第一話 06



 「普通だったらありえないでしょ、これ」
 キサメから強引に手渡されたポーチを手に、アマネは城まで歩いていた。
 「何が問題ないよ。万が一を考えないの、あのまだおは?」
 公園から城までの距離は短い。わざわざ魔法を使って移動するまでの距離ではない。
 「そ、それでも魔王様から何かを任されるというのは、大変すばらしいことでもありますし、名誉のあることではないですか?」
 横を歩く同じ天使に、アマネは思わず眉を八の字にさせる。十を一つか二つほどしか過ぎていない、まだ幼さが十分残る彼女の意見は、確かに正しい。
 だが、問題はキサメだから、なのだ。
 「サボり常習犯のあのまだおからのお願い、ねえ」
 ポーチのチャックがしっかりと閉まっていることを確認してから、大きく振り回し始めたアマネ。
 正直どうでもいいのだ。
次期魔王やキサメからのお願い。
 彼には恩がある。返しても返せないほどの大きな恩。
 ふと、思ったのだ。
 「………そういえば、お名前をお伺いしてもいい?」
 公園を出て、ひたすら「どうしてこんなことになったのか」と小言を漏らしていたアマネは、横で時折「大変ですね」という彼女の名前を聞こうと思っていたのだが、すっかりと忘れていたのだ。
 「ハルって言います。年は一二になりました」
 「ハルちゃんね? 私はアマネって言うの。同じ天使同士、仲良くしましょう?」
 「はい、お姉ちゃん!」
 頬を赤くし、元気よく返事をする少女、ハルに、アマネは心臓を素手で掴まれたと思った。素直で明るく元気のいい女の子で、天使。まさしく地上に舞い降りた天使と言わんばかりのハルに、アマネは場所と時間をわきまえることなく、彼女に抱きついた。
 「いきなり何を!」
 「かわいい! こんな妹がほしい!」
 「い、妹、ですか?」
 顔を赤くし、何とかアマネから逃れようと思い、抵抗を続けるハルは、決して嫌ではなかった。誰かから好かれることは、決して悪いことではないはずだ。
 ただ、ここは城のすぐ近くなのだ。昼夜問わず、多くの天使と悪魔が使用するこの大通りは、魔界の首都の中でも交通量がほかの大通りと比べ、格段に多い。
 なので、アマネがポーチを振り回してからずっと、多くの目が二人に向けられていた。アマネが抱きついたことにより、さらに多くの目が向けられ、正直苦しいのと痛いのとで、一刻も早く走ってこの場から逃げ去りたかったハルは、やっとの思いで大きく息を吸い込んだ。のと、ほぼ同時に何かが地面に落ちた。
 呼吸ができると思ったハルは、もう一度深呼吸をし、どうしようと不安そうに言うアマネに目をやった。
 「どうかしたんです?」
 「さっきので割れちゃったみたい」
 一体何が、と聞くまでもなかった。ポーチのファスナーを開け、顔を真っ青にするアマネ。
 何かが落ちた。このことはわかってはいたけれど、さすがにハルも、まさか割れるとは思いもしなかった。













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