いに調査の依頼をしているというようなことを、ナマエに対して漏らしたことがある。あれこそがもしかすると、オズの言うチレッタの墓の調査だったのかもしれない。
 アーサーは何を何処まで知っているのだろう。間違っても自分の代わりにナマエが傷ついたといって、悲しまないでくれればいいのだが、とナマエは遠く中央の国にいるであろう主に思いを馳せる。そしてまた、思う。老婆のように突然アーサーを失うことになったら、自分は誰かを憎まずにいられるだろうかと。
 ナマエがふいに黙ったので、オズがもの言いたげに振り返った。ナマエも考え事をしながらオズの背を見つめていたので、そのままつられて視線を上げた。闇のなか、視線がぶつかる。
 オズがひとつ、嘆息した。
「……あの魔女が墓を暴かなかった理由は、今となっては知るよしもない。あれほどの魔力を得ていたのだ。墓を暴かずとも、何がしかのチレッタに纏わる触媒は手に入れていたはずだ」
 オズの声は夜に溶けるように静かだった。
「フィガロが言っていた。チレッタにはかつて、ミスラのほかにもうひとり、慈しんだ魔女がいたと。もっともその者は数百年の昔に行方を晦まし今もって行方は杳としてしれぬというが」
 その魔女がアニスだったのかは、もはや誰にも確かめられないことだ。チレッタは死に、アニスも死んだ。ミスラはたとえ出会っていたとしても、きっとアニスのことなど覚えてなどいないだろう。
 しかしもしも本当に、あの魔女がチレッタと縁ある魔女だったなら。それならばチレッタとの離別は、アニスにとって真に絶望的なものだったに違いない。
 自由に荒々しく、気高く生きていた魔女チレッタが、いつのころからか人間に理解を示し寄り添うようになった。そんなチレッタの変化を、アニスは受け容れられなかったのだろう。美しき北の魔女が人間に寄り添おうとすることを、どうしても許せなかった。身勝手で我儘で、けれど切実な絶望。
 何となく思い立ち、ナマエは前を歩くオズの毛皮の羽織の裾を掴もうと手を伸ばす。しかしすぐに思い直し、伸ばした手を引っ込める。
 今ナマエのために狭い歩幅で雪を踏み固めてくれているオズは、同時にナマエの目の前でひとりの魔女を石に変えた魔法使いでもある。うかうかと裾を引くわけにもいかず、躊躇いののち、ナマエはオズに悟られぬようかじかんだ手をそっと揉み手をして気を紛らわせた。

prev - index - next
- ナノ -