うりふたつの影が躍る

 年末の間は何かとばたついていた利吉も、年が明けた頃になるとようやく仕事にひと段落ついた。元々しばらくは忙しくなると名前には伝えてあり、また名前からも年明けからは実習があるので学内にはいないかもしれないと聞かされている。
 年明け、年始の挨拶をかねて久しぶりに利吉が忍術学園の門をくぐると、やはり名前は不在であった。もしも自分が不在の間に利吉が来たら渡してくれ、と小松田ではなく伝蔵に預けてあった名前からの文を受け取り、利吉は伝蔵の洗濯ものを抱え忍術学園を出る。
 利吉も伝蔵も、結局年末に帰省することはかなわなかった。今の伝蔵の立て込んだ様子からして、伝蔵が帰省できるのはまだまだ先の事だろう。対する利吉は次の仕事まで少し間がある。夏以来顔を出していなかった実家に、自分ひとりだけでも帰るつもりだった。
 帰る間際、利吉はふと伝蔵に尋ねた。
「ちなみに、名前は私のことを何か言っていましたか?」
 その質問に対する伝蔵の答えは、声より先にあらわれた嫌そうな顔が克明に語っている。
「別に。ただこの文を渡せと言われただけで、それ以外は特に何も言っておらんかったぞ」
「いやいや、何も言ってないということはないでしょう」
「その自信は何処から来るんだ」
 こと女のことに関しては、伝蔵も伝蔵だが利吉も利吉である。仕事に感けて放っておく割に、放っておかれた方の女が恋しく思っていてくれないと面白くないのだ。
 しかし今回に関していえば、伝蔵はまったく嘘はついていなかった。
 実習に発つ前に浮ついたことを言っていられないということももちろんあるが、名前はただ文を託した以外には、余計なことは何一つ言っていかなかった。たまたまその時在室していた伝蔵と同室の半助も、
「今のって利吉くんと恋仲の名前ですよね? それにしては利吉くんの話をするときでも随分と落ち着いてますねえ。もしかして利吉くん、何かしたんですか?」
 と、後から首を傾げたほどのそっけなさである。
「まぁ思いあたる節があるとすれば、名前がよく面倒を見ていた後輩が、家の事情で予定より早く退学したのが先月のことだ。それで名前も随分気落ちしていたように見えたから、お前のことなんぞ考えてる余裕もなかったんじゃないのか」
「後輩が退学、ですか」
「同室のな。たしか四年の、松と言ったか」
「ああ、あの子ですか」
 同室と言われ、利吉も顔を思い出した。名前とは雰囲気の違う、もっとしっかりした娘だった。武家の娘というと男勝りで豪胆か、箱入り娘の姫御前かの大体ふた通りに分かれる、というのが利吉の持論だが、それでいくと松は間違いなく前者だろう。男勝りで、そのくせ自分の女としての魅力をよくよく把握している。相手に回すには何かと厄介なタイプの娘だった。
 伝蔵は名前がよく面倒を見ていたと言ったが、利吉に言わせてみれば何かと鈍くさいところのある名前の方が、松から面倒を見られていたように思う。いずれにせよ、ふたりが学年の差も感じさせず姉妹のように仲良くしていたことは、利吉も記憶していた。
 利吉が名前を訪れた際には、時折空気を読んでわざと席を外してくれたりもしたので、利吉も密かにそのうち礼を言わねばと思っていたところだったのだが。
 ──しかし、そうか。あの娘が。
 家の事情というのは、十中八九縁談話だろう。あのくらいの年の娘ならばそういう話が出てもおかしくはない。仮に経済的な事情でやむを得ずということならば、人買にでも売りに出すのならともかく、後期の授業料を払っている分、年度末まで衣食を保証された忍術学園に娘を置いておくのが道理である。
 であれば、急なことではあるものの、けして胸を痛めるような事情での退学ではなかったのだろうと推察できる。一時気落ちすることはあったとしても、そう引きずるようなことでもなさそうだ。
「名前も五年だ。ほかのくノたまを送るのには慣れているだろうから、まあ実習から戻ってくる頃には存外けろりとしているかもしれんな」
 付け加えられた伝蔵の言葉に、利吉は頷いた。
「はい、そうだといいのですが」
 そんな会話を交わし、それから母への伝言をいくつか預かった後、利吉はようやく忍術学園を後にした。

 忍術学園を出たその足で、利吉はそのまま実家へ戻ることにした。ひとりで年越しをした母の怒りが幾ばくかなど、想像もしたくない。もはや利吉にできることといえば、一刻も早く帰って母の期限をとることだけだった。
 氷ノ山に帰る道中、利吉は伝蔵から受け取った文を取り出し、風で飛ばされないようよく気を付けながらそっと開いた。
 冬の日は暮れるのが早い。伝蔵のもとに顔を出したのが昼過ぎだったはずなのに、すでに太陽は山の向こうへと隠れ始めている。これ以上遅くなると、宿につくまで文を読むことができなくなりそうだった。
 利吉が名前から文を受け取るのはこれがはじめてのことだ。同様に、利吉から名前に文を送ったこともない。
 利吉が名前に会えない期間というのは、大抵は忍務で身元を隠して潜伏している。それなのに文の遣り取りなどすれば、そこから尻尾を掴まれないとも限らない。お互いそのことは承知しているので、会えない期間にまったくの音信不通の状態となっていても名前から不満の声が上がることもない。
 ──しかしたまには、こうして手元に残るものを遣り取りするのもいいかもしれない。
 何とも呑気なことを考えて、ついでに家についたら名前への返信でも書こうかなどと考えながら利吉は文面に視線を落とした。
 そこにはけして流麗とまでは言わないまでも、ひととおり書道も授業で習ったのだろうな、というような、それなりに整った文字がつらつらと連なっている。その文字が名前の人となりを表しているようで、利吉は思わず笑いをかみ殺す。
 手紙は冒頭の年始の挨拶から始まり、次いで短い用件と、それから利吉の体調を気遣う言葉で〆られていた。思わず、利吉はずるりと足を滑らせる。一か月ぶりに得た恋人とのかすかな繋がりは、何とも味気ないものだった。
 ──いや、まあたしかに父上に一度預けているわけだから、万が一のことを考えて熱烈な内容は省略したとも考えられるけれど。
 しかしながら、先ほど伝蔵から伝え聞いた話を考えれば、必ずしもそうした意図であえてそっけない内容にしたわけではないのだろうことは、容易に想像がついた。
 あくまでも利吉の推察だが、名前はきっと、周囲が思っている以上に松の退学に動揺している。だから文の内容にまで気を回す余裕がなかった──そう考えるのが自然だ。
 ──可愛がっていた仲のいい後輩ということもあるんだろうけど、今は何せ時期が悪い。
 名前は今、くノ一の道を進む未来と、そうではない未来との間で揺れている。名前からはっきりと明言されたわけではないものの、名前に視線を注ぐ利吉には名前が何で悩んでいるのか、大方の察しがついていた。こういう時、忍びの仕事で培った観察眼は非情でもある。
 ──私が名前を悩ませているんだろうことは分かっている。そこに後輩が縁づくことを理由に退学となれば、名前が思い悩まないはずがない。
 しかし利吉が悩みの根源にいる以上、利吉から何を言うこともできない。今の名前の状態を考えれば、利吉の無責任なひとことでうっかり進路を決めてしまいかねないだろう。そしてきっと、名前はその未来の先でたとえ不幸が口を開けていたとしても、それで利吉を責めることはない。
 ──ままならないなあ、色々と。
 ぼんやり考えると、腹の底でどんより澱んだ空気を溜息にして吐き出した。目の前の空気が白く浮かび、そして散っていく。
 日暮れが近づき冷え込みが厳しくなってきたことに気付いた利吉は、己を庇うようにして腕を抱くと、今日の宿である旅籠に向けて足を速めた。

 ◆

 一方その頃、実習中の名前はといえば、朝方干した洗濯ものが湿気ってしまう前に取り込まねばならないために、てんてこまいの大慌てで実習先の城の中庭を走っていた。
 女中に扮した名前の格好は、自前の小袖に一律揃いで支給される簡単な袴だけという、この寒空の下ではいかにも寒そうな簡素な装いである。だがここに来てからというもの、名前は一日中走り回っている日がほとんどだった。今日も額にはじんわりと汗が滲んでいる。
 こういうとき、実家がただの農家だった名前にとっては下働きの仕事内容がそう苦にはならない。忍術学園に入学するより前から、名前はすでに身の回りのことだけではなくそれなりの人数分の洗濯や飯炊きをすることに慣れていた。おまけに山奥育ちとあって、寒さにはめっぽう強い。
 ──こういうところは庶民の出の方が得意なところだわ。
 そんなことを考えながら、名前は手早く洗濯物の回収に取り掛かった。

 今回の実習の概要はこうだ。
 まず、名前は事前に指示された城中へ、下働きの娘として潜入する。そこで下働きの娘としての立ち居振る舞いや仕事のやり方を叩きこまれつつ、同時に、そして実際にはこちらこそが大本命なのだが、城主が大切にしている犬の前掛けを奪う──これが名前に課せられた実習の内容だった。
 まだ五年生のくノたまの、それもはじめての長期実習である。そのためいきなり危険な実習先に送り込まれることはなく、名前が実習で忍術学園よりはるばる潜り込んできているということを知っている者も、城の内部には数名だが存在する。事実上の実習教官の立場でもあるそれらの人間は、実習後に山本シナ先生に名前の実習ぶりを報告する役割を任されていた。
 事情を知っているのは当然ながら潜入先の城主とその側近数名、それから下働きの娘たちを統括する立場にある女中頭のみだ。お犬様の前掛けは基本的には城主につく小姓が手ずから洗濯をしているので、名前のような下女中の立場では触れることすらない。そこをどうにかするのが此度の実習のメインなのだった。方法は実習生である名前に一任されている。
 忍たまの上級生たちと比較すると、些か以上に見劣りする実習内容と言わざるをえない。事実、実習の内容を理由にくノたまを侮る忍たまもいないわけではない。しかしそこは山本シナ先生が組んだ実習であるから、当然のことながらくノ一としての働きに即した、無駄のない実習内容となっている。忍たまの実習のような派手さや荒々しさはないものの、逆に言えば、事を荒立てずに淡々と求められた品や情報を入手する手腕を求められている分、創意工夫が求められるともいえる。
 名前の場合、下働きとしての働きについては特に目新しいものではない。この城の中での独自の決まりなどは覚える必要があるものの、それ以外のことは一通り身に着けている。
 ──だから目下の懸案事項はといえば……。
 と、名前が取り込んだ洗濯物を抱え、思案しながらよたよたと歩いていた時。
「みつ!」
 ふと名前の背後から、少年の朗らかな声が勢いよく飛んできた。その声に呼ばれてくるりと振り向くと、名前は──いや、みつは、とびきりの笑顔をそこに立つ少年へと向ける。
「与次郎さま!」
 名前に与次郎と呼ばれた少年は、さま付けされてはいるものの特に偉ぶる様子もなく、名前の笑顔ににかりと歯を見せ笑った。ずんずんと大きな歩幅で歩いてくると、あっと言う間に名前のすぐそばまでやってくる。背丈は名前よりも少し大きいくらいだが、浅黒い肌とがっしりとした体格のためか、名前よりもずっと大きく逞しく見えた。
「洗濯物か。ひとりで運ぶにはちと量が多すぎやしないか?」
 名前の抱えた手ぬぐいや頭巾の山を一瞥し、弥次郎は呆れたように言う。そういう顔をすると年齢以上に大人びて見えるのを、自分で分かってやっているのだ。
 洗濯物の山を抱えているせいで視界がふさがれている名前は、首を傾げるようにして、ひょこりと洗濯物の横から弥次郎を覗いて笑った。
「いえいえ、これでも腕力には自信がありますから。このくらいの洗濯物、わたしひとりで如何とでもできますよ」
「いや、抱えておさまる量じゃないだろう。ほら、手拭いがひとつ今にも落ちそうじゃないか」
 そう言って、弥次郎は今まさに山が崩れそうになっていた部分を直すと、そのまま洗濯物の山の半分以上をよいこらせ、と取り上げた。
「私も少し持とう。どこまで運べばいいんだ?」
 その申し出はありがたくもあったが、しかし下女中の仕事を弥次郎に任せるわけにもいかない。名前は慌てて両手を振る──振ろうとして、両手が塞がっていることに気づき、かわりにぶんぶんとかぶりを振った。
「い、いえ、弥次郎さまにそのようなことをさせるわけにはまいりません!」
「よいのだ。殿から言われて手伝いにきてるんだから」
 そうして弥次郎は視線を自身の背後に向ける。つられて名前もそちらへ視線を向けると、この城の城主が遠目でも分かるくらいに鷹揚に笑って手を振っていた。傍らには目下寵愛をそそぐ対象であるくだんの愛犬を侍らせており、そうしているととても一国一城の主とは思えない気さくさである。
 しかしあれでも、たしかに一国一城の主である。恰幅のいい腹をなでている様などは、とても戦で現在の領地を獲得した武士とは思えないが──それでも、たとえ領民から「城の外に出ちまえば威厳も何もあったもんじゃない」などと言われようとも、彼は紛うことなく一国一城の主なのだった。
 名前は城主からの笑顔に応え、ぺこりと大きく頭を下げた。その妙な遣り取りを見て、弥次郎がまた溜息をつく。
「まったく、殿の優しさに感謝しろよ」
「はい。ありがとうございます、弥次郎さま」
「ばか、私ではなく殿に感謝しろと言っている」
「殿には頭を下げましたので。それに、わたしのような下働きが殿に直接お声を掛けるわけにもまいりませんでしょう」
「それはまあ……うむ、そうか」
 名前の言い分に納得したらしい弥次郎は一瞬おかしな顔をして、それから鼻を鳴らして続けた。
「ともかく行くぞ。で、どこへ」
「えっと、これは西の丸の御殿へ」
 そうして名前と弥次郎は、ふたり並んで西の丸へと向かった。その後ろ姿を好々爺とその愛犬が、何ともほほえまし気な視線で見送っていたことは知る由もない。

 ◆

 今回の実習において、名前は「みつ」と名乗っている。団子屋で通していたのと同じ名前を使っているのは、咄嗟のときに反応が鈍らないようにするためだ。
 年末年始の慌ただしさに乗じる形での潜入となったため、年が明けて暫くの現在、名前はすでに実習を始めて三週目にあたる。実習の期限は丸ひと月。そろそろ佳境という頃だった。
 最初の一週間である程度城の仕事を覚えると、次に名前は、暇を見ては小姓に声をかけるようにした。この小姓というのが、先ほど名前に声を掛けてきた弥次郎という少年である。
 弥次郎は武家の出であるものの、五年ほど前に両親を亡くし、路頭に迷いかけていたところを今の城主に拾われた。今年で十五歳と、名前との年も近い。
 主君には衆道の趣味はなく、また弥次郎自身も年齢相応に女に興味を持っている。となれば、名前が犬の前掛けを奪うための取っ掛かりに弥次郎を選ぶことにしたのは、まったく当然の自然の流れだった。忍務の対象の周囲で、もっとも絆しやすそうな相手から攻め入るのは忍びの術の定石である。
 名前はまた、本来名前に割り振られた女中としての仕事以外にも、積極的に城内での繕い物の仕事を請け負った。そしてその姿が極力弥次郎の目に留まるようにし、あくまでもわざとらしくない程度に、実際に弥次郎の前で自分の袴のほつれを修繕してみせたりもした。
「みつは繕いものが得意なのか」
 ちくちくと針を刺す名前の手元をしげしげ見つめ、弥次郎は感心したように言った。その問いに対する答えはすでに決めてあったので、
「はい、何せ実家ではきょうだいが多かったものですから、妹や弟たちの着物や小物を直すのはいつも私の仕事でした」
 と、名前は流れるように台詞を口にする。
 本当のところは名前は末っ子であり、妹や弟の着物を直したことなど一度もない。しかし昔から手先は器用だったし、くノ一教室の後輩に繕い物を指南することもある。けして付け焼刃の技術というわけでもなかった。
 弥次郎は、その人のよさげな瞳をきらめかせ、しかしすぐ、取り繕ったような訳知り顔で頷いた。
「そうなのか。まあ女子には必要な心得だしな」
「はい。ですからもし弥次郎さまも何か繕いなおすものがおありでしたら、何なりとお声がけくださいね」
「ふむ」
 傍目に見れば年若い男女の何気ない会話に見えるだろう。しかし実際には、そこにはすでに名前の策が入念に張り巡らされていた。
 今回のこの程度の実習で、名前は自身の「女」を使うつもりはなかった。もちろん男女の仲になることをこの目的に小姓に近づきはするものの、だからといって身体の関係を持たねばならないというものでもないだろう。多少惑わせ油断させる程度で、けして深い仲になるつもりもない。
 特にこの小姓はよく目端が利き、主人の機嫌をとることだけではなく、武家のものにしては珍しく女中に対しても等しく気を配った。だから多少親しくなったからといって、名前は弥次郎からいきなり乱暴なことをされるかもしれないというような心配は、ほとんどしてはいなかった。
 人のよさに付けこむような真似に多少罪悪感を抱きはしたものの、そこはそこ、実習なのだと割り切って騙すしかないし、弥次郎にはうっかりと騙されてもらうしかない。
 そんなふうにして弥次郎と距離を詰めつつ着々と実習を進めていた名前だったが、事態が動いたのは、四週目に差し掛かろうという、ある夜だった。
 城内を歩き回り「あるもの」を集めていた名前には、夜間にひとりになる時間が欲しい。ゆえにその日も自らすすんで最後の後片付けをしている名前のもとを、その晩唐突に弥次郎が訪ねてきたのだ。
 手にしていた布巾を流し台に置き、名前は勝手口に立つ弥次郎のもとへと駆け寄る。すでに夜はだいぶ深まっており、弥次郎の表情もぼんやりと半分ほど夜闇に隠れていた。ただでさえ色黒の弥次郎は、夜闇と同化するように立っている。それでも、何か良からぬことは起こって已むにやまれず名前を訪ねてきたのだろうということが分かる程度には、弥次郎の目は困り果て、意気消沈していた。
「弥次郎さま、こんなお時間にいかがされたんです。もうお休みになられている頃では?」
 さも驚いたような口ぶりで名前は尋ねる。
 家臣は皆城外にそれぞれ居を構えているが、ごく一部の側近と、小姓の弥次郎だけはこの城内で生活している。名前たち女中に割り振られた部屋とは建物を別としているものの、同じ城内で生活をしているのだから弥次郎の生活ぶりについては名前も大体察している。
 名前に問われ、弥次郎は「ああ、うん」と、心ここにあらずな返事をした。
「殿からも、今日はもう下がってよいと言われている」
「それでしたらどうして」
「みつ、おまえ繕い物が得意だと言っていたな。それならば私の頼みをひとつ、聞いてはもらえないだろうか」
 意を決したような物言いに、名前は静かに目をきらめかせる。そうして弥次郎を待たせたまま手早く片付けを済ませると、名前もまた、物々し気に返事をした。
「お聞きしましょう」


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