未来の偉大な魔法使い

 中央の国は文字通り、大陸の中央に位置する大国だ。大陸の中でも北や南に行けば行くほど、気候は極端に、そして過酷になっていく。南の国ではまだまだ未開拓の土地も多く、反対に北の国──それもオズが根城を構える極北の地では、一年のうちの相当に長い期間、吹雪が人も家屋も埋め尽くす。
 それほどまでに狂暴な吹雪を、中央の国で生まれ育ったナマエはごく最近まで目にしたことがなかった。西や東の国と並び比較的安定した気候帯の中央の国では、冬であってもそれほど雪が積もることもない。
 しかしこの年の冬は中央の国にしては珍しく、まだ秋の名残がかすかに残るような頃から淡雪が舞い始めていた。
「うーん」
 グランヴェル城のテラスで初雪が舞い落ちるのを見るともなく眺めていたナマエは、もの悩まし気に唸っていた。途端に身体がぶるりと震える。
 もともとは書庫で作業をしていたナマエだが、ふと見遣った窓の向こうに雪が見え、気分転換にテラスまで出てきたのだった。時刻は昼過ぎだが、朝からの雪雲は一向に晴れそうにない。空気は刺すように冷たく、秋の名残とばかりに城の中庭の木に残っていた枯れ葉が、雪風に吹かれ却って寒々しい。
 ──作業が行き詰ってはいたのだし、眠気ざましと気分転換には丁度良かったかもしれないけれど、せめて羽織くらいは持ってくるんだった。
 ぼんやりしていたせいで、いつもの長衣の制服の上に上着を羽織ってくるのを忘れてきてしまった。そのせいで先程から、寒くて寒くて仕方がない。テラスの手すりに掛けた指先はすでに感覚を失っていた。
 ぶるりと身震いしてから、ナマエはふたたび「うーん」と唸った。たしかに気分転換にはなったものの、だからといって目下の懸案事項が淡雪同様に溶けてなくなるわけではない。
「ううーん……」
 唸っても仕方がないと分かりつつ、それでもついついナマエが唸り声を上げていると。
「どうしたんだ、ナマエ」
 不意打ちで背後から声を掛けられて、ナマエははっと背後を振り向いた。そこにはナマエの主君であるアーサーが、もの柔らかな微笑をたたえている。
「アーサー様!」
 ナマエは急いで礼をとった。対するアーサーが鷹揚に、顔を上げるようナマエに促す。
 先ほどまでは凍えるほどに寒かったテラスだが、アーサーが現れたことにより気温が一度くらいは上がったような気がする。そこにいるだけで周囲が華やぐような、アーサーには王族らしい華やかさがある。
 ナマエは指先がかじかむのも忘れ、ついでに頭を悩ませていた問題のことまでひとまず忘れ、笑顔をこぼしてアーサーとの距離を詰めた。
「本日は城の方にお戻りになられていたのですね」
 アーサーには王子としての執務もあるが、当然のことながら賢者の魔法使いとしての任務や訓練もある。魔法舎にも私室を持つアーサーがその時城と魔法舎のどちらにいるのかは、ナマエのような下っ端には分からないことの方が多い。
 ナマエの言葉に、アーサーは嬉しそうに頷き、笑みを深めた。
「午前中にオズ様に訓練をつけていただいた。その後一緒に昼食を摂り、今戻ったところだ」
 オズ──何気なく出されたその名前に、ナマエの胸がはっきりと軋む。しかしその軋みを表に出すこともなく、ナマエはアーサーとの会話を続ける。
「そうでしたか。塔をお使いになられたのですか?」
「気分転換に箒で戻ってきたよ」
 悪びれることもなくそう言われ、ナマエはむっと眉根を寄せた。いくら賢者の魔法使いといえど、アーサーは一国の王子。本来であれば護衛もつけず城外に出ていい立場ではない。
「お供もつけずにですか? それはまた……」
「ほかの者には内緒だ。いいな?」
「そうやってすぐに私を共犯になさるんですから」
 ナマエは深く溜息を吐いた。アーサーはナマエがアーサーのこういう態度に弱いことを重々承知している。この笑顔によって、ナマエはこれまで何度もアーサーの秘密の共犯にさせられてきたのだ。
 かつて美童の笑顔という名だった武器は、現在美青年の笑顔と名を変え、燦然とアーサーの顔で輝き効力を発している。
 半ばやり込められたも同然の醜態に、がくりとナマエが項垂れていると、
「それで、さっきは何を唸っていたんだ?」
 けろりとした顔でアーサーはナマエに尋ねた。その問いに、ナマエは息を吹き返す。アーサーと相まみえたことで失念していたが、そもそもナマエは仕事に行き詰ってテラスに出てきていたのだった。アーサーの言う唸り声も、その仕事の悩みが発端になっている。
 仕事についての悩みなのだから、アーサーにも無関係の話ではない。
「ああ、はい。それはですね」
 その場で説明を始めようとしたナマエだったが、しかしすぐにアーサーから「待ってくれ」と発言を制止された。
 口をつぐんでアーサーの視線の先を追えば、中庭を横切る城兵や官吏たちが幾人か、テラスを見上げるようにして視線をナマエたちに寄越している。また、中庭を挟んだ反対側の建物からも、それとなく通りかかる者たちがアーサーとナマエの様子を窺っていた。
「ここではなんだ。私の部屋で話をしよう」
 アーサーが苦笑して言った。ナマエの仕事は主にアーサーから仰せつかった伝記編纂を進めることなので、少しくらいアーサーと話し込んでも誰にも迷惑を掛けることはない。伝記の完成が遅れアーサーが残念がるだけだ。
 しかし、それはあくまでナマエ側の事情だ。
「……それは光栄なのですが、恐れながらアーサー様、執務の方はよろしいのですか?」
 わざわざ魔法舎から戻ってきているのだから、アーサーにも城でこなさねばならない仕事があるのだろう。だがアーサーは事も無げに「大丈夫だ」と受け合った
「城に戻ってきたのは、リケに貸す約束をしていた絵本を回収したかったというだけだ。それに今一番大きな案件は、南の魔法使いたちが調査に出てくれている。その報告があるまではそう忙しくないよ」
「そうでしたか。出過ぎたことを申しましたね、申し訳ございません」
「私の部屋に行こう。そろそろ視線が多くなってきた」
「では、作業室を片づけてからお伺いいたします。そのまま出てきてしまいましたから」
「分かった。紅茶の準備を頼んでおこう」
 さくさくと約束を交わしてしまうと、アーサーは何事もなかったかのようにその場を立ち去った。少し間を置いてからようやく、ナマエもテラスを後にする。いつしか粉雪は舞い止んで、テラスには厚い雲の切れ間から細い光が差し込んでいた。

 一度書庫に戻り、散乱した資料をとりあえず積み上げ片づけたように誤魔化してから、ナマエは改めてアーサーの執務室へと向かった。以前は私室に招かれることも多かったが、アーサーからオズの伝記の編纂を命じられてからはできるだけ、私室ではなく執務室で顔を合わせるようにしている。その方が万一入室を誰かに見られた場合でも、仕事の話をしていただけだと言い訳を通しやすい。
 ナマエがアーサーの執務室に入室すると、すでに応接用のデスクには紅茶と茶菓子が用意されていた。
 城内においてアーサーが口をつけるものであれば、それがたとえ紅茶の一杯であろうとも、アーサーからの信の厚い者が準備から給仕までを担うのが常だ。言い換えれば、口が堅くアーサーの足を引っ張ることのない、アーサーを裏切らない人間だけが紅茶を運ぶことを許される。だから本来であれば、ナマエがこの部屋にいることを知られてまずい人間が紅茶を運んでくることは、まずない。
 それでも先に紅茶の準備をした──人払いを済ませてあったのは、アーサーからの気遣いによるのだろう。ナマエの抱える悩みの内容によっては、アーサーに相談したこと自体誰にも知られない方がいい場合もある。
 ナマエが席につくと、テーブルを挟んで正面にアーサーも腰を下ろした。そしてゆっくり紅茶を味わう間もなく、
「さて、話の続きをしよう」
 開口一番、そう切り出す。
「何か悩み事でもあるのか。私でよければ聞かせてくれないか」
 ナマエとアーサーが最後に言葉を交わしたのは、ナマエが風邪を引いて魔法舎で寝込んだ二日後だった。魔法舎で倒れたことはアーサーの耳にも入っているだろうと思い、復帰時に一応の事情を説明しにきたのだ。
 そのときに顔を合わせてから、半月ほどは経っている。以降でアーサーに話していない、ここ半月での最新の悩みといえばただひとつ。
「実は、オズ様の伝記編纂について、少々」
 恐々ナマエが切り出すと、アーサーがほっと息を吐いた。
「よかった、その話ならば私が聞くのが適任だったな。とはいえ、ナマエに任せきりになってしまって申し訳ないとは思っているんだが……」
「ああ、いえ。アーサー様にお任せいただいた大役ですし、もともと資料を集め精査しというのは私の好きな作業ですから、作業自体は苦ではないのですが……」
 建前ではなく本心からそう答えたが、語尾はどうにもはっきりとせず、有耶無耶になって滲んだ。アーサーは耳ざとく、表情をわずかに引き締める。
 逡巡ののち、ナマエはおそるおそるとアーサーに尋ねた。
「アーサー様は、オズ様がかつて世界征服を成さんとしたという伝説について、いかがお考えですか……?」
 途端に、アーサーの表情に隠しがたい険が宿ったことにナマエは気付く。アーサーにとってのオズは魔法の師匠であり、養父のようなものでもあるのだ。このような不躾な問いがアーサーの顰蹙を買いかねないことくらいは、ナマエにも容易く想像がついていた。
 ナマエとて、こんなことを聞きたくて聞いたわけではない。ただ、悩みを打ち明けるにあたっては、主君であり伝記編纂事業の依頼主でもあるアーサーがどのようにその点について考えているのかを、はっきりさせておかねばならなかった。
「その話か。私はもちろん、そんなことはあり得ないと思っている」
 きわめて理知的に、よく律された声音で、アーサーは答えた。
 あたかもそれ以外の答えなど、この世の何処にも存在しえないとでも言うように。
 主君からの断固としたいらえに、ナマエは悄然と視線を下げた。聞かねばならぬことを聞いたはずなのに、何故だか自分が果てしなく愚かな問いかけを口にしてしまったような、取り返しのつかないことをした気分になる。
「そう、ですよね……」
「オズ様はすべての魔法使いの手本となるような素晴らしい方だ。むやみに土地や人びとを脅かしたり、社会を壊乱させたりなど、なさるはずがない」
 しかし、と。アーサーはそこで、困惑したように眉を下げてナマエに問うた。
「その件について悩んでいたということは、ナマエはオズ様が世界征服をなさったという伝説が事実かもしれないと、そう思っているのか?」
「いえ、そういうわけではないのです。私もこの数か月オズ様から幾度となくお話を聞かせていただきました。オズ様の人となりについても、アーサー様には及ばずながらもある程度は分かってきたのではないかと、そう思っているのですが……」
 そう思っているからこそ、悩んでいるのだ。ナマエはただでさえ悄然としていた表情をさらに暗くして、申し訳なさげに肩を丸めて嘆息した。
 執務室の中はほどよく温まり、紅茶と茶菓子の甘いにおいがテーブルの周りを満たしている。それなのに、ナマエの心はどんよりと暗く、重たい。
「アーサー様。五百年ほど昔のオズ様が、フィガロ様とともに世界中を旅されていたということは、事実なのだと思います。集めた資料に疑う余地はありませんし、オズ様からお伺いしたお話とも合致しておりますから。ただ──」
 アーサーの顔色を窺うように、ナマエはそろりとアーサーに視線を送った。
「その行動の経路と時期が、オズ様の世界征服しかけていたという伝説と、ぴたりと重なってしまうのです」
 まるで心の中に沈んだ鉛を吐き出すように、ナマエは一息にそう吐き出して、それから今日一番の深い溜息を吐いた。
 ナマエとてオズとの度重なる面会を経て、オズのことを多少は理解しつつある。オズに優しさを見出しているのと同じだけ、オズが優しいばかりの魔法使いでないことも知っている。
 多少世間に擦れていないところがあるのは否めないし、何でも魔法で片づけようとする癖があることも知っている。北の魔法使いとして相応の荒々しさや冷淡さも持ち合わせてはいるのだろうことも理解している。
 だからといって人々の営みを、長きにわたり栄えた自然を、何の躊躇もなく蹂躙するような非道な真似をオズはけしてしないはずだ。少なくとも、ナマエが知り合ったオズという魔法使いは、そのようなことはしない。
 それに史実を紐解けば、大陸を分かつ五つの国が完全に征服されたことなど一度もないのだ。オズほどの魔法使いが世界征服を成さんとしたとき、果たして大義も野望もないままにただいたずらに人々を甚振り、挙句途中で放り出したりなどするだろうか。それではまるきり筋が通らないのではないか。
 しかし、現存しナマエの手元に渡る資料はことごとく、オズが世界征服に挑んだ伝説を裏付けている。オズの潔白を信じて調べれば調べるほどに、その疑念は日に日に膨らんでいく。今や資料に目を通すことすら、ナマエにとって気落ちする行為と成り果てていた。
 資料や文献を正しく読み解くこと、そこに記された事実をけして歪めないことは、代々文官を生業としてきた家系に生まれたナマエにとって当然守るべき法のようなものだ。このままでは、その在り方とオズへの信頼がぶつかってしまう。どちらかを折らねばならない日が、遠からずきっとやってくる。
 そうなったときナマエは自分がどうすべきか、未だ決めかねている。無心にオズを信じられるほどには、ナマエはオズを知っていない。
 そのようなことを、ナマエは苦し気に、訥々とアーサーに説明した。オズとの付き合いの長さも深さも、アーサーはナマエとは比較にならないほど深い。当然、アーサーは自分の信じるオズの姿を信じているのだろう。
 一方で、アーサーはけして愚かではない。文献の重要性も、ナマエの言葉の意味──悩みの根深さも、アーサーには正しく理解できてしまう。
「それは、……私はその資料とやらを見ていないから、はっきりしたことは言えないが……オズ様ほどの偉大な魔法使いが動かれれば、そうした話が発生することもあるんじゃないだろうか?」
 尋ねるアーサーの声も、気付けば随分と暗くなっていた。ナマエはゆるりと首を横に振る。
「私もそれは考えたのです。ですから、これ以上資料だけでは埒が明かないというところまで調べてから、それとなくオズ様にお話を伺いに行きました」
「それで、オズ様は何と」
「言葉を濁され、追い返されました……」
 そしてその対応こそが、ナマエの悩みの決定打となったのだった。
 たとえ文献に何と記されていようとも、ひと言オズが否定をしてくれていたのなら──それがたとえ文献と矛盾していたところで、ナマエはきっとこれほど頭を抱えることにはならなかっただろう。それどころか一層熱心に資料を集め、どうにかしてオズの身の潔白を明かそうとしたに違いない。
 しかしオズからの否定の言葉はなく、それどころか碌に言葉も交わさぬうちに追い返されてしまったのだ。ここまでオズとそれなりにうまく信頼関係を築いてきた、友好的にやってきた自負があっただけに、オズの取り付く島もない対応は随分と堪えた。
「もちろん、オズ様が根も葉もない悪評に御不快を示され、そのうえ私がそうした話の事実確認などと無礼なことをしたせいで追い返されたと、そう考えるのが自然だと思います。誰だってくだらない悪評を蒸し返されれば、嫌な気分にはなるものですから」
 ナマエ自身、そうした経験は身に覚えがある。だから、オズの気持ちが分からないわけではない。いや、いっそオズがナマエの無礼に腹を立てただけなのだと、そうであってほしいと願ってすらいる。
「オズ様についての伝記ではありますが、元々オズ様はそれほどご自身の評価や評判をお気になさる方ではありませんでしょう。ですから、伝記編纂の作業を続けていくにしても、オズ様に御不快を強いてまで事実を確認するというのも」
「そうだな。それは私にとっても本意ではないよ」
 苦い声で、アーサーが応じた。伝記編纂を命じた責任者であるだけに、アーサーもいろいろと思うところがあるのだろう。臣下であるナマエの苦労をかけるのと、大恩あるオズに迷惑を掛けるのでは話がまったく違う。
 やがてアーサーは、ひとつ大きく息を吐いてから言った。
「分かった。ひとまず、その五百年前については作業を後回しにするということでどうだろうか。不確かな情報を記載することはできないだろう。それでは万が一のとき、編纂を担ったナマエの名にも傷がつく」
「いえ、そのことはお気になさらず……というより、オズ様の御名誉が守られれば、それで」
「そういうわけにはいかないよ。ミョウジ家は名家だ。家名に疵をつけては面目が立たない」
 そう言われてしまえば、ナマエもそれ以上食い下がるわけにはいかなかった。自分の家の家名はともかくとしても、この国の王子であるアーサーの面目を潰すわけにはいかない。オズの伝記が世に出れば、当然その編纂を命じたアーサーの名も同時に出回るのだから。
 ナマエが小さく、「ではそのように」と会話を結んだ。
 事態は何一つ改善していないが、問題を棚上げにしたことで何となく本題が片付いた気分になる。ナマエの心も、多少はすっきりと片付いた。そもそもナマエは臣下の身に過ぎないのだ。自分であれこれ考え悩むのは楽しいが、アーサーの指示に従う方が気が楽なことには違いない。
 アーサーも表情をゆるめ、紅茶のカップに口をつける。入室した時には湯気を立てていた紅茶は、今ではすっかりぬるくなってしまっている。
 ともあれ、やっと場の空気が寛いだところで、不意にアーサーが「それにしても」と切り出した。
「ナマエは随分とオズ様を慕っているんだな」
「それは……あの、はい」
 アーサーに笑顔を向けられて、ナマエは何処か気恥ずかしさを覚えながら頷いた。以前カインにも似たようなことを言われたが、カインに言われるのとアーサーに言われるのとでは、どういうわけだか微妙に言葉の雰囲気が変わる。どちらも余計な含みがないのは共通しているはずなのに。
 ──ああ、そうか。アーサー様はカインよりも、家族に近いところにいるから……。
 ふとそのことに気付き、ナマエは苦笑した。ナマエにとってのアーサーは比肩する者なき主だが、それと同時にアーサーがこの城に戻ってきた頃から知っている弟のようでもある。友人であるカインと比べ、弟のようなアーサーにこのような話をするのどうしたって気恥ずかしさが先に立つ。
 と、そこまで思考が進んだところで、ナマエは内心で首を傾げた。
 ──オズ様のお人柄を好ましいと思っているだけなのに、どうして気恥ずかしさを感じるのかしら。
 ナマエにとってのオズはあくまで職務の範囲を出ない中での、よき知人であり、偉大な魔法使いの知り合いだ。そのオズの話をするだけで、何を気恥ずかしく思うことがあるのか。
 そんなナマエの心中を読んだかのように、アーサーが笑顔で小首を傾げる。
「どうしてそんな顔をするんだ? オズ様ほど素晴らしい魔法使いのおそばにいれば、誰でも慕うのは当然のことだろう」
「たしかに……」
 アーサーの言うとおりだ。ナマエはしみじみと、深く頷いた。何も気恥ずかしさを覚えることなどないのだ。オズは偉大な魔法使いなのだから、慕わしく思うのは当然のことに違いない。その感情の揺れ動きのなかには、不審なことも不思議なことも何ら存在していない──はずだ。
 ナマエは心の中でそっと、目の前のアーサーに頭を下げた。アーサーはいつでも、ナマエの眼前に正しい道筋をつけてくれる。いずれ主君がオズのように偉大な魔法使いになるに違いないと思うだけで、ナマエはひそかに誇らしい気分になる。
「しかしナマエとオズ様が親しくなるのは嬉しいが、ふたりだけでどんどん仲良くされるとなんだか仲間外れにされているような気分になる。そうだ、今度三人で食事でもしよう」
 アーサーは屈託なく笑って、さも名案だとでも言うようにナマエを誘う。そうしていると未来の偉大な魔法使いは、たちまちナマエのよく知る若く美しい王子になってしまうから不思議だ。
 ナマエはわざと、にやりと笑ってアーサーを見た。
「よろしいのですか? アーサー様こそ、オズ様とおふたりでお過ごしになられたいのでは」
「私はいいんだ。任務になれば一緒に遠出をすることもあるし、何より魔法舎で毎日のように会えるのだから」
「たしかに、それではオズ様がお許しくださったあかつきには、是非三人で食事をいたしましょう」
「そうしよう。ナマエとオズ様がどのような話をしているのか、是非一度そばで見てみたいと思っていたのだ。そういえば以前カインが、オズ様とは時々一緒に酒を飲む仲なのだと言っていた。私もはやく成人して仲間に入れてほしいよ」
「オズ様といただくお酒は美味しかったですよ」
「どうしてそんなことを言うんだ……。羨ましい……」

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