5.2



 「移民兵一名と行方不明の女性の居場所がわかりました」
 アルゼリア王国から、突然の撤退宣言。さらには北天山のレシヴェルから「貴国の魔法師、アールス・グレイシスを出さなければ、皇女暗殺者を匿ったとして出すべきところに出します」と言われ、国内には動揺が広がっていた。そんな中、一人の青年が顔を青くしながら指令室へと飛び込んできた。
 「場所はっ!」
 信号の音と、誰もが生唾を飲み込んだとき、青年は震えた体で、あんまりの内容に、何も言えなかった。
 「居場所はどこだと言ったんだっ! 答えろ三等兵っ!」
 彼の胸ぐらをつかんでは、額の血管をむき出しにするように叫んだ。やがて彼は泣きながら、司令官の原下基夜に報告した。
 「我々が、つい先日まで、戦っていた、灯篭の国、アルゼリア王国です」
 力なく座り込んで泣き崩れた三等兵に、原下基夜は目の前が真っ暗になった。歯が折れてしまいそうになるほどの強い歯ぎしりと、爪が食い込んでしまって痕が残ってしまうほどの怒りは、頂点へと到達した。扉でしっかりと閉ざされた指令室では、何人もの人間が移民兵の彼の無事と寝返るなと祈る中、素早く信号を打っていく。
 「……アルゼリア王国へ向かう。魔法師のアールス・グレイシスを三時間で探せ! なんとしてでもだ! 総員出動せよ!」
 部屋に響くほど、大きな声で言った基夜に、誰もが肯定の言葉を口にした。
 「生きていてくれ、アキラくん」
 右手の親指の爪を噛んで言った彼の言葉は、三等兵の青年の耳にしか届いていなかった。

 ふと、空を見上げた。
 「アキラ? どうしたんだ?」
 友人が言う。
ふと、気になってしまった。
家族はどうしているのだろうか? 
自分のせいで殺されたりはしていないだろうか? 
不便な思いをしていないだろうか?
 「……いや、なんでもない」
 頭を何度も振っては、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
 戦線離脱してから約一月。たいしたことのない肉体労働で、時間がゆっくりと流れる中、人生初の友人こと瑞樹と一緒に、アルゼリア王国にいた。移民の血が入った自分に、ここまで優しく接してくれたのは、彼が初めてだった。同じ国の人間だったら、こうも仲良くはなれない。
 「家族が心配、とか?」
 びっくりした、図星だったから。
 「…………分かるの?」
 「わかるさ、顔に書いてあるよ」
 くすくすと笑う。正直、悔しい。
 「なあ、移民兵って何?」
 ぽつりと聞かれた。
 「どうして急に?」
 びっくりしすぎて、一歩だけ下がってしまった。
 「アキラは体力がありすぎるから、移民兵ってのに入ったんだろうけど、そもそも移民兵って、なんなの?」
 言われてみて、なるほどと思った。たしかに、自分はアルゼリア王国では「体力のある人間」と判断されるのだろう、と。
 「移民兵って言うのは、要は『正規でない兵士』のこと。リア国出身者が志願して兵士となる。これが正規の兵士。一方でそうでない人間が志願した場合は、移民兵……この分別わかるかな?」
 「わかるけど……それじゃあ、万が一、移民兵で体力があったとしても、才能があったとしても、正規の兵士として扱われないってこと?」
 「よくお分かり、そういうこと」
 こちらに来てから初めて知った、普通のライン。蓮さんも「お前は移民兵で大変な思いをしたから分からんだろうがな、これが普通だ」と言っていたのを思い出す。やっぱり自分は、他の人と比べて体力があるのか、なんて思っていた。
 「筋トレって、どれぐらいするの?」
 興味津々といった具合で言った瑞樹に、ぎょっとした。
 「大体スクワット五十回の、腕立て五十、腹筋八十回にランニング二時間かな? これを一日三セットとしてやってる」
 懐かしいな、と思う。移民兵が手を抜けば、教官はすぐさま竹刀を片手に叫んでいた。
 『この軟弱者がっ!』
 だけどその人は、誰よりも優しかった。努力を怠る人には厳しかったけど、努力をしてもなかなか成長できない人に関しては、付きっきりの状態で面倒をみたり、悩みを本当の親のように相談してもらったりしていた。教え子が昇進した時には、同期全員を集めてはパーティーを開いたり、とにかくいい先生だった。
 「さん、せっと? そりゃあ、すげえよ」
 瑞樹に「移民兵だし、これぐらいは普通だよ」と言えば、なんだか呆然としていた。
 「良いよな、それだけ体力があれば、兵士とかすぐに志願できるよね」
 ため息交じりに、瑞樹があまり重くはない荷物(たぶん三キロぐらい)をやっとの思いで持ち上げる。瑞樹は本当に体力がないのか、なんて思ってしまう。だって、これぐらい女の子でも持てるはずなのに、顔が真っ赤。
 「よお、瑞樹と兵士の兄さんよ」
 国防隊隊長の花山田五郎さん。今年で三五歳。蓮さんよりも二つほど年上。ティーシャツにジーンズ姿、本当に隊長さんかと思う。ウチの隊長とは、ずいぶんと大違いだ。
ちなみに一児のパパでもある。黒い髪に黒い瞳と焼けた肌。右手には戦争で負傷したと思われる包帯が、ぐるぐると巻かれていた。左手には白と黒の数珠。亡き奥さんの形見、らしい。
 「五郎さん、蓮さんのお手伝いは?」
 移民兵が手伝っても良いのかが分からない国政の雑用を、語学力があるからの一言でやらせる蓮さん。正直、意味が分からない。診療所と、短く言うと、なんとなくわかってしまった。同時に、蓮さんってあの女性のことが好きなのかな、なんてことを考えてしまう。共通点は同じ魔法師ってところだけなんだろうけど。
 「アキラ、どうした?」
 瑞樹が言う。
 「なあ、魔法師って何?」
 素朴な疑問ではあった。












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