2.3



 狭く、湿度の高い洞窟の中に案内されたレイは、今、目の前で起っている出来事を理解しようと、何とかして自分の頭をできるだけ早く回転させていた。目の前には、どっしりと座っているトラが一匹。
 「貴女のような方は珍しい。女性で、しかもたった一人でこの国に来たのだから。亡国リガルハなんて賊のアジトになったとしても、何ら文句も言えないのに。貴女は勇気のある人ですよ」
 人語を話すトラに、レイは目の前の光景が、どうしても信じられなかった。
 レイは幼い頃からトラが好きだった。可愛らしいトラが描かれた絵写真やポストカード。また、本物そっくりで、今にも絵の中から飛び出してきそうな写真やぬいぐるみ。生家はもちろん、亡国リガルハへ行く前に、手放したマンションには、これらすべてがあったのだ。
 もしも目の前にいるトラが本物であれば、たとえじめじめとした洞窟内であろうが、自分の年齢を無視してでも良いから、抱きつきたえい。ぎゅうぎゅうと抱きついては、ふわふわな毛を撫でまわしたい。出来得るのであれば、抱きついたまま、ゆっくりと眠りたい。こんなことがもしも可能であれば、この上ない幸せだろう。レイの頭の中には「状況をよく理解する」よりも、いつの間にか「ただの妄想」へと変化していた。
 「ほめすぎですよ、私は勇気のある人ではありません」
 頭の中では、目の前のトラに抱きつきたいの一心だったが、相手に気がつかれないように、出来るだけ平然を演じるレイ。こういった時、女医としての研修や働きが報われたと、初めて心の底から思えた。
 「ところで、お嬢さんは一体何をしに来たの? 治安の整備? 遺跡調査?」
 ここでようやくレイは、自分がここに来た本来の目的を思い出した。襟を正す思いで大きく息を吸い込んで、改めて覚悟を決めた。
 「私は魔法師になるために、この土地に来たの。そうそう簡単に帰るつもりはないわ」
 トラの表情が、少しだけ歪んだ。
 「一五の時、どんな医師も完治不可能と判断された私の右腕を、たった数秒で治してくれた。生きる希望を、与えてくれた。私は右腕を治してくれたあの人のように、もう一度だけ生きる希望を与えてくれたあの人のようになりたい。だから」
 『亡国リガルハに来ました』トレイが言い終える前に、トラが叫んだ。甘ったれんな、と。
 「現実と理想の区別もつかねえのかっ! 確かにあなたのように魔法師になりたいと、夢と憧れを抱く人間は山というほどいる。だけど大勢の者が途中であきらめざるを得ない状態となるんだ! 魔法師には、生まれつきの才能と努力が必要なんだ。そんなことも分からねえ人間が、夢だのなんだのとで魔法師になれるかっ! 国へ帰れっ!」
 険しいトラに、レイは臆することなく、「帰れません」と言った。
 「魔法師になるまでは帰りたくとも、帰れません」
 はっきりと言ったレイに、トラは数秒ほどしてから小さくため息をこぼした。
 「貴女、名前は?」
 不意な言葉を投げられ、一瞬だけ呆然としたが、すぐに「レイ・アルハです」とだけ答えた。きっと自分の名前を使い、もう一度だけ「国へ帰れ」と叫ばれるのだろうと思って、レイは腹を括った。
 レイも分かってはいた。自分の年齢でどう考えても、魔法師への挑戦は、無謀に近いと。魔法師は幼い頃からの修行が必須なのだから、大人の自分には絶対に無理だろう、と。周囲が無理だというのモノへのチャレンジ、でもなければ、目標に成功し、脚光を浴びたいわけでもない。ただ単純に、自分の夢をかなえたいだけだった。
 「貴女の目指す魔法師へのお手伝い、この私がやってさしあげましょう」
 自信たっぷりに言ったトラに、レイは目を丸くし、数秒後には狭い洞窟内で叫んだ。














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