4.1



 その日も椿姫は城を抜け出しては、街へと降りてきた。
 「蓮さん、怒るよ?」
 「そんなの知らない」
 笑いながら言う椿姫。きっとこのしわ寄せが、自分に来るのだ。めんどくさいと思わないはずがない。
 今日の作業開始時間は朝九時と、比較的早い。昨日は十時過ぎても広場にいた。どうしてこんなにも作業時間が早くなったのかは、汚物入れの桶を見ればすぐに分かった。多いのだ、数が。
 子供の成長期を重要視して、夜間は年齢が五十を過ぎた人たちが処理にあたる。一九時を過ぎれば一五までの子供たちは、五十を過ぎている大人たちと入れ替わり、家に帰ってはご飯を食べ、汗を湯水で流し、ゆっくり眠るのだろう。椿姫が手伝うというのであれば、助かるけど、一応彼女はこの国の姫様。手伝わせてもいいのだろうか?
 「あっ! アキラにお嬢だ」
 広場で待機をしていた。近くのベンチに二人して腰を掛け、椿姫は膝の上に猫を乗せていると、二人から声をかけられた。どうでもいいけど、この国って、猫が多くないか?
 「瑞樹と、生次郎君?」
 大きく手を振りながら走ってきた生次郎君に、遅れて歩いてきた瑞樹。横にいた幼い子供たちが「しょう兄ちゃん」と笑顔で走っていく。正直、かわいらしい。
 『お兄ちゃん、兵隊さんになっちゃうの?』
 ふと、思い出してしまった。
 『兵隊さんじゃなくて、移民兵だよ。この国の人が軍に入ると兵隊さん。移民としてこの国の軍に入ると移民兵』
 『でも、兵隊さんなんだよね?』
 末の妹は、心配性だった。自分の体が弱いのに、いつも他人を気にしていた。頑丈ではない体で真冬の川に飛び込み、おぼれていた子犬を助けては、翌日にはきっちりと高熱を出す。よく言えば心の優しい女の子。悪く言えば後先考えずに行動する。一体誰に似たのかもわからないこの性格は、あの時も同じだった。
 『まあ、ザックリと言えばね』
 まだ幼い妹に正規の兵士ではない、とは言えなかった。
 『戦争に行っちゃうの?』
 あのとき、妹は入院していた。
 二日前の夜に、妹は急にいなくなった。家の中にも、部屋にも、物置部屋にも、どこにもいなかった。十数時間後、妹は意外なところで見つかった。駐車場の片隅で、ペットの犬を抱えていた。我が家の自慢の愛犬、時雨(しぐれ)に首輪はついていなかった。長子の兄が言った、時雨の散歩が終わって、リードをつけようとして首輪を緩め、そのままにしていたと。兄は両親からこてんぱに怒られ、末の妹は次の日に意識を取り戻し、湯たんぽのように暖かい手で、自分の手を握った。
 『大丈夫、ちゃんと帰ってくるよ。それに移民兵だから、直接戦場にはいかないさ』
 あの時、正規の兵士の身が戦場へ行き、移民兵の自分は後方支援ばかりだと思っていた。病院のベッドの上で大喜びをし、看護師さんから『サキちゃん、おとなしく!』と言われた末の妹。きっと戦線離脱したと聞いて、心配しているはずだ。
 「アキラ君? どうしたの?」
 椿姫が不安そうに言う。どうやら考えすぎていたようだ。一刻も早く帰国をしなければならないのだけれど、
 「……いや、なんでもないよ」
 恩人でもある椿姫を心配させたくなかった。これ以上、不必要な不安を募らせたくはなかった。
 「なあ、椿が手伝いたいってさ」
 「えっ?」
 ほんの一瞬だけ、頭の中が真っ白になった。生次郎君は、一体何を言っているのだろうか? もしかして椿姫は、自分が「この国の姫様」であることを隠しているのだろうか? 
 だけど、蓮さんからクマ担ぎをされたところを見ている以上、瑞樹と生次郎君は椿姫のことを「どういった人」だと思っているのだろう? 幼い子供たちは椿姫のことを「おねえちゃん」と言っては、抱きついている。この子たちの保護者が見たら、一体何を思うかわからない状況だ。
 「い、一応、年長者に許可を取るべきなんじゃないのかな? 人出が増えるし、役割もあるだろうから」
 数秒経って出た答えは、当たり障りのないもの。ここで下手に言ってしまえば、後々が怖い。
 「それじゃあ、椿よろしく」
 「了解なのです!」
 掌を見せ、左手で生次郎君に敬礼をした椿姫。もう言いたいことが追い付いてくれない。それを真似して幼い子供たちが「りょうかいなのです」と、椿姫と同じことをする。この国ではもしかしたら、ということだってある。部外者の自分は、あまり口を出さないほうがいいのかもしれない。
 数分後に来た幼子たちの保護者が顔色を青くし、椿姫に何度も頭を下げていたのは、おそらく当然の結果。













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