2.6



 レイの魔法師としての成長は、驚くべきスピードだった。根が真面目で努力家だからなのか、もしくは才能か、魔法師としての素質があったのかどうかまでは分からない。
 ただ、普通であれば八カ月、みっちり特訓を受けただけで、一人前となるのは異常なのだが、レイはそれをやってみせたのだ。
 もし今も、魔法師がいたら、国家崩壊とともに殉職で集団自害をしなければ、彼らはレイを一人の魔法師として、快く受け入れたであろう、才能のある期待の新人として。
 だったら今日はとある山小屋に行って、レイが大喜びするモノを見せようと思ったトラは、森の奥へと入り、人の気配に気がついた時には、もう遅かった。ゆっくりと倒れる身体。急激に機能を停止していく私の身体。
 もって、あと数分しかなかった。
 「トラさん! トラさん!」
 涙目で私を抱きかかえようとするレイちゃん。貴女、女性なんだから無理よ、と言おうとした時だった。もう一発の実弾で、私は完全に駄目になった。

 「なんてことをするんですかっ! ここは猟が厳禁となっている森でしょう? 狩人ならばそれぐらい知っているはずですがっ!」
 ゆっくりと冷えていくトラの体温に、レイは悔しさを隠しきれていなかった。
 「何を言ってんだ、戦争で法もくそったれた時代に」
 狩猟専用の銃を背負って言った、四十代後半ほどの年齢の男性に、レイは耳を疑った。
 「せんっ……戦争だなんてありえない! 平和を第一とするリア国が戦争だなんて! 第一にだからってこんなことをするなんて!」
 涙ぐみながら言ったレイに、もう一人いた男はため息をこぼして言った。
 「アルゼリア第一皇女が何者からか暗殺に加え、リア国の移民兵は戦線離脱に音信不通の行方不明。おかげで国の上にいる連中らは錯乱状態。法なんてどこにあるんだ?」
 震えあがる身体に、嘘だと何度も言った。
 アルゼリアのことは、レイも耳にしたことがあった。双子の皇女が存在し、別名灯籠の国。技術が進んでいるのか遅れているのか、内情も、めったに公開されることのない、不思議な国。
 そんなところとリア国が戦争? 一体何のために? 皇女暗殺とは?
 これら疑問がレイの心の中をかき乱して、吐き気を感じさせるほどの苦痛に、レイは我慢が出来なかった。銃を抱えた男たちに、一体何をされるのか? 殺されるぐらいだったらまだ楽。女性としての身の危険を感じ、男たちがトラの回収を、と思った時には、レイはもうこの場にはいなかった。

 「北西へ逃げて、そしたら助かるはずだから」
 レイは森にいる動物たちに伝えた。猟を厳禁としているこの森に、狩人が入ってきて、動物を殺そうとしていること。もしこのままこの森にいたら、対象となってしまうこと。この事を動物たちに伝えれば、彼らは「見つからないようにする」とレイに言っては、大空をはばたいて、西方へと逃げて行った。
 西方のとある国に、珍しい動物だけではなく、生きている動物であれば必ず保護をしてくれる大きな施設を持つ国がある。あそこまで行けば、とりあえずは命の保証と安全がある。
 自分がやるべき目的は、一つ目は終わった。
 「でも、本当に・・・・・?」
 心臓がやたらと煩いのは、さっきまで走っていたからではない。信じられない話を聞いた時から、嫌な予感がするのだ。
 現実的に考えて、地位の低い移民兵が戦線離脱などと、ありえるのだろうか? ましてや第一皇女の暗殺。
 「現実離れも良い所よね」
 戦線離脱は、見つかれば死をも覚悟しなければならない。ましてや皇女暗殺。近衛師団と呼ばれ、尊敬の意を持たれるはずの彼らは、一体何をしているのだろうか? こんな疑問を投げられたとしても、何もおかしくはない。
 三発ほどの銃声音に、レイは振り返った。
 「もう荷物は諦めるしかない、か」
 荷物の中には大切なものが入っていたが、戻れば男たちと会うことになりかねない。今度こそ、命が危ないかもしれない。レイは「仕方のないことだ」と、何度も自分に言い聞かせては、とある方向へと走り出した。














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