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 三回目の急患要請だった。
 「近くの工場で爆発があったみたいなんです!」と言ってきた麻友子ちゃんに、私の頭が爆発するかと思った。ふらりと後ろに倒れそうになったオニナガ。きっと「また工場で爆発とか、管理者はどう管理をしているのか」とでも思ったのだろう。私でも思ったこと。
 「なんで今日に限ってこんなに来るのよ、小児科の先生たちにも手伝ってもらわないと」
 こめかみをおさえながら言ったのはオニナガ。さすがに限界が来ているよう。
 「でも、手伝ってくれますかね?」と言ったのは私。
 以前、似たようなことがった。人数が少なくて人手が足らなくて、小児科の先生に要請を出したことがあった。
 『自分ら専門外です。あなたたち専門の分野でしょうが。あなたたちで処理をしてください』
 こういって仮眠室に戻って行ったのは、現在六番館で仮眠中の、小児科の先生。オニナガも、このことを思い出したのか、首をひねり、けれど患者さんは待ってくれなかった。
 「重傷者三名、軽症者五名です! お願いしますっ!」
 怒涛と言わんばかりに運ばれてきた人数を見て、血の気が引いた。現在集中治療室は満席。さらに手術室にオペ室は夜勤の先生たちが使用中。その中に本日夜勤の先生たちが全員入っている。詰まる話が、私とオニナガ、さらには麻友子ちゃんと新人お医者さん数名で治療をしなければならない。ちらりとオニナガを見れば、さすがに引きつっていた。
 「麻友子ちゃん、悪いけど」
 『六番館の先生をたたき起こしてきて』と言おうとした時だった。
 「源先輩、すぐに輸血の準備をできるようにしてください。この人たち、腹部に怪我もされているとのことです。軽症者の方が言ってました、自分をかばったのだと。被害にあわれた方々が勤めていた工場では鉄鋼を扱っていたらしく、その鋼材が直接腹部や胸部に直撃したとのことです。重傷者の方々の血液型はマイナスBです。大至急で輸血の準備をお願いします」
 すっと手を出してきたのは、帰っていたはずの城紀さんだった。帰宅してからこっちに来たのかはわからないけれど、薄い桃色のカーディガンに、膝が見えるかどうかぐらいの長さのスカート。加えて白のパンプスは、ヒールが高い。ざっと八センチはある。
 「えっ…………と?」
 どうしてここにいるのか、あるいはどうして勤務だとわかっていたのに帰宅したのか? 言いたいことはたくさんあった。
 けれど、
 「患者さん、殺してもいいんですか?」
 ゆっくりと振り返った城紀さんに、私はやるべきことをやらなければならないと思った。

 「申し訳ございませんでした」
 私服のままナースステーションに入り、城紀さんは言った。
 「申し訳ございませんでした、でなんとかなる話だと思ってる? あなた、自分のやったことわかってるの?」
 深く頭を下げた城紀さんに、いつもよりも低い声でいたのはオニナガ。さすがだと思った。
 「申し訳ございませんでしたや、すみませんでした。これらの言葉で患者さんの命が救えるのであれば、私たちは必要ない。わたし、あなたがここに来て最初の日に行ったはずよね?」
 「はい、言われました」
 心臓が高鳴る。これからどうなるのか、彼女がどうなるのか。そして、一つ気になっていたことがあった。
 「婦長さんや夜勤の先生たちだけでなく、源先輩にまでご迷惑をおかけしたこと、本当にすみませんでした」
 再び、深く頭を下げた城紀さん。
 私だって、怒っていないわけではない。オニナガが、夜勤はほかの病人に比べて人数を少しだけ多く入れている理由が、何かあった時のためだ。特に今日なんかは、オニナガの言う「何かあった時」だったんだ。城紀さんはそれも分からず帰ってしまったんだ。怒られて当然と言えば当然だし、なによりも、言い方が悪いかもしれないけれど、怒られて自業自得ともいえる。
 「少し、良いかな?」
 すっと手を挙げて、一歩前に出る。
 「城紀さん、今日の夜勤は、自分は必要ないと思って帰ったんだよね?」
 ほんの少しだけ城紀さんの方が揺れた、ような気がした。
 「はい、何かあるわけでもないだろうし、私たちがいなくても大丈夫だろうと、桜庭さんが判断して。彼女が同じ班の人たちに『今日の夜勤はなくなった』って言ってました」
 顔色が青いことを見ると、どうやら脅迫されて「言え」と言われた様子もなかったし、なによりも「これが本当のことなんだ」と、理解できた。
 「でも、戻ってきてくれたよね? それはどうして?」
 ずっと、気がかりだった。城紀さんが本当に「今日は自分が出るまでもない」と判断した夜勤であれば、このまま次の出勤まで来ないはず。なのに、彼女はちゃんと、ではないけれど来た。
 「私、本当は桜庭さんと仲良くないんです」
 一体何の話だろうか?
 「大学こそ同じでしたけれど、高校は別々でした。大学の学部が一緒というだけの話で、学生時代でも、一度も口をきいたことなんてありませんでした。就職がここの病院だって決まってから、やっと普通に話すようになったんです。私、両親健在ですし、兄が三人に姉が一人、弟が二人なんですけど、父親がもう何年も定職についていなくて、母親は昼間はオフィスで働いてますけど、夜はコンビニで働いているような感じで。わたし、父親が学校を卒業してからずっと定職についていなくて、酷い時には半年もしないうちに職を変えたりして。そのことで苦労している母親を見て、ちゃんと収入のある職に就こうと思って看護師になったんです」
 オニナガも私も、麻友子ちゃんも、新人のお医者さんをしている若い男の子も、一体何の話なのかが分からず、ただ、「うん」としか言えなかった。
 「でも、桜庭さんが言ったんです、専門や短大、高卒の人間と一緒に仕事をしたくない。おじいちゃんやおばあちゃんがいて、おむつを替えたり、噛まれたり殴られたり、蹴られたりするのは仕事だから仕方ない。この際、こういった患者さんは仕方ないとして高卒の源さんから辞めてもらうしかないって」
 「…………へっ?」
 急なご指名だった。私は、一体何をしたのだろうか?
 「なるほどね」
 数秒後に言ったのはオニナガだった。後ろでは、何度もうなずきながら、どこかしら怒っている表情の麻友子ちゃん。
 「専門や短大、高卒の人間とは一緒に仕事をしたくはない。だから高卒の源さんから、自然と辞めてもらって、最終的には四大卒の人間だけの仕事場にしようって、桜庭さんは思った。これで正解かしら?」
 ゆっくりと頷いた城紀さんは、もう一度「申し訳ございませんでした」と、深く頭を下げた。







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