4.6



 病気にかかった人間、特にこの伝染病にかかっている人間は、皆が皆、同じことを口にしていた。
 「なあ、お嬢ちゃんよお、殺すんならいっそのことすっぱりと殺してくれよお」
 「なあ、お嬢ちゃんよお、いつ俺を殺してくれるんだ?」
 「なあ、お嬢ちゃんよお、リア国の人間なんだろ? 姫御子様のように殺してくれよ」
 誰もが自分をリア国出身者と言うだけで、殺してくれと願う。我慢の限界だった。
 「アンタたちはおとなしく治療をされてなさい! 魔法師兼半人前女医の私が、こんな治る病気で苦しむ人たちを見て、放っておくはずがないでしょう!」
 手作り感あふれる寝台を蹴ってやろうかとも考えたレイは、暑さと緊張感でひたすらあふれる汗に耐えながらも、手を動かす。
 アルゼリアに入ってまだ三十分。患者は十を超える。一人で乗り切るのには、限界がありそうだ。
 伝えることは、すべて伝えた。戦へ出ることのなかった体力のある男性たちは、汚物の処理にあたってもらっている。ありがたい話だとは、心底思う。
敵対国出身のレイが治療を行うと言っても、反論の一つも上がってこなかった。むしろ、こうして治療を行うスペースの確保もできた。道具の準備もしてくれて、おまけに一人ですべてをやるのは大変だろうからと、汚物の処理に手を貸してくれた。せめてもう一人ぐらいは助手として、人手が欲しいのだが、我が儘を言ってはいられない。
 この国に、医者は一人もいない。
 だったら、自分一人だけでもやらなければならない。出来ない、とは言えない。医学の知識もない人間に手伝ってくれ、とは、どう足掻いても言えない以上、一人で絶対に何とかしなければならない。
 後ろで、誰かが嘔吐をする声がした。はっと気がついて、背中を擦り、声をかける。桶の中へと吐き出した者は、青白い顔で言った。
 「殺してくれ、姫神子様のように殺してくれ、楽になりたい」
 涙ながらに言うものに、レイは感情を押し殺した。彼らの言うことは、分からなくもない。むしろよく分かる。当たり前の反応なのだが、だからといって、こんな所で投げ出したくはなかった。
 これで何度目になるのかもわからない言葉を口にする。
 「私は魔法師兼半人前の女医です。私は出来る限り、貴方達を治していくつもりです」
 国同士の戦いを、甘く見過ぎていた。

 「どうして許可を出した?」
 窓辺から狭い国を見る国王様に、蓮は何食わぬ顔で言った。
 「どうしてと思われる方が珍しいかと。困っている者がいたら、たとえどんな者であろうとも、手を貸す。当たり前のことでしょう?」
 愛用の刀を置いて言った蓮に、国王様はまさかと思った。
 「そのまさか、ですよ? 宰相が民を助けて何か問題でも?」
 部屋を出ようとした蓮に、国王様は顔を青くした。冗談じゃない、と言いかけた国王様の言葉を途中で止めたのは、臣下でもアルゼリアの移民兵でもなかった。
 「父様、これ以上はもうお止めください」
 申し訳なさそうに、泥だらけの姿で部屋に入ってきた椿に、蓮はこれで決着がつくと思った。
 「私は、争うのは、もうこれ以上は嫌です」
 はっきりと言った椿に、国王様は目を丸め、次第に顔を赤くした。
 「冗談じゃない! お前が言ったんだぞ? 犯人を捜してくれ、自分は姉を殺した人の特徴を知っている、と」
 「ですが、私は姉上を殺したものを早く捕まえてほしかっただけであって、こんなことは望んでいませんっ!」
 顔を上げ、はっきりと言った椿に、大きく手を上げ、「白旗を上げましょう」と蓮が言った。
 「はっきりと言いましょう? あと一週間もこの状態が続けば、間違いなく、各国からの応戦がくるでしょう? 今まで冷たい態度の身を示してきたアルゼリアと、どこの国に対しても友好的な態度しかとることのなかったリア国とでは、他国がどちら側につくか? 答えは明確すぎるでしょう。このままではアルゼリアは確実に滅びます」
 はっきりと言った蓮に、国王様は歯を食いしばった。
 「……全兵士伝えろ、この一件を機関へ持っていくと。撤退命令だ」
 小刻みに震える国王様を見た椿は、小さく「ごめんなさい」と言った。













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