2.5



 「アルゼリアには、不思議な力を持つ姫君がいるんだ」
 彼は私に、いつだって私の知らない、いろんな話をしてくれた。
 アルゼリアは、とても小さな王国。
最近、といっても、十年ほど前から、地下から膨大な石油や天然ガスが見つかった。たまたま井戸を作ろうと思っていたのに、石油があふれ出てきたのだから、びっくり。しかもその量は、資源別に見ても、およそ数百年は枯渇しないと見込まれた。
 外国との関わり、戦を好まないアルゼリアは、その石油を効率よく使用し、高度な科学技術への発展に成功した。戦が起きた時、アルゼリアは一切の関与もせず、との条約を結んだうえで、冷淡とも言える交易をする国として有名、らしい。
 「なんでも、自分の生命エネルギー、おそらく精気なんだろうけど、これを消費しながら、他者の傷を癒すことが出来るんだって。なんだか、可哀想な姫君だよね」
 私の毛をブラシで整えながら言う彼に、私は何も思わなかった、アルゼリアはリガルハの南部に位置するけど、仮にもトラである私からしてみれば、どうでも良かった。
 「そのお姫様、近い将来、きっと殺されるよね」
 殺される、の言葉に、私は勢いよく顔を上げた。
 「あの国、地下にまだ未曾有のモノが大量にあるらしいんだ。何か、はまだはっきりとわかっていないんだけど。最近は山に穴を掘り進めていたら、石炭や宝石まで見つかってる。石炭なんてこれから重要だし、姫を殺して戦争初めて、植民地とするのには、もってこいの国なんだよ? それに、あの国の女性は綺麗で美しい、って言うし?」
 嬉しそうに言う彼に、私は不安になった。そんなわけないと信じていたいけど、まさかと、心のどこかで疑ってしまった。
 「ああ、僕は皇女殺害なんて真似は、しないよ?」
 にっこりと笑う彼に、私は安心しきっていた。
 翌日、彼は私の所に来なかった。
私はとあるサーカス団にいる。毎日、彼と一緒にいるのが楽しかった。
 だからひょっとして、なんて思ってしまった。魔法師としての実力もある彼が、レイちゃんの腕を治したんじゃないのかって。魔法師なんて、今時ほとんど生きていない。みんな、国家の崩壊とともに殉死とかで、集団自殺してしまった。こんな馬鹿なことをやってしまったから、もしかして、なんて思ってしまうのだろう。ひょっとしたら、彼はまだ生きてるんじゃないのかって。

 魔法師として修業をしている森林一帯が、実は狩猟を厳禁としている地域だと知ったのは、レイが母国を出てから八カ月が過ぎようとしていた時だった。
 「確かにここは動物が多いもんね」
 当たりをじっくりと見渡して言うレイ。青い空を遮断するかのような幾多の緑の葉。人が自由に入ることも困難と思われるほどの、険しい道のり。珍しい動物が生息する中、ここがあまり人の立ち入りを許すところではないとすれば、レイがここで修業を続けて八カ月。人を一人として見ないのも、納得がいった。たとえ狩人が飛びつくほど、条件が整った場所であったとしても、法で立ち入りを禁止していたら、こうも人が入らないのだろう。否、入れないのだろう。
 「入るまでが大変っていうのもあるけど」
 レイも、足を同じように動かす。
 「たぶん、ここが基本的に人の立ち入りを禁止としているのも、十分にあると思うけど、生体系を守るってのもあるわ。ここは少しでも人の手を加えてしまえば、すべてのものが狂ってしまう。そんな場所なの」
 ゆっくりと歩幅を増やすトラに、レイは周囲を見渡しながら歩き、どん、と耳障りな音が響いた。














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