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 「貴方って人は、文句があるなら本人に直接言えば良いでしょう」
 アキラと椿のいた部屋を出てすぐの角で、蓮と彼はばったりと会ってしまった。
否、彼が蓮を待っていたのか。
 「あの子がリア国の兵士を助けたと耳にしたとき、一体何の誤報かと思いましたよ」
 口元に手を当てて言う彼に、蓮は言葉が出てこなかった。
 現在敵対国出身であるアキラを助けるために、椿の手伝いをしたのが、実はあなたのすぐ横でこうして話をしている篠宮蓮、私なのですよ、とは言えない。アレは自分の出身国が椿とは違っていたからこそ、アキラを助けることが出来た技。もしも自分があの場でアキラを見捨てていたりしたら、間違いなく椿は自分の生まれた国を憎むだろう。どうして彼を助けられなかったのだろうか、と。
 「姫様からしてみれば、敵対国も関係ないのでしょう」
 くすくすと笑いながら屋敷の奥へと進む蓮と彼を見たものは、顔色を青くし、慌てて頭を下げた。
 「あの子は、あのことを忘れてしまったのだろうか」
 冷たく、ずいぶんと季節はずれな風が、二人の間だけに吹く。
 「さて、どうでしょうか?」
 幼い子供のように笑った蓮に、彼の表情は硬くなった。
 「少なくとも、あなたと同じ考えではないと思いますが」
 眉を八の字にする彼を見て、今しかないと思った蓮は口を開き、静かに言った。
 「陛下、もう終わりにしましょう」

 「しっかし、弱ったよな」
 包帯を変えてもらったアキラは、窓から見える小さな街を見て、改めて、自分は今、アルゼリア王国にて怪我の治療までしてもらっているのが確認できた。この事が、自分は腰抜け兵士であることを表しているようで、心底情けなく思うのだ。一刻も早くこの場を立ち去って本国で優雅に紅茶を飲んでいる原下基夜を殴りたくて、身体が帰国を促している。
 ところが現実は違う。確かに身体は帰国をと急ぐが、戦で負傷した足や腕、腹部はまだ動かないでくれ、と叫んでいる。一刻も早い帰国を、本来であれば望むところだが、アキラは笑うことしかできなかった。この状態で帰国した場合、厳しい山道の途中で命を落としてしまう。せめて怪我さえしていなければ、ここを抜け出していただろう。
 「どうしようもないよな」
 行き場のない後悔と反省にため息をこぼしては、窓を眺める。もう時間が遅いため、丸くて大きく輝く月が、灯籠で街を彩る姿を、臆することなく照らす。
 アルゼリア王国は別名「灯籠の国」との名がつくほど、日常的に灯籠を手にする。今でもこうして、窓に目を向ければ、人々が灯籠を手にし、列をつくり、どこかへ進んでいる姿が見れる。一体司令官の彼はこれを見て、どこが技術の遅れている後進国だと、判断したのだろうか? 下手をすれば、リア国の方が、よっぽど後進国の状態だ。
 ふと、アキラは自分が初めての異国に、我を失いかけていることに気がついた。人々は夜中に、灯篭を片手に、列をつくっているのだ。はっと壁に飾られた時計を見て、時刻を確認する。
 彼らは何の疑いもなく、たった一ヵ所を目指しているのだろう。原因も、理由も、目的も、彼らが口にするまでもなく、むしろアキラはよくわかっていた。
 皇女の身分でもある彼女が自分への待遇をここまでしたら、周囲の人間が何をどう思うか? 全て分かっていたはずだった。ぐっと手を握り、数秒。ここで動かなければ、きっと後悔するのが目に見えていた。アキラは後ろめたい感情を捨て去り、部屋を出た。
 時刻は、日付が変わる五分前だった。

 部屋の外があんまりにも煩くて目が覚めたのは、これで二度目だ。一回目は国王様が酒に酔った勢いだけで、発狂した時だった。あの時のことを知る者は全員、口をそろえて言う、あの人に酒をやるなと。
 「なに…?」
 ゆっくりと体を起こしては、現状を確認しようと、出来る限り頭を動かす椿。内心、またあの人は、と思いつつも、ふと、いつも蓮から言われていた言葉が、頭の中に浮かんだ。
 『お嬢、早くご就寝なされ。チビのままになるぞ?』
 椿のコンプレックスを知っていた蓮は、夜遅くになっても本を読む彼女に、まるで口ぐせのように言っていた。毎夜毎夜と、様々なジャンルの本を読む椿の読書量は、同じ年齢の子と比べ、圧倒的なまでの読書量だからなのか、彼女のベッドの上には、何冊もの本が置かれているのだが、当の本人は全く気にしていない。
 椿はベッドの上から起き上がっては、何人もの人たちが廊下を走る音に、首を傾げる。時間を見て、もしかしたら父親やこの国で何か重要なことがあったのでは、と顔を真っ青にする。
 じっとベッドの上で正座をし、考えることほんの数秒。椿は上着に手をのばすことなく、目にもとめず、そっとベッドから床へと足をつけた。この季節独特の寒さが、フローリングの床にまで伝わっていた。素足の椿は、小さく小言をもらし、部屋の扉を押す。出来るだけ誰にも気がつかれずに、なおかつ見つからないことを願いながら、一歩分だけ部屋を出る。左右を見渡しては誰もいないことを確認し終えると、おもわず長いため息をこぼした。
 「何も、ないじゃない」
 だとしたら先程まで続いていた騒がしさ。あれは一体何を意味していたのか? まさかまた国王様が何かをしてしまったのか? まだ十をいくつか過ぎたばかりの椿には、あまり深く考えることが出来ず、くるりと振り返った、時だった。
 『我々はあ、敵対国の人間にっ、情けをかける行為をおっ! 断じて認めないっ!』
 ドアノブに手をかけようとしていた椿は、突然拡声器とスピーカーを用いて作ったと思われる音声に、大きく肩を揺らした。声の低さと野太さからして、先程の声が男性であること、すぐに理解できた。
 心が、これほどまでに痛く感じられるのは、おそらく彼らがこれほどまでに怒り狂うと分かっていることを、自分がやってしまったからなのだろう。椿は瞳を閉じて、ゆっくりと考え、深呼吸を数回ほど繰り返した。椿は瞳を閉じて、ゆっくりと考え、深呼吸を数回ほど繰り返した。目を閉じれば、優しく笑う、今は亡き母親の面影。
 「最善の答えを」
 まだ五つにもなっていなかった椿に、彼女はいつも言っていた。
 「悩んで、悩んで、いっぱい悩んで、最善の答えを」
 どうして自分が彼を助けようと思い、行動したのか? なぜ外で多くの人たちが、声高らかにしてまで叫ぶのか? 答えなんて分かりきっているはずだ。椿は目を開き、確実に前へと進んでいく。













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