どうにも私には記憶がない。このことが分かったのは、一五の時だった。
 真っ白なカーテンと、一滴の曇りもないほどの白い壁。消毒液のにおいと、私の名前を口にし、本当に良かったと口にする大人二人。
 「あなたたち、だれ?」
 数秒後、女性は部屋を出て行った。瞳を真っ赤に腫らして。
 この人たちが私の実の両親だと男知ったのは、さらに数時間も後のことだった。

 智絵、とクラスメイトが私の名前を呼んだ。智絵、私の名前だ。学業復帰からもう二年。なんとなく、早い気がする。
 「どうしたの?」
 「悪いんだけど、ノート見せてくれる?」
 カバンの中から無言でノートを手渡す。
 彼女は下沢ちさといって、私の友人。彼女は記憶のなくなる前の私を知っている。私が記憶がなくなる原因も。私が彼女を知っているのは、私が学業を復帰させてからだけど。
 「また宿題やってないの?」
 「だって、智絵ちゃん、頭よくなったから、見せてもらえばいいかなって」
 「………それだと宿題の意味ないよ?」
 考えなくなってわかる。頭がよくなった、ということは、つまり、記憶をなくす前の私は今と比べて頭が悪く、学校の成績も決していいとは言えなかった、ということ。
 ちさは慌てて私のノートを写す。一限目の授業で、ちさは先生からご指名を受けていた。
 『次回までに必ずといておくように』
 普通、こんなことを言われて、授業五分前になってから、慌てて問題を解く人間はいないと思う。
 おそらくこれが彼女らしさ、なんだと思う。
 何も考えていなくて、逆算も苦手。計画性のかけらもなく、すぐにパニックを起こしてしまう。人見知りをするくせに、異常なまでに人懐っこい。そのくせ困っている人を無視することは出来なくて、どのつくお人よし。
 だから彼女とは、今だって友人としていられる。
 「智絵ちゃん、なんでこれが解けたの?」
 「なんでって………気合と日々の勉強の成果」
 「そういう意味じゃないよ、智絵ちゃん」
 だったらどういうこと? 
 さちちゃんは勉強をほとんどしない。主な原因はいくつかある。
 さちちゃんは弓道部所属。本人いわく、部活動でいい成績を残したい。だから多少だけれど、学業をおろそかにする、とのこと。おかげさまでさちちゃんの「部活動での成績」は軒並み上昇中。一方の学校での成績はと言うと、どのつくほどの底辺まで低下し、地面すれすれ。
 ふつうであれば、ここまで下がった自分の成績を見て、どうにかしなければと思うところを、さちちゃんは違った。
 留年さえしなければいい、新旧さえ、卒業さえできればいい。もう一年なんてどうということはない。だから弓道がしたい。
 熱い心は十分だと思うけれど、時々思ってしまう。止めなくてもいいのか、と。
 昔から、彼女はこうだったのかもしれないけれど。










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