5.4



 「よっし、もう大丈夫。一応、二日か三日は絶対安静ね?」
 まさかアルゼリア王国で女医として働くとは、思いもしていなかった。リア国出身の私に、生還してきた兵士さんは、しっかりと手を握っては、何度も「ありがとう」と言った。
 「お礼は要らないから、早くよくなってね?」
 一応道具はそろっている。これでなんとか、形ばかりではあるものの、小さな診療所は開けた。問題はいくつもあるけど。
 「同じ魔法師なら手伝いなさいよっ! なんで姫様がカルテを片付けているの!」
 アルゼリア王国の宰相様こと剣豪篠ノ宮蓮は、大の猫好き。今だって、魔法師の肩書を兼用として持つ彼は、裁判の判決中は何かをしたいと言った姫様に、だったからここで雑用をすればいい、と言ったらしい。魔法師は医学の知識もあるから、これぐらいであれば、姫様でなくとも宰相様がやれば良いだろうけど。というか、一国の宰相様がこんな小さな診療所で猫と戯れてて、国政は大丈夫なの?
 「父上ならば大丈夫です」
 書類を抱えて言った姫に、消毒液の入ったビーカーを落とすかとおもった。
 考えてみれば、どんなに幼くても一国の姫様なんだし、父親の国王様のことを「父上」と呼ぶのは、当然なんだろうけど、びっくりしてしまう。私の周りではお金がないと言っていた人たちばかりだった。
 父さん、親父。
 このどちらかだったから。
 「姐さんっ!」
 勢いよく扉を開けて入ってきた藤北さん。彼は、あの調子だともう大丈夫そうだ。一五の息子さんをつれて、血相を変えて入ってきた。一体どうしたんだろうか、と思ったのも束の間。
 「こいつ! 本当に馬鹿で! 腕に、腕にっ!」
 藤北さんの息子くんこと藤北生次郎くんの左腕は、血で真っ赤になっていた。手首には包丁が斜めに貫通している。ああ、これは痛いぞ、取るのに痛いぞ?
 「料理してたらこうなったんだっ!」
 いや、ちょっと待て、どうしてこうなったんだと言いたくなるのをぐっとこらえて、蓮さんを見る。自分には関係ないと言わんばかりの顔で、猫を膝の上に乗せて楽しんでいる。使えない宰相様だな、本当に! ため息をこぼして、生次郎君の腕を見る。
 「テメェは料理なんざできねえだろうがっ!」
 「やろうとして、何が悪いんだよっ!」
 「こんな怪我をしてまでやるな!」
 二人とも素直じゃないな、と笑ってしまう。姫様も、少しだけ笑っている。
 藤北さんはつい数日前まで伝染病患者さんだった。家に帰ってきて「おかえりなさいパーティー」でもしようと、生次郎君がなれない包丁を握り、とても考え難いけど、こうなった。心配する藤北さんをよそに、猫と仮眠を取ろうとする蓮さんを殴る。
 「……ずいぶんと暴力的なオンナだな」
 「煩いっ! さっさと綿と包帯と消毒液と布!」
 順番待ちだった兵士さんたちは、嫌な顔をすることなく、笑顔で「お先にどうぞ?」と言ってくれる。なんでこんなにも優しい人たちが住む国で、あんな戦争をしていたのか、時になる。猫を何匹と肩に乗せて、渋々と歩く、使えない宰相様と、慌てて部屋へと走る姫さま。正直、姫様の方が使えると思っていた。
 「姐さんっ! 大変だ、すぐに来てくれっ!」
 国防軍の一等兵ハンリーさん。亡国リガルハ出身で目の色がほんの少しだけ青いのが、彼の何よりもの自慢らしい。
 「どうしたのよ?」
 生次郎君の腕の傷を見て、これならば魔法を使えば二回で完治できると確信し、
 「リア国の兵士が襲撃してきたっ!」
 ハンリーさんは命からがら生きて、第二の故郷を探し出すことが出来た。移住の際に目の前で家族を殺された、心優しい人。決して、嘘をつくような人ではない。
 「それは本当か?」
 指示した道具全てを姫様に押し付けたと思われる宰相様の瞳は、一国を動かす人の瞳で。ついさっきまで猫と戯れていた人と同じ人間には、思えなかった。突然宰相様が来ても、はきはきとした口調で言うハンリーさん。本当にすごいと思う。私だったら、絶対に無理だ。
 「けが人は?」
 「今のところいませんが、これが長く続けば、私にもどうなるかはわかりません」
 アルゼリア王国の礼法でしっかりと報告するハンリーさんと、相槌をしっかりと入れながら耳を傾ける宰相様。脈をできるだけ傷つけることなく、痛みを緩和しつつ、生次郎君を魔法師として治療を進める。姫様がやっとの思いで待合室まで来たときには、「わかった、今すぐにでも行こう」と宰相様がハンリーさんに伝えていた。
 やっと彼が宰相様らしく見えたと思った時だった。勢いよく扉が開いた。
 「蓮さんっ! 手を貸してくれっ!」
 「俺らだけじゃあ、対応できねえっ!」
 声を大きくして言った兵士、と思わしき人物二人に、ぐっと拳を握り、刀を手にしたのは、宰相様ではなかった。











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