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 噂の転入生が机を取りに行ったきり、帰ってこない。このことをいいように使ったのは、別にほんの一部の連中だけではない。
 「ユキ、いい加減に機嫌を直したらどう?」
 「ほんっとうに最悪」
 竜崎柚木。入学当初から変わらない主席の座を守り続ける生徒会役員の一人。おそらく二年にもなれば、生徒会長としての任命が先生たちから来る。ビン底の赤い縁メガネに切りそろえられた、おしゃれっ気のない黒髪ボブヘアー。真っ白な肌は彼女がこよなく愛する乙女ゲームのし過ぎにより、外出を控ええているから。つまりは流行よりもゲームな彼女が機嫌を損ねている理由。
 朝五時半。大至急で生徒会役員は先生たちから呼ばれ、用件があるからこそ呼び出されたのだろうと思っていた生徒会役員たちは、先生が間違ってスケジュール帳を一日早く見ていたと判断するな否や激怒。この時点で朝六時を二十分ほど過ぎ。通常であれば風紀委員や美化委員がやることを「どうせやることないだろ? 家に帰って寝るか、適当に時間をつぶすだけだろう?」と白い歯を見せながら言ってきた生活指導の先生が手にしていたのは、ごみ袋と軍手。校内の清掃とあいさつ運動を終えた生徒会役員の面々はこの時既にお怒りモード。おかげさまで朝礼中に就寝モードに突入した生徒会長と副会長は、現在職員室で先生方から怒られているとの情報が、下級生の教室にまで届いた。
 ここまでであれば、生徒会役員の柚木だって同じだった。というよりかは「久しぶりに朝陽を思う存分浴びたわ。冬休みは引きこもり生活に充実してたし」と言っていたので、かなり笑顔だった。
 が、たった数十分で頬を膨らまし、ビン底メガネから見える「私は不機嫌極まりないからかかわらないで」の雰囲気は、変な噂が立つほど。
 だけど一方で、頬を赤くする女子生徒もいて、驚くほど意見が真っ二つに分かれている。
 「あの転入生、かっこいいよね?」
 「字もきれいだったし、日本語も上手だったし」
 「私、国際結婚するの夢なんだ」
 普段は漫画やゲームにしか興味のない芸術家の女子学生たちが頬を赤くし、騒いでいる。
 「なあ、劉黄も今日の帰りにパフェおごるって言ってるし」
 「言ってねえわ、アホが。おれは今日、病院」
 朝、綾芽に見せた紙をひらひらさせると、綾芽も柚木も何も言わなくなった。
 「……お母さん、どうなの?」
 不安そうに言う柚木。眼鏡の奥から心配している瞳が見える。
 「悪い、と言えば悪い……でも危篤とかじゃないし、意識もはっきりとしてるし、余命三か月だって言われたけど、新薬の投与でどうなるかわからない」
 「悪い方向にもいい方向にも転ぶかもしれないってこと? 詳しいことは知らないけど、たしか新薬って、保険効かないでしょ?」
 「うん、だから国が全額負担してくれるって。これ、証明書」
 一応、自分だけの判断で「はい、わかりました」とは言えない。学校が終わってから父親の判断もしっかりと聞かなくてはいけないから。祖父母の判断は「一日でも早く良くなるのであれば、新薬を投与しても構わない」だった。
 父方の祖父母を知らない自分からしてみれば、母方の祖父母しか意見をうかがえない。どうせこんな「バスなんて一時間に一本あればいい。電車なんて必要最低限にしか動いていない」のど田舎なんだ。新薬を投与して助かった甲野さんの所の奥様なんて、すぐに噂で広まる。別に柚木や綾芽ぐらいであれば、話したってどうということはない。
 「その証明書、だっけ? 見せてもらえる? 話が怪しい」
 眉を八の字にして言う柚木。やっぱり柚木だって感じ取っていたはずだ、この話が普通でないことぐらい。
 「……やっぱり柚木もそう思うかな?」
 証明書を柚木に見せる。ただ書いてある内容としては「保険のきかない新薬を実験的に投与するので、一刻も早く難病を感知させたい患者さんの意向に沿ったうえで、今回限りは国が新薬投与の際にかかる費用を全額負担します」ということと「決して強制ではないけれど、もしかしたらこの新薬によって助かる命があるかもしれない」ということだけ。
 唸りながら文面を何度も何度も確認する柚木。きっと生徒会でも同じような顔をしているんだろう。もしくは、ゲーム購入時。
 「……一刻も早く病気が完治するならいいかもしれないけれど、億単位の借金を背負ってまで新薬の投与に承諾して、ってのが普通だと思う。決めるのは劉黄と劉黄のお父さんとお母さんだろうし、私がとやかく言う必要ないけど、薬の提供先だって日本よりも医術の優れた所だし、信用してもいいんじゃない?」
 さすがは柚木だと思う。ほとんどが同じ意見だ。
 「でも、もしかしたら億単位の借金を背負う必要がなくなって、劉黄のおふくろさんも治ったら、万々歳だよな?」と言う綾芽。
たしかにそうなんだ、普通であれば背負う借金を背負う必要がなくて、病気だって治って、母さんが退院できたら良い。
「だけど、そんなうまい話があるのかってこと!」
 指をさしながら言う柚木。
 「それでも、最終的に決定するのは私でも綾芽でもない。あんたとお父さんなんだから、私の意見はあくまで『参考程度』にしておきなさい?」
 証明書をすっと返してくれた柚木。本当に参考になるというか、もやもやとしていた感情をはっきりとさせてくれる。証明書をファイルの中に入れて、どうするのが一番なのだろうかと考える。
 母さんは幼いころから何度も入退院を繰り返してきていた。
 だから夢だった。
 家族みんなで一緒にご飯を食べたり、運動会に見にいったり、お花見をしたり、ご近所さんと何時間も外で話をしたり。
 こんな当たり前なことが出来なかった以上、これらは母さんの夢だった。
 『母さん、劉黄の結婚式、見てみたいなあ』
 ずっと前に言っていたことを思い出す。余命三か月と宣告される、ずっと前。
 だから美樹さんにウエディングドレスを着てもらって、母さんを喜ばせて、幸せになって、
 「劉黄? 一限始まるよ?」
 ファイルを手に、ずっと考えていたから、柚木に声をかけられるまで気が付かなかった。もう、とっくに一限開始の予鈴は鳴ったというのに。
 ふと、美樹さんはまだ来ていないことに気が付いた。
 「美樹ちゃん、遅いね……昨日の一挙放送見てたからって、遅刻して良いわけじゃないのに」
 なんだろうか、この柚木の引っかかる発言?
 「………柚木、ひょっとして」
 「もっちろん! 昨日の一挙放送でしょ? 私が見ないとでも?」
 「失礼しました」
 同じように夜遅くまで夜更かしをしていた人間が、片方では朝早くから挨拶の運動や校外美化活動にいそしみ、一方では一限の予鈴が鳴っているのにもかかわらず、まだ教室についていない。
 がらがらと教室の扉が開く。
 「お前ら、席に着かんかあ」
 先生が来たと小言に、自分たちの席へと戻っていく。美樹さんが来ていないのにもかかわらず、一限がスタートする。












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