4.7



 体がもう二つは欲しいと思った。国王様が戦をやめると公言。兵士を戦場から撤退させ、皇女暗殺の一件はとある機関行となった。
 ここまでは良かった。いや、本当はよろしくないけど。
 国に一人も医者がいない。
 この事がどれほど大変か。伝染病患者を診ながら、戦場から生還してきた者の手当てを頼まれたけど、さすがに限界がある。ただでさえ、一人で診ているのに、目が回るほど忙しいのに、彼らまでは手が回らない。点滴を打って、汚物を外に出して、また点滴。症状の軽い人はあと二週間も安静にして、寝ていれば治る。
 「くっそ」
 リア国ならば、こんなの、二週間と少しで完治するのに。
 世の中には「不治の病」なんてものもあるけど、この伝染病は完治できる病気。
 だから絶対に治して見せる。患者さん一人一人に神経を尖らせていた。もう、治療を開始してどれぐらい経ったのかも、全く分からない。
 「お嬢ちゃん、俺を」
 「殺しませんっ!」
 もう何十回目となる言葉に、私は拳を作っていった。しゅん、と男の人はしていたけど、かわりに手をしっかりと握ってあげる。これで、諦めないでほしいんだけど。
 「私はリア国の人間ですが、魔法師兼半人前の女医。あなた達を私の力で救ってみせます。あなた達の生きる希望の灯が消えない限り」
 治療を開始して二十回以上は言った。
 空が再び暗くなってきた頃、外がやたらと賑やかになった。

 負傷した兵士が故郷に帰ってきてくれた。
 しかも生きて帰ってきてくれた。この事がどれほど嬉しく思ったか。片腕を無くして帰ってきては、両親に「ただいま」と言う者。ぼろぼろの身体で「お腹すいた」と笑いながら言う者。友人の肩を借りて、何とか立っている者。
 だが、ほとんどの者が生きて帰ってきてくれたのだ。たとえ片腕や片足をなくそうとも。
 「おかえりなさいませ、英雄たちよ」
 軽装で彼らを迎えた椿に、顔色を青くした若い兵士たちは、ほんの一瞬だけ何事かと思ったが、
 「貴方達の仲間の死を無駄にし、大変恐縮ではありますが、父君の変わりに私が心よりお礼と謝罪を申し上げます」
 膝を地面につけて、アルゼリアの礼法でしっかりと頭を下げた椿に、何人もの人間が、小さく悲鳴をあげた。
 「姫、やめてくださいっ!」
 生還したばかりの若い兵士たちが言った。
 「我々は姫や王を恨みません。決して、貴方達に恥をかかせぬ一王国の兵士として、この国を何時までも護りつづけるつもりです」
 「どうか頭を上げてくださいっ!」
 小刻みに身体を震わせながら言った椿に、戦場から帰ってきたばかりの者は、次々に頭を下げ、涙ながらに言った。
 「……大変お恥ずかしい現状ではありますが、現在この国は、とある病が流行しています。今は一人の魔法師が懸命になって治療を続けていますが、もしも怪我の軽い方がいらっしゃたら、この通りです、どうか手を貸してほしい。これ以上、人を死なせたくはないのです。」
 涙をこぼしながら言った椿の言葉に、誰もが顔を合わせた。
 「姫の命令が聞けねえのか?」
 帯刀をし、しっかりと自分の足で歩くアキラをつれて集落へと出向いた蓮に、何人もの兵士が目を丸め、警戒心をあらわにした。
 「蓮さんっ! 俺らだって姫神子様の命は聞きてえ!」
 「だが、俺らはこの通りだ」
 悔しそうに言った身体は、酷く損傷していた。片腕がないものや片足がないものは、大変珍しかった。逆に、以前のアキラのような負傷者か、一人で立てないもの。これがほとんどだった。
 「せめて、傷がほんの一時的にでも治りゃあ」
 ほとんどの者が悔しさを面へと出す中、蓮が口を開いては、
 「だったらほんの一時的にでも傷が治れば、貴方達はその姫神子様の言うことをきくの?」
 頭につけていた頭巾を外し、治療室から出てきたレイに、殆んどの兵士は顔を赤くした。露出を大胆なまでにしているわけではないが、レイの容姿に見惚れていた彼らは、何度も首を縦に動かした。単純だと、小さく呟いたアキラの声など彼らには届かなかった。レイは大きく息を吸い込んで、左手を前へ出すと、温かい風が彼らを包み、何かが落ちた音がすると、やがて驚きの声が街を包んだ。
 「これで、姫様の命は聞けるわよね? ほんの一時的なんだし、あとでじっくりと診てあげるわ」
 一息ついて言ったレイに、彼らは「あざまああああっす!」と顔を赤くしながら、声をそろえて言った。再び頭巾をつけて部屋へと戻ったレイに、椿は待ったの声をかけた。
 「私にも手伝わせてくださいっ!」
 声を大にして言った椿に、ほんの一瞬だけ周囲の者が言葉を失った。扉に手をかけていたレイは、ぴたりと動きを止めて、振り返ったが、椿の発した言葉の意味が分かったのと同時だった。ぱん、と、乾いた音が響いた。
 「王の気持ちも考えてやれ」
 苛立った蓮の声に、ほとんどの者が目を丸めた。
 「でも私はっ!」
 「王の気持ちも考えてやれ。同じことを二度も言わせるな。医学の知識もねえ人間が、一時的な感情と自惚れだけで手伝うなんて言うな。正直、邪魔だ」
 はっきりと言った蓮は、呆然とする者たちを睨むと、彼らは、脱兎のごとく逃げてしまった。口から出かけた言葉を押し殺しては、治療室の中へと入るレイに、蓮は自分と似たものを感じたが、今はそんなことどうだって良い。問題は自分の言ったことが全く理解できていない椿だった。














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