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 母は生まれつき体が弱かった。ちょっとした運動でもすぐに貧血で倒れ、僕の出産時も、担当のお医者さんからは「命の危険性があります」と言われたそうだ。入退院を幼い頃から何度も繰り返し、僕は自然と祖父母の家で暮らしていることが、当たり前だと思っていた。
父は僕が幼い頃から米国で単身赴任。数年に一度しか帰って来なかった。
 だけど寂しいとは、全く感じなかった。恵まれた環境、優しい両家の祖父母に親戚。恋人兼幼馴染と恵まれた友人関係。
 「国が医療費を全額負担か・・・・良かったじゃん」
 保険によっては医療費を加入側が軽減、と謳い文句で宣伝している会社もあるけど、条件をつけられたら、うちの母親は毎度のごとく門前払いを受けていた。働いても働いても足らない高額医療費を、父や父方の祖父母は親戚中からかき集めていた。
 「だけど、裏がありそうなんだよね・・・・ちょっと怖いっていうかさ」
 三日後に提出の契約書。これに名前を書いて、印鑑を押して提出をすれば、国が医療費を全額負担の治療にとりかかれる。このままでは、どのみち母親はもって三ヵ月らしい。この治療をすれば、もしかしたら助かるかもしれない、と。
 だけどこの話、おかしくないか? 普通はこういった治療って、患者側が全額負担で、ものすごく苦労するのが当たり前だとは思うんだけど、違うだろうか? 用紙を覗き込む友人、上條綾芽(かみじょうあやめ)に、契約書を見せる。契約書を見た綾芽は、こんなものがあるのかと興味津々だったけど、何がと言った表情だった。自分が考えすぎなのだろうか、と心の不安を払しょくして、胸ポケットの中に入れていたボールペンで名前を書く。
 「そういえば、美樹さんは?」
 時計を見て、どれだけなんだと思う。
 雨風美樹(あまかぜみき)。俺の幼馴染で、恋人。気がつけば付き合っている仲で、アメリカへ単身赴任中の父親でさえも美樹と俺の中は知っている。いわば家族公認の中。
 「寝坊。昨日遅くまでネット回線のアニメ一挙放送見てて、電車乗る時間に起きたってさ」
 自分の名前と母親の名前を書き終えると、横にいた綾芽は「あ、たぶんそれ、俺も見た」と嬉しそうに言った。
 「もう十年以上も前のだからさ、まさかの一挙放送でテンションあがったわあ」
 興奮しながら言う綾芽。
 生憎、機会に疎い祖父母の家に、パソコンはない。電話だって使いやすいからの一言で黒電話だ。ファックス機能も付いていない、あの黒電話だ。ネット回線をテレビにつないで、さらには電話にもつなげようかという時代に、最近機械が苦手だからの一言。何とかして携帯電話を自分の物へとしようとする努力があるだけ、まだ良いのだろうか?
 「珍しいな、美樹さんが寝坊って」
 「・・・・・美樹、あのアニメ、好きだったもんな、漫画全巻持ってたし」
 ふう、と時計を見て教室全体を見渡す。チャイムが鳴るまであと五分を切った。本当に間に合うだろうか、と不安になる。美樹さんの家から自転車だと六十分は見込んでおかなければならない。もうそろそろ教室についていないとまずくないか、遅刻になるぞ? 新学期早々遅刻なんて洒落にならんぞ、とか思っていた。
 がらがらと、教室の扉が開いた。








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