4.9



 治療を始めて暫くの間は大変だったレイは、日を増やすごとに神経を尖らせる必要があった。
 「藤北さん、大丈夫ですから。私がしっかりと治しますから」
 患者として運ばれてきた全員に同じような言葉をかけ、気がつけば「殺してくれ」とは、言われなくなった。アキラは身体の調子が少しずつ回復してきているのか、最近では、肉体労働の時間が長い。
 「美人魔法師さん、これをどうぞ」
 と差し出された食べ物全てを断り、患者の治療に専念し、飲まず食わず、一切寝ることなくの生活が、何日と続いているとは知らずに、椿は納得が出来ずに、おもわず大きな声で叫んだ。
 「一国の姫君が殺された。にもかかわらず、証拠不十分で調査打ち切りとは、一体どのような理由があってのことでしょうかっ! 詳しくお聞かせください!」
 さまざまな国の人間が注目し、やっぱりかの言葉に、彼らはため息をこぼした。公の場で、椿は「たとえ後が苦しくなったとしても、私が言います」と言っては、自分の見たモノのすべてを話した。行ってはならないと言われていた、森の国境へと行き、姉が殺されたこと。男の特徴は背が高く、金髪にリガルハ国の東部に住む民族衣装を着ていたこと。首を絞めては、目の前で自分の姉を殺したこと。これらすべてが退けられた時、椿は納得がいかなかった。
 「証言は証拠にならない。この事を知っているかね?」
 笑いながら言う彼らに、椿は頭に血が上った。
 「それではアルゼリア国皇女の一件は衰弱死、ということでよろしいかな?」
 白い歯を見せる彼らに、椿は大きく息を吸い込み、議長、と誰かが言った。
 「北天山の者か、どうした?」
 周囲が笑いながら、今か今かと待つ中、三十代を後半ぐらい過ぎていると思われる彼が言った。
 「もしも彼女の言っていることが真実であれば、貴方はいかがなされるおつもりですか?」
 期待が大きく異なり、動揺が広がる大広場で、彼は続けるように言った。
 「にわかに信じがたいことですし、半ば自業自得の話ではあります。ですが万が一、彼女が言っていることが正しかった場合、どうなされますか?」
 手を上げることなく言った彼に、多くの者が驚きを隠さずに「どういうこと?」と口にした。
 「私のやり方が間違っていると言いたいのか!」
 書類を床に投げつけて言った議長に、彼は「ええ、もちろん」と、さらりと言ってのけたのだ。
 「祖国から皇女暗殺者なんて出したくないですよねえ?」
 会えた議長の怒りに触れる発言をした彼に、部屋にいた誰かが、小さく「議長ってリガルハ国の出身者だったっけ?」と思い出したかのように呟いた。頭に血を上らせた議長は「だったらお前がやるんだっ! 徹底した証拠を集めたうえで答弁しろ! 私は知らん!」と吐き捨てて、勢いよく部屋を出て行った。
 あんまりの光景に、何人かが吹き出すように笑っては、まだ幼い椿に言った。
 「うちも協力しよう」
 「考えてみれば、これは一大事だからね」
 次々と声をかけてくれる彼らに、椿は泣きながら、何度も頭を下げた。

 「各国と組織のお力を頂き、三日間、懸命な捜査の結果、犯人はリア国の魔法師、アールス・グレイシスさん、男性と判明。リア国と同盟国のレヴィル・アーモルドさんが、現在、彼の身柄をリア国から機関へ渡すよう、説得をしてくれています」
 膝を折り、頭を下げて報告をする椿に、国王様は異国から輸入した酒が入ったグラスを手に、首を一度だけ縦に動かした。
 「やっぱり私の言うことは正しかっただろう?」
 にやりと笑って言った彼に、椿は持っていた書類を丸め、立ち上がっては、国王様の前まで歩き、思いっきり彼の頭を叩いた。冗談じゃないわ、と叫んだ。
 「今までに一体何人の命を無かったことにしたの? 皇女暗殺の真相を追及するため。民にはこの言葉でどんなに酷いことをしてきても、平然としていたくせに! 皆を騙して、自分の言ったことは正しいだなんて、冗談じゃないわ! これが事件の真相を掴むためだと言うのであれば、人民の命がどうなろうともかまわないと判断したうえでの開戦宣言の理由(わけ)をお聞きかせ願います!」
 書類を片手にし、声を大にして叫んだ椿を見た者は、数秒ほど呆然とし、やがて部屋に動揺が広がった。
 「王の私に反するつもりかっ!」
 持っていたワイングラスを床に叩きつけて叫んだ彼に、椿は息を吸い込んで言った。
 「私は、自分が間違っていることを言った自覚は、一切ございません」
 はっきりと言った椿に、従者たちは口を開け、ふざけるなと、国王様が言おうとした時だった。部屋にいた従者、女中、すべての者が一斉に拍手をしたのだ。何事かと立ち上がっては、驚きを隠せない国王様に、蓮は笑いながら言った。これが民意ですよ、と。
 「民の声は神の声。遠い異国の言葉ではありますが、王よ、もうお辞めくださいませ。王座を退くか、今後、最も良き方法で国を築き上げると、今、ここでお約束ください」
 膝を折って、頭を下げる蓮に、多くの者が同じ言葉を口にした。体を震わせながら言う蓮を見て、椿はただ、ごめんなさいと小さく呟いた。
 姉が殺されてから、土下座で「犯人を捕まえてくれ、何もできなくて悔しい」と頼んだのも、もしかしたら最悪な状況を回避できたのかもしれないのは、自分だ。一人ぐらい護衛をつけていたら、あの日、こっそりと宮中を抜け出すことなく、いつものように過ごしていたら、きっとこんなことにはなっていなかった。
 「父上、お願いです」
 シノミヤだって覚悟を決めている。おそらく、ここにいるほぼ全員が、これが正解だと、恐怖と無礼で震える身体と、流れる涙を無視した。
 「王座を退いてください、これが、天声と、民の声です」
 王に逆らうのであれば、反逆者として命を落とすことになる。ここにいる全員が同じ気持ちなのだろうと判断し、椿は、短時間ではあるものの、考えて考えて、ようやく出た「こたえ」が、膝を折り、頭を下げては、この言葉を口にすることだった。

 点滴を打ちながらの治療は、予想以上のもので。
 「もう良い、お嬢ちゃん!」
 涙ながらに訴える患者さんたちに向けて、にっこりと笑えば、彼らは悲しい目をしていた。あんた達は何も悪くないもない。悪いのは、よくもここまで放置できた「王」なのだから。
今までこんな病なかっただろう? 流行が終わったのは、リア国が大量の犠牲を払ってから。リア国は医学に特化した国だ、なんて、いろんなところで言われているみたいだけど、つまりはその分の犠牲者を踏み台としてきたからこそ、今のリア国が存在する。一つの点滴が終われば、目眩がくるまで動いて、再び点滴を打って、また動いての繰り返し。
 これに患ってしまえば、本当はおとなしく安静にしていなければならない。こんな単純なこと、ちゃんとわかってる。
 だけど、この国には、私ぐらいしか医学の道を歩んだ人間はいない。治療を開始して、太陽が二十回ぐらいは沈んだ気がする。さすがに休まないと、と思った時だった。激しい眩暈に襲われて、力が全身から抜けて、遠のく意識の中、誰かの腕の中にいた。
 「何も食わずのまず、二五日間、休むことなく、患者一人一人に神経を尖らせて……よくやったよ。バトンタッチだ」
 誰かの腕の中が、やたらと優しくて、この時に何が起こったのかなんて、何も覚えていない。












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