5.1
「レイちゃんはさ、頑張りすぎるんだよ」
「そうそう、無理は禁物」
女医としての実習中や、研修中、幾度となく言われた。体調不良で倒れた子の分まで、私一人だけで何とかしようとして、結果は私も倒れてしまい、違う班の子にまで迷惑をかけてしまった。正直、自分でも馬鹿だと思う。
「レイは優しすぎるんだよ、何でもかんでも自分たった一人やろうとして」
「たまには私らにでも相談して?」
笑いながら優しく接してくれたチームメイトたちや、心ある同期メンバーに、何度も泣きながら謝った。
私はいつもこうだった。決して、体が弱いわけではない。
だけど、頑張ればすぐに体調を崩してしまう。その度にチームメイトたちは笑いながら「今度の休みにピアノを聞かせてね? 天才ピアニストさん?」なんて言っては、許してくれる。
親が何度も医学部なんて無理だと反対していたのは、受験時でさえも、何度も体調を崩していたからで。こんな軟弱者の私が医者だなんて、なれるはずがない。どこか頼りない伯父さん達までもが、ごぞって反対していた。
「お前に医者は無理だ」
大学合格してからも言われ続けた。
大学卒業前に死んでしまった両親。きっと今の状況を見ては、ほらね、と笑っているだろう。
「過労だ、馬鹿者が」
アルゼリアの宰相様こと、篠ノ宮蓮。剣豪で国王様のお気に入りの彼がどうしてここに、と思うよりも先に体が動いた。慌てて寝台から降りようとした私の手首をしっかりと握り、
「伝染病患者なら大丈夫だ、俺が手を加える前に安泰していた」
しっかりとした瞳。優しくて温もりのある手。
「うそ、でしょ?」
震えながら言えば、彼はため息をこぼした。私、何か悪いこと言ったかな、なんて思ったのも束の間。部屋の扉を大きく開いた。ここは宮中だったんだ、なんて場違いなことを思ってしまった。アルゼリア王国全体が見渡せる。山と海の入り混じった風が包み込んで、おもわず深呼吸をしてしまうほど、落ち着く。
「俺は、リガルハ出身の魔法師だよ。ここに来る前は、とあるサーカス団にいてね」
一体何をいきなり言い出すのかと思ったけど、さほど驚きはしなかった。
「俺は、どこぞの移民兵や一国の姫様とは違う。医学の知識がある。お前が倒れた時、自分がやらねばと思ったよ」
寝台からゆっくりと降りて、窓辺から国を見る。あの時の慌ただしさや、緊迫感に似た恐怖感なんて、どこにもなかった。人が、当たり前のように笑って、生活していた。
「俺は、魔法師で、医者じゃない。だからもうしばらくは、お前さんにたった一人の医者として、もしくは魔法師として働いてほしい。賃金は、お前さんさえよければ、コレになるが」
窓辺へ向けていた視線を、私へと移す。ゆっくりと近づいて、何をされたのかもわからなかった。
故郷に大きな花街が、いくつもあった理由は、大人になってからはっきりと分かった。廃都となった街には魔法師こそ少なかったが、移り住んだ首都には多くの魔法師が、我が物顔で街中を歩き、ごく当たり前として生活していた。これが、蓮にとって懐かしい故郷の姿。
「なっ! 何をするんですか! い、いきなり、女性に対して、き、き、キスだなんて! 恥知らずの愚か者でもないでしょう!」
魔法師は法さえそむいてしまえば、死者を生き返らせることも、年を重ねることもなく、この世にとどまることが出来る。
ただし、立派な条件付きで。「知らないのか?」と平然と言う蓮に、レイは呆然としていた。
「魔法師が自然のエネルギーを借りることによって、他者を治療することが出来るのは、当然知っているだろう?」
さも当たり前かのように言った蓮に、レイは顔を赤くしながら「それぐらい知ってるわ」と怒りながら言った。こんな形で初めての口付けを失うとは、想像もしていなかったレイは、近くに置いていた医療道具を手に取り、
「他者を癒せば癒すほど、術者の性的欲求が増して、最悪の場合、処女でも調教しやすい、いやらしい身体になるってのは知ってるか?」
はっきりと言った蓮は、決して冗談を言っているようには見えなかった。頭をフル回転してようやく、蓮の言ったことの意味が分かった頃には、レイの唇は、再び塞がれていた。しっかりと腰を掴まれてしまい、逃げたい、あわよくば急所を蹴りたい。いきなり唇を奪われたのだから、一国の宰相様だろうが、どんな肩書きを持っていようとも関係ない。とにかく殴って蹴って、一週間、いや、せめて一月は入院させたい。二度と剣を扱えないようにしたい。怨みが募ってしまっているレイは、いつの間にかはだけて見えた胸元に気がつかず、やっとの思いで離れた唇に、何度も咳き込んでしまった。
「初めての唇を奪われた感想は?」
何かを企んでいる瞳で言った蓮は、座り込んでしまったレイの頬に、そっと手を添えて、再び唇が重なった。
決して悪くはない。
心の中にたまっていた何かが、少しずつ、少しずつ、崩れていくのがはっきりとわかる。恥を捨てて言うのであれば、リラックスが出来た。しっかりと腰を支えられた大きな腕が、これほどまでに楽だとは思わなかった。
「……別に悪くはないわ、私だって年齢相応の女性なんだし」
やっと離された唇で、レイは思ったことを口にした。蓮はふっと笑い、
「レイさん、頼まれてたエタノール持ってきましたよ」
大きさ三十センチほどの透明色の瓶を、たった一人で六つも持ってきたアキラは目を丸くし、顔を真っ赤にして何かを察したのも束の間、宮中に女性の甲高い声が響いた。
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