5.3
古い古いお伽話、一つの大きな争いがありました。
とある心優しい魔法使いは、同じ魔法使いの仲間たちが、悲しい争いのために血を流し、命を落としていく姿に、見ていられなくなりました。
「どうして争いを起こさなくてはならないの?」
次から次へと「神のため」や「御国のため」と言っては死に急ぐ彼らに、心優しい魔法使いは、やがて自分が魔法使いであることを辞めてしまいました。
「友人や、一緒に魔法を学んだ仲間たちの分まで、僕は生きるよ?」
魔法を使わずに生きていくのは大変不便でしたが、それでも彼は大きな争いが終わるまで、生まれた故郷で、魔法使いではなく、一人の人間として生きていました。
大きな争いが終わって数年。一人の心優しい魔法使いの少年が、二十歳を迎えた夏の頃でした。
「アイツは腰抜け兵士だ」
大きな争いから生きて故郷へ帰ってきた同じ魔法使いたちから、指をさされて、まるで軽蔑されるかのように言われるようになりました。同じ建物で、何年も一緒に魔法を学んだ魔法使いも、仲間も、友人も、誰しもが同じことを口にしました。
「違う! 僕は戦いたくなかっただけだ! なぜ神と言う言葉を使えば同じ人間を、同じ魔法使いを、どうしてためらうことなく殺すことが出来る? 僕はそのことが理解できないんだっ!」
元魔法使いの青年は自分の思いを決して曲げることなく、何度も、何度でも同じことを言いました。たとえ魔法使い全員が理解してくれないと、分かっていても。
なので青年が、争いに出ることのなかった臆病者の魔法使いとして、彼の故郷で知れ渡るのには、あまり時間は必要ありませんでした。魔法使いではない人たちまでもが、彼のことを軽蔑するようになった頃、街に恐ろしい病が流行りました。
「助けてください、魔法使い様っ!」
「どうか私たちをお助けくださいっ!」
人々は街にいた魔法使いたちに願いました。もうこの街で残された者は、ほんのごくわずかでした。街唯一の医師も、この病で命を落とした以上、人里離れたこの街では魔法使いだけが頼りでした。
「ふざけるなっ! 汚らわしい人間どもがっ!」
「近寄るな、移ったらどうするつもりだっ!」
しかし魔法使いたちは全員、杖を片手に、遠くの土地へと移り住んでしまいました。恐ろしいと、思ったのでしょう。よく分からない病気にかかった、魔法使いでもない人間を。
「僕が、僕がやらなきゃ」
同じ魔法使いたち全員が街から一人残らず消えた時、元魔法使いの青年は、再び杖を握りました。争いや闘うためではなく、誰かを救うために。
「―――翌日、その魔法使いは無償で、病で苦しむ人たちを救い、三か月後、街から病は消え去りました。街人を救った彼は、魔法使いではなく、医学の知識にたけた心のある先生、つまりは師として魔法師と呼ばれるようになりました。これが元で、魔法師ってのは魔法によって人々を救い、癒す人のことを言うようになったわけ。これ、一応リガルハの古いお伽話なんだけど」
腹筋三十回をやっとの思いで終えた瑞樹が、親切にも教えてくれた。たかだか三十回でかなりの息が上がっていたけど、本当に瑞樹って体力なしだったのかと思う。五郎さんは「きいたことなかったのか?」と不思議そうに言うけど、少し唸って、考えてみた結果、分からない。
「無い、と思います。父さんも兄さんたちも、リガルハの話はしたくないって何回も言ってましたから」
こんな話は初めて聞いた、と思う。もうリア国には戻れないだろうけど、万が一戻れたら、父や兄たちに一応聞いてみよう。何も答えてくれないのは分かっているけど。「そういえば」と五郎さんは気まずそうに言った。
「移民兵の兄さん、あんたを探してるって人が来たんだが、死んだと言ったほうがよかったか?」
「えっ? 自分に、ですか?」
心当たりがすぐには思いつかず、呆然としていたけど、聞きなれた声に、今までの自分の立場をほんの少しだけ忘れていた。自分が戦線離脱の腰抜け兵士ということに。
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