2.4



 「魔法師ってのは、何でもできるわけではないの」
 狭い洞窟内で説明するトラを前に、レイは腫れて真っ赤になった頬の痛みに我慢していた。
 「おそらく普通の人からしてみれば、魔法師イコール何でもできる、みたいなイメージを持っている人が多いのかもしれないけど、これは大きな間違い。一定のラインまでであれば、魔法を使って、人や動物の傷を癒すことが出来る。たとえ医者が限界のラインで、決して手に及ぶことのない不可能、過去のあなたのように大きな怪我をして、医学では完治は絶対に不可能と言われても、魔法師であれば可能になることだって、珍しくはない」
 右前脚を少しだけ手前へと出し、トラは静かに言った。
 「でも魔法師でも、限界はあって。例えば死者蘇生術、なんてものはあるけど、法令によってはタブーとなってるし、今だと分かる者もいないでしょう。死を寸前の者なんて、救えないわけではないけど、禁止。不老不死だなんて、絶対にやってはいけないこと。あれはいわゆるお伽話の一つだもの。それでも」
 トラは大きく一拍おいて「魔法師を目指すのよね?」と言った。当然のように首を縦に動かしたレイに、トラはゆっくりと体を起こしては、洞窟の奥へと消えた。
 「な、なにあれ?」
 首を傾げるレイは、心の中でトラについて行くべきか、もしくは、ここでじっとここで待つべきかなのかを考えていた。
数秒間考えた末に、やっぱり自分も行くべきだと、レイは判断した。長時間ではないけれど、岩の上に正座を指定たれは、少し足のしびれを感じたが、これぐらいならば大丈夫だろうと思い、立ち上がった。
 一歩だけ前へと踏み出した時に、ゆっくりと口に小さな袋を加えてきたトラを見たレイは、目を丸くした。トラは小さな袋をレイに渡すと、静かに言った。
 「最初の一月は、この飴を食べながら、特訓をするの。これは体内から無理に気を引き出す、特別な飴よ。相応の副作用が、臨床実験でもしっかりと立証されているの。普通であれば、こんなもの必要ないんだけど、あなたはおそらく必要でしょう」
 相応の副作用、の言葉に、レイはほんの一種運だけ後ろめたい気持ちになった。
なんだかんだ言っても医学部出身。薬の副作用や取り扱いに関して、知らず知らずのうちに、人一倍神経質になってしまっていたのだろう。ましてや女医としての研修中に、たった一度でも医療ミスを起こしたことがあれば、なおさら。レイは腹を括り、ぐっと拳を強く握り、「わたし、やるわ」と言った。

 飴の効果は、予想以上のものだった。学校を卒業するまでは、ピアノか医学の勉強しかしてこなかったレイにとって、最初の二日は飴を食べながらでも、どう足掻いても、自分の身体から気を引き出せずにいた。
 それが修行開始から、一週間。たった一週間で、雨を食べることなく、体内から気を引出て、自由にコントロールすることが可能となったのだ。
 「レイちゃん、あなた、才能あるかも」
 瞳を輝かせながら言うトラに、レイは「やめてくださいよ」と恥ずかしそうに言った。
 「トラさんの教え方が上手なんですよ」
 笑いながら言うレイは、ようやくといった表情で、一息ついた。一週間、本当に長かったと、心の底から思うのだ。
 手の甲には、レイが失態をしたときに、トラから受けたと思われる、生々しくも痛々しい傷が、はっきりと残っている。何気なく腕まくりをすれば見える傷に、レイはこれといって、気にとめることはなかった。もちろん、自分が失敗し、怒られた傷に、恥じらいはあるが、これ以上の失敗がないように、との定めでもあった。
 大々的に肌を晒すことに抵抗のあるレイは、傷跡が残る腕と長く細い指で、冬場であれば触れるのもためらう冷水を使って、血で汚れたタオルを洗う。レイはタオルを洗い、ふとトラの視線を感じる。はっと振り返って、まさかと思ったのだ。
 一応ここは上流水域にあたらないとは言っても、自然豊かな森林。
 「血のついたタオル、ここで洗っちゃ駄目でしたか?」
 慌てて水気を取ることなく、川からタオルを引き上げたレイに、トラは静かに「違うの」といった。
 「レイちゃん、ここに来た時に言ったわよね? 自分は魔法師に、医学では完治不可能と言われた腕を治してもらったんだって」
 悲しそうに言うトラに、レイは背を正して返事をした。
 「だったら、出来ればで良いの。その魔法師の名前とか、特徴とか、覚えてる?」
 控えめに言ったトラに、レイは唸り、やがて口にした。
 「名前は分かりませんが、男性でした」
 見たのは一晩だけでしたからね、と笑いながら言うレイに、トラは静かに「そうよね、ごめんなさいね」と言った。











[ 8/33 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -