3.5



 戦線離脱をし、敵国ことアルゼリアに身をひそめ、早二日が過ぎようとしていた。
 故郷が滅び、移民と兵士の肩書を持つ自分に、誰か一人でも優しく接してくれる人間なんて、どこにもいなかった。ましてや、どうしても目立ってしまう自分の見た目であれば、なおさら、だった。
 「やっぱり、こうなるよね」
 朝起きて、大きく背伸びをする。移民兵としての習慣が、毎朝太陽が昇る前に起床をし、夜のうちに次の日の衣服を用意することなので、間違っても衣服が枕元からどこかへ行ってしまうなんてありえない。少なくとも、衣服が切り裂かれているなんて、論外ともいうべき状態だ。
 だけどここはアルゼリア王国。敵国でもあるリア国の移民兵の自分が、こんな境遇になったとしても、何の文句も言えない。殺されない限り、まだいい方なのだと思うほかないのだ。
 「仕方ない、かな?」
 引き裂かれた衣服と「人殺し」や「戦犯者」などの言葉が書かれた用紙を手に、朝から大きなため息。当然のことなのだから仕方がないと言い聞かせても、さすがにこのまま宮中を歩くのには気が引けた。いくら椿姫の好意に甘えて、さらには蓮さんの指示に従ってここに泊まることになったとはいっても、寝間着のまま歩くのは嫌だ。別に自分の家の中であれば何の問題もないのだろうけれど。
 「意外と早いんだな」
 ノック一つもなしに部屋へ入ってくる蓮さん。
 「おはようございます、いつもはもっと早いです」
 ちょっとした見栄っ張り。慌てて立ち上がって、しっかりと頭を下げる。いくら昨日がそこそこの重労働で、いろいろとありすぎたとはいっても、遅くまで寝てもいいという理由にはなってはいないし、ただの言い訳にしかならない。
 「…おはよう、服は気に入らなかったのか?」
 指をさしていった蓮さんの表情は冷たい。当たり前だろう、衣服の提供をしてくれたのは蓮さんだ。誰だって、自分が用意したものを、裏でこんな状態にされていると知れば、心底嫌になる。
 「そんなことは」
 ありません、と言いかけた。
 もしもここで自分が否定の言葉を口にした場合、これを誰がやったのか、と蓮さんは尋ねてくるだろう。この時に、自分は何と言えばいい? わかりませんや、知りません。この類の言葉は軍人、兵士として問われる。ならば、自分がやりました、とでも言うべきか? 十中八九殺される。だとすれば、何と言うべきか? やはりここは、
 「宮女たちか」
 一瞬、何を言われたのかが全く分からなかった。「はっ?」と言いかけた口を閉ざせば、蓮さんは何を思ったのか、宮女の説明をし始めた。
 「宮女ってのは、女官や妓女のことだ。お前さんも何回か見たことがあるはずだ。紫色や緑の衣を着て、宮中を歩く女、あれだ」
 「違います、そっちではありません」の言葉を抑えては、頭を働かせた。どうして彼女たちが犯人だと、こうも言いきれるのだろう? しかも宮女だなんて限定された言い方。
 「お前さん、これをやった人間に心当たりは?」
 暑さにして十センチの青いファイルを二つほど抱え、真剣に考えてくれる蓮さん。こういう人だからこその「王国の宰相さま」が務まるのだろう。頭の回転が驚くほど速く、誰に対しても真剣に耳を傾け、同じ視線に立って物事を考えなければ、こんな職種なんて無理に等しい。
 「……この国の人間なんだろうとは思ってます。自分は、リア国の移民兵ですし」
 少なくともこの国の人からしてみれば、自分は嫌でどうしようもない存在であり、一刻も早く消えてほしい、祖国に帰ってほしいに違いない。だから服が破かれることだって、納得がいく。
 「あほか、お前は」
 青いファイルの角で叩いた蓮さん。ファイルの角で人の頭をたたくのは、正直どうかと思う。
 「字体見てみりゃあ女じゃねえか。第一にここをどこだと思っている?」
 この言葉ではっとした。「国に戻れ」や「人殺し」だのと書かれている用紙を手にし、
 「…本当だ」
 かなり癖こそ弱いけれど、女性独特の丸字で、しかもかわいらしい。宮中で女性の字ともなれば、これを書いた犯人だって突き止めることも、決して不可能ではない。
 「代わりの服を持ってくるから、ちょっと待ってろ」
 指をさし、絶対に動くなとも指示を出した蓮さん。何から何まで本当にありがたいとは思っている。
 だけど―――














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