3.6



 「リア国の人間だからって、不当な扱いを受けるのは怒ってもいいことだと思う」
 蓮さんが持ってきてくれた衣服は、少しだけサイズが大きい。なので、朝一番に瑞樹に「どうしたその服」と言われ、事の経緯を話せば、反応がこれだった。
 秋原瑞樹(あきはらみずき)。治療を終えて、身体を動かし始めて約一五分後のことだった。体力だけが取り柄の移民兵の自分に対して「力あるんだね」と話しかけてきては、さらに「友達になろう」と優しく言ってきてくれた。ちょっと変わった男の子。たぶん、年は自分とあまり変わらない一五か六程度。初日で瑞樹のことはなんとなくわかった、周りの人たちの言う「孤児」を感じさせないほど、明るくて、だけど何を考えているのかが全く分からない。
 「そう、かな?」
 作業は大人が集まるか、もしくはレイさんが合図を出してからの開始となる。
 だから、まだまだ子供の瑞樹が独断で開始をすれば、蓮さんの刀、レイさんの平手が黙ってはいない。大人たちが来るまでの間、戦場へ行くことのなかった年の男子は、こうしてゆったりと会話すらできる。
 「差別は、駄目だな」
 横で腕を組みながら言ったのは、藤北生次郎(ふじきたしょうじろう)くん。
 「いじめもよくないし、アキラは戦線離脱をした兵士というだけで、うちの姫様を殺したわけじゃないんだろう? だとしたら、どうして服を破かれる必要がある?」
 言っていることはもっともだけど、生次郎君の言うことはもっとも、なんだけど、微妙に違う気がする。
 「誰しもが生次郎君のように納得なんて出来ない。だから多少のことでも我慢が必要なんだと思う」
 生次郎君の言っていることはごもっともだけど、自分を「自国の姫様を殺した奴と同国の人間」と見る連中らのことだってわかる。
 「少なくとも俺やショウ兄は、他の連中らと同じ目で見なきゃいんだよ」
 どこか楽しそうだな瑞樹、との言葉が出なかった。
 ただ、単純にありがたいと思えた。瑞樹は生次郎君よりも少し年下なんだろう。生次郎くんは「しっかり者のお兄さん」のオーラがあるけど、名前に「次」の文字があるということは、次男なんだろう。生次郎君は何か異変に気が付いたように、僕の顔をじっと見る。
 「……何?」
 大股で近づいてきては、じっと僕の目を見る。
 「ショウ兄?」
 若干ひきつった笑みの瑞樹。眉の間にしわを作り、何か深く考えるようにし、やがて「青か、黒っぽいな」と生次郎君が言った。
 「青か黒? 何の話?」
 首をかしげる瑞樹。ああ、なんだ、このことかと、すぐに分かった。
 「目の色でしょう? 限りなく黒に近いんだけど、ちょっとだけ青っぽい色」
 自慢でもなんでもない目の色。黒でもなく紺でもない中間の色。
 「一瞬光の加減かと思ったが、違った。他の連中はそうそう持ってねえ。いい色だ」
 真顔でこういうことを言うのは、相手が女性の時だけであって、男場合であれば、吐き気がする。一応のお礼を言えば、生次郎君は納得がいかない表情をしていた。
 「目の色が違うなんて、大したことじゃないよ」
 本当に、これぐらいどうということではない。
 ただ、軍に入りたての頃は、どうしても言われていた。カラーコンタクトを入れているんじゃないのか? 何かしているのか? コンタクトなんて怖くて入れられないのに、カラーコンタクトなんてできるはずがないし、目の色を変える手術もしていない。これが普通の、地の色。
 「でもさ、綺麗な色だよな、ショウ兄?」
 興味津々に言う瑞樹。
 「うん、変わってはいるけどな、悪くはない」
 「二人とも、それは女性に言ってくれ。男の俺に言うのはやめてくれ」
 「どういう意味だ、それ」
 心から笑う瑞樹と、生次郎くん。
 心が、自然と温まる気がした。
リア国でも決して受け入れることのなかった平等。なのに、どうしてこんなにも温かくて優しいこの国で、あんな戦争が―――
 「ちょっとあんたたち! 一体何やってんのよ!」
 女性とは思えないほどの大きな声で言ったのは、この国でたった一人、魔法師として、医者として、汗水流しながら患者の治療にあたっているレイ姉さん。腰まで伸びる金髪のおさげが、彼女の年齢をより若く、ではなく、幼く見せる。
 「雑談です」
 素直に言うことは大切だが、この場合は「雑談です」ではなく「待機してました」だろう? よくもこんな馬鹿正直に物事を言うと、感心した。生次郎君だって、レイ姉さんの怒りを買ってしまったと気が付いて、顔を青くしている。
 姉さんの罵声が響いたのは数秒後。患者さんの笑い声が聞こえたのは、それからさらに後のこと。













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