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私は看護師という道を自分から選んだ。
周囲からはひどい反対を受けて、それらを無視してまで、だ。
『家の事情があるからって、何も看護師になんてならなくたっていいでしょう?』と言った伯母とは、連絡手段を切った。
『看護師なんて体力勝負の仕事だろうが。運動も苦手なお前にどこまで通用すると思ってるんだ』と言った伯父には、もれなくビンタをプレゼントした。
私が決めた道だ。私以外に進む人間なんて認めたくなかった。
だったら最後までとことん突き進んでやろうと思う。自分の気が住むところまで突き進んで、歩いて、時には全力で走ってやろうと。
けれど、障害があるようであれば自分の手で振りほどいてやろう。
「私は自分で医療従事者になろうと思ったんです。だったらうやむやで心がすっきりしないところで長々とずるずる引きずりながら働くよりかは、本音をがんがんぶつけて、精神的に働きやすいところで仕事をしていくのが得策だと思いまして」
きっと下田先生だったら「それぐらいの情報は自分で掴むものだ」と、相手にすらしてくれない。やもめ先生であれば門前払いだ。あの二人は情報通だから。
「……本当に何もないよ」
お弁当に入っていたおにぎりを食べながら源さんが言った。
「やもめ先生は常勤医で大の子供好き。再婚する気ゼロで、今はお子さんにメロメロ。携帯の待ち受けだって自分のお子さんだよ。今度言ってみなよ、携帯電話の待ち受け見せてくださいって。きっとでれでれになりながら見せてくれるよ。私は私で普通に彼氏なしの低学歴看護師。医者との結婚なんて真っ平御免だよ」
新人時代にはよくやもめ先生との交際疑惑が浮上していた、と言いながら残りのおにぎりを食べる源さん。
「…………どうして再婚する気がないとご存じなんですか?」
「考えたらわかると思うよ。亡くなった嫁さん以外に良い女性なんて、この世にはいないって小一時間近くデレながら言う人が、新しく女性を見つけて再婚します、なんて言うと思うかな? 自分の子供は世界一可愛いってにやけながら言う人が、再婚だなんだって出来ると思う? 少なくとも私は無理だと思うけれど」
四つ目のおにぎりを食べる源さんに、わたしはもう何も言えなかった。源さん、細いのによく食べるなとか、そのお弁当箱の横に置いてある五つのタッパーは一体誰が食べたんですかとか、どうでもよかった。
「申し訳ございませんでした」
私は、とんでもない馬鹿野郎だったらしい。
立花先生から強引に書類を取り上げられ、軽いお説教を終了し、ようやくお昼ご飯として、六つ目のお弁当箱を食べ終わろうとしていた時、城紀さんが急に頭を下げてきた。
「申し訳ございませんでした」
いつもはもう一つ多いのだけれど、今日は寝坊をしてしまったから量が少ない。だから合計で六個のお弁当箱しかない。友人たちは「お前の胃袋はブラックホールかなにか」といわれるけれど、そんなことない。体力と知識量が勝負の看護師という仕事で、逆にこれだけのご飯を食べなければ、私の後半戦は途中退場という形で倒れこんでしまう。
「わたしは、源先輩とやもめ先生が交際をしていると思って、桜庭さんといっしょになって先輩と先生が交際をしていると、言いふらす手伝いをしていました。なのに」
かすかに震える肩が彼女は決して嘘を言っているわけではないと、すぐに分かった。
「別にいいよ、それぐらい。慣れてるし」
勢いよく頭を上げてきた城紀さん。
「別に言いふらしたとか、やもめ先生に迷惑かかってなければどうだっていいよ。それで誰かの命を落としたとかじゃないんでしょう? だったら大したことじゃないじゃん。むしろ前に比べたらまだましでしょ。勝手に言いふらされて加工画像作るまでは許容範囲内だけれど、だからどんな男でも相手にしてくれるって襲ってくる馬鹿もいたぐらいだし」
呆然とする城紀さん。別に嘘のことを言っているわけではないんだから、との言葉は、表に出さないほうがいいのだろうか?
仕事に戻ったほうがいいと思うよ、と催促を促せば、はっと何かに気がついたようにぱたぱたとどこかへ戻って行った。お弁当箱の中に入っている最後の卵焼きを食べようとして、ふと彼女の言葉を思い出した。
同時に、麻友子ちゃんたちの言葉が脳裏に浮かんだ。
「…………まさかね」
嫌な予感が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
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