4.8



 どうしてダメなのかがわからない。
 「皇女たる者、民を救うのは当然。この事を教えてくれたのはシノミヤでしょう?」
 「ああ、そうだなあ? けど、お前さんまで死んでしまったら、この国に次の王はいねえよな?」
 「そんなことよりも今は、この状況を打破することが重要でしょう?」
 あんまりの苛立ちの大きな声を出した椿に、何人かが顔を赤くしながら震えあがった。ばん、と二度目の乾いた音に、近くにいたアキラまでもが、思わず顔を青くした。
 「この状況ならばなんとかなる。俺はもっと酷いモノを見たことがあるからな」
 はっきりと言った蓮に、今度こそ、近くにいたほとんどの者が振り返った。
 「……俺の生まれた所は、この病での死者が多すぎて、廃都となったよ。ほとんどの人間が死んだよ。生存者はたったの五十人だけだった。人口八十万人の大きな都市だったのにさ」
 目を閉じて言った蓮に、さすがの椿も驚いた。横で、小さくアキラが「リガルハのことだ」と呟いた。
 「今、ここで起ってることなんて、ほんの序の口で。俺の街は、死者がそこら辺にあふれかえっては、廃都となるまでは、あっという間だったよ。その時、俺はまだ六歳だったけど、首都に移り住めば汚物扱いは当然。川に投げ入れられて、洗剤を投げつけられるなんてまだ楽で。石灰と一緒に生き埋めなんて日常茶飯事だったから、今でもよく覚えてるよ。俺はまだくそ餓鬼だったから、これぐらいで助かったけど」
 ぐっとためらいなく腕をまくった蓮。やがて出てきた大きな傷跡に、椿だけでなく、振り返って「何事か」と見ていた者までもが顔を青くし、小さく悲鳴をあげた。左右の腕には、しっかりと糸で縫われた傷跡。一本や二本なんてものではなく、ざっと見ただけでも二十本はある。
 「俺が刀にこだわる理由はこれだよ。本当のことを言えば、銃器の方が腕はある。けど、この腕の怪我のせいで、餓鬼の頃のことを思い出してしまって、前のようには使えないんだ。俺は、銃器では、この国を守れない」
 そっと服を戻した蓮は、椿と同じ目の高さで言った。
 「お前は皇女だ、正当な王の娘。民を守るのは当然だけど、今は紅葉姉ちゃんを殺した人間が誰なのか? この事の方がよっぽど大事だろう? あの子一人でも大丈夫だよ」
 ぼろぼろと、顔を赤くして泣く椿に、蓮は振り返って、しっかりと頭を下げた。
 「せめてここにおられる者だけでも構わない。どうか中で闘っている女性のことを信じてくれ。彼女の腕ならば、私がしっかりと保証します。どうか、この通りです」
 膝を折って頭を下げて言った蓮に、ほとんどの者が視線を斜め下へと移した。

 治療をしていたレイは、外で民衆へ訴える蓮の声に、思わず体が震えた。
純粋に嬉しかった。
こぼれる涙が、止まらなかった。何度も拭ってはこぼれ落ちる涙に、感染者の一人が言った。
 「美人な魔法師兼女医さん、少なくとも俺は姉さんのことを信頼してる」
 「そうじゃなきゃ、命なんて預けられねえし」
 顔色が土色の中、笑う患者を前にし、レイは強く拳を握った。地獄のような天国に、レイは強く目をこすった。この病気で誰一人として死なせない。強く決心した時だった、急に心臓が熱く、呼吸が苦しくなった。膝をついていなければ、倒れてしまいそうになる。
 「姉さん?」
 感染者はレイのことを「姉さん」か「姐さん」と呼ぶ。もしくは「美人な魔法師兼女医さん」だ。心臓を押さえるレイを不安がっては、ゆっくりと起き上った彼を見て、レイははっとした。病人の彼らが魔法師で、医学部出身の自分の事を心配していた。レイは大きく息を吸い込んで、少しだけ力を強めた右手で、自分の胸部を数回撫でると、呼吸が楽になった。
 「すみません、もう大丈夫です」
 立ち上がっては、笑顔で言いきったレイに、少しだけ彼らは安心した。













[ 28/33 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -