やめてくれと訴える女と、己の状況を理解していない幼子を見る。馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
 「お前はあんまりにも多くの人間を殺しすぎた。仁義も情けも、お前には必要ない……それに、人を殺してもいいのは」
 手に握っていた愛用のピストルの引き金を引く。一発の銃声が響く。
 「殺される覚悟のある人間だけだ」
 一発で相手の息の根を止めるなんて、我ながらにではあるものの、随分と手馴れてきたものだと思う。
 ふと、幼子を見る。瞳にはたっぷりの涙。今にも零れ落ちそうだ。
 この母親から、とはとても思えないけれど、たいそうかわいがられていたのだろう。桃色のリボンで、女と同じ髪の色を上二つに結い上げている。リボンよりもさらに薄い色の桃色のワンピースは、裾の部分に白のレースをあしらっていて、彼女によく似合う。
 これを、殺せというのだろうか?

 朝の八時、目覚まし時計がけたたましい音で鳴る。もう八年はお世話になっているこの目覚まし時計だが、これからも現役で頑張ってほしい。そうでないと、朝が起きれない。じりじりと音量を最大にした目覚まし時計を、何とかして手さぐりで探す。昨夜はどこに置いただろうか? ベッド周辺にちゃんと置いたはずなのに、目覚まし時計が全く手にあたらない。
 かちっと、何かの音がした。寝ぼけていて、頭がよく回らない。
 じりじりとあれほど煩く鳴っていた音が、ぴたりとやんだ。理由はよくわからないけれど、ちょうどいいとさえ思えた。
 「二度寝は厳禁!」
 女の子の声だった。鈍い音がしたのとほぼ同時に、後頭部をひどい痛みが襲った。
 「リーダーも言っていたでしょ? 時間厳守だって。次破ったら問答無用で見習いからやり直しだって」
 リーダー、鈍い痛み、時間厳守、聞きなれた女の子の声。これらで少しは目が覚めた。
 「そうだったな、悪い」
 ゆっくりと体を起き上がらせる。
 自分は朝が苦手だ。けっして、夜間を中心とした仕事をしているから、身体が夜行性になったわけではない。ただ単純に、血圧が低すぎる。
 「おはよう、フミ」
 「おはようございます」
 ゆっくりとベッドから降りる。そうでもしないと、めまいで倒れてしまう。
 ああ、そうだった、と思い出した。何年か前にリーダーから言われていた。何度も、一月に十を超える数で朝礼を一時間過ぎても来ない。やっと来たと思ったら朝礼開始からおおよそ三時間も後にのこのこと来る自分に、もう一度遅刻でもしようものであれば見習いへ降格させると。
 よく言えばわが道しか行かない。
 悪く言えば時間にルーズすぎて、周囲が全く見えていない。
 実力こそ悪くはないけれど、あんまりにも度が過ぎているとリーダーが判断したのか、フミをつけた。
 自分はいい年をしているし、男だ。
 一方のフミは女の子で、もう少しで嫁にも行ける年齢。初めてフミと会った時に比べ、美しくも、かわいくもなってきた。
 なのに「付添人」というだけで同じ部屋。寝室も一緒の部屋。着替えるときだって、フミは顔を赤くしながら背中を向けて着替える程度で。
 リーダーも何を考えているのかが全く分からないけれど、これはフミにも言えたこと。
 なぜならフミは、
 「ほら、さっさと顔洗って、歯磨いて! リーダーから怒られちゃう!」
 僕の背中を押して、洗面所へ行かせようとするフミの姿は、かなり異常だ。
 普通であればこうも自然とふるまえるのだろうか、と考えてしまう。
 「なあ、フミ?」
 「何ですか?」
 「どうして平然としていられる? 今、自分の目の前にいる人間が、自分の親に何をしたのか、忘れたのか?」
 ぴたりと、フミの力が弱まった。当然といえば、当然の反応だ。
 「どうしてそんなことを聞くのですか?」
 フミの腕が力尽きたのか、だらしなく重力に従った。
 「当たり前だろ? だってフミの」
 『フミの母親は今目の前にいる自分が殺した』と言いかけて、言葉を閉じ込めた。もしかして、と直感が動いた。
 当時のフミの年齢は九つで、五年も前。まだ一八だった自分には理解できる内容であったとしても、当時のフミがしっかりと理解できるかどうかは、おそらく否。
 あんまりにも幼すぎて自分の立場が理解できず、今の今まで過ごしているとも考えれば、十分なほど理解できる。
 だとすれば、自分の取るべき行動は何か? 言われなくともわかっている。
 「何でもない、忘れてくれ………フミも、朝礼に遅れたらリーダーが煩いから、なるだけ早めに準備しよう?」
 寝起きの体で振り返って、フミの頭を撫でる。
 ほんの少しだけ、フミの顔が赤かった。









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