3.8



 処理場から帰ってこない二人を心配して治療所まで足を運んだ生次郎は、呆然と立ち尽くし、顔を青くしながら瑞樹を止めるアキラと長屋に住む三十代ほどの彼女たちを見て、大方、起こったことを把握した。生次郎も、彼女たちとは面識があるので、できることであれば「やっかいごと」に巻き込まれるのは、本音を言うのであれば、御免こうむるのだが、話が話だけに、素通りはできなかった。
 「この国から出て行って頂戴、この人殺し!」
 小さい赤ん坊を抱えた女性がヒステリックに叫べば、生次郎と瑞樹だけでなく、野次馬精神で見物と言わんばかりに、遠くから見ていた者も、眉間にしわを寄せては、「うん?」と首をかしげた。
 「それじゃあ、あなたたちは一体なんなんですか?」
 今までは瑞樹しか物事を言わずに、宮中でも、たとえ衣服が破かれようとも、街中で冷たい目で見られようとも、すべては「自分が異国の兵士である以上、仕方のないことだ」とあきらめていたアキラが、やっとの思いで口にした。
 「瑞樹君の言うことはごもっともです。自分は蓮さん、この国の宰相様とお姫様に助けられた身。もしも不満や不平が募るようであれば、どうぞお二方に申し出ればいい。もっとも、出来るようでしたら、の話ですが。出来ぬというのであれば口出しをしないでいただきたい」
 堪えられない状態だったわけではない。
 ただ、顔を赤くし、今にも瑞樹を殴ろうとしていた彼女たちが、どうしてもアキラは気に入らなかった。
 大人げないとはわかってはいても、やってしまった後では、もう何もかもが遅い。はっと気が付けば、生次郎は大きくため息をこぼし、何事かと野次馬精神を出したものは、呆れ返っていて、中には笑うものもいた。自国の姫様とあの蓮さんに物事を言えるはずがない、と言いたげな表情で失笑する者。火に油を注いだ異邦人と、アキラを半ば哀れな瞳で見つめるもの。
 「人の国の事情も知らないで、よその国の人間が偉そうなことを言わないで!」
 「私たちが皇女様に文句を言えるはずがないでしょう!」
 戦場であれば人を殺すことのできる目で言った彼女たちの主張は、確かに間違ってはいなかったのだが、アキラからしてみれば理解はできるものの、わかりたいとは思えないものだった。大きく息を吸い込み、アキラは腹をくくった。
 「だから異国で、こちらの国の姫様を殺害した人間と同じというだけで、服を引き裂いたり、あまつさえは差別をしようとも正当化されると? あなたたちは本当に大の女性ですか? そんなわけがないでしょう」
 「上原さんたち、いっつも俺らに言うよね? 差別はいけません。誰とでも仲良くしましょうって。だけど自分たちは真っ先に言うこと破って、それは大人のやることじゃないだろ?」
 「私たちは未来の子たちの為、あなたたちの為に『異国の兵士さん、出て行って』って言ってるの!」
 「これの一体どこが悪いというの?」
 「あなたたちの身を守ってあげるために言ってあげているのよ? むしろ感謝してほしいわ」
 「なんでも『誰かのため』と言えば許されるとは思いませんよ、北守さん……心底がっかりです」
 「孤児のくせに何を偉そうなことを言ってるの! 私たち大人がいないと孤児は何一つできないでしょう!」
 肩を落とし、目の前の光景に愕然とする生次郎は、大きくため息をこぼした。
 瑞樹たちの言い分も、彼女たちの言葉も、決してわからないわけではない。むしろ、痛いほど理解できる。
 だが、このままでは大人(女性)三人と一五か六の少年二人の喧嘩となってしまう。一体誰を呼ぶべきか? いっそうのこと、今から走って蓮さんを呼んで、彼女たちの不平不満を解消してもらうのが、一番の近道なのだろうが、はたしてこんなことで一国の宰相様でもある彼を、こんなくだらない用件で呼んできてもいいのだろうか? 
 生次郎も、決して頭の回転が速いというわけではないが、自国の姫君、第一皇女が何者かから殺されたことぐらいは知っている。国王様のアルコールへの心酔が激しい今、ましてやこんなことが起きてしまったのだから、なおさら彼は忙しいはずだ。
 この国に警察や治安部隊などといった、市民及び国民に何かあった時に対応してくれる組織が、もう一つあればよかったのだが、唯一の軍隊は今、戦場にいる。警察の仕事はすべて軍が行う以上、普段であれば、戦争など起きていなければ、皇女様が殺されていなければ、こんなことにはならなかった。
 周囲の大人たちは、ほとんどが見て見ぬふりをしている。もしくは、血の気が盛んなのか、やってしまえ、もっとやれと口にしている。
 止めなければならない。
 でも、誰が、どうやって?
 アキラは冷静に対応しているように見えて、内心は怒り狂っている、ように見える。年下の瑞樹は、冷静さを失い、今にも殴りかかっていきそうだ。
 仕方がない、と大きくため息をこぼした生次郎は、腹をくくった。
 「おい、アキラ、瑞樹」
 周囲の人間にゃ大人たちが止めないと言うのであれば、自分が止めるしかないと思った生次郎は、一歩だけ踏み出し、ふと物音に気が付いた。














[ 17/33 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -