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 「やっと、終わった」
 大きく背伸びをして、一息つく。時計を見れば、どっぷりと日が暮れているのも納得の深夜三時。こんな時間までかかるとは思ってもいなかった雑用仕事に、ため息をこぼした。
FBI局長を羽交い絞めにした中国人移民のレッテルを数時間貼られてしまい、かなりの量の仕事量を頼まれ、すべてをしていたらこんな時間になってしまった、とは義父に言えない楼は、ゆっくりと立ち上がってポケットの中を探る。たしかな感触を手にした後に適当に書類をまとめ、部屋を出る。
 部屋を出れば、さすがに昼間のようなにぎやかさや慌ただしさはどこにもなく、しん、と静まり返っていた。時折、書類に追われているための残業か、もしくは当番制なのかもわからないが、通り過ぎる彼らは、殆んどがこの国では白い目で見られるようなものばかりだった。
 「ヒスパニックに黒人ばっかりが残業ってか・・・・人種差別撤廃はどこに行ったんだか」
 ため息をこぼしながら、やっとの思いで到着した自動販売機の前に来て、やっぱりアメリカだよな、と思いながら缶コーヒーを購入し、はっと気がつく。
 たった数年、日本にいただけでこうかと、思うのだ。お釣りのボタンを押しても案の定だったために、少し損をした気分で缶コーヒーのふたを開けた時だった。誰かが自分の事を見ていると思い、はっと振り返った先には、顔を真っ赤にした一人の少女がいた。大量の書類を抱え、じっと楼を見ていた。
 「・・・・えっと・・・・・・?」
 何事だろうかと思い、声をかけようとした時には、彼女は脱兎のごとく、どこかへと行ってしまった。一体何があったのか、何が起きたのか? 楼は全く意味が分からず、ただ呆然と缶コーヒーのふたを開けて、半分ほどを一気に飲み干す。
 「・・・さすがアメリカだよな」
 口に合わないわけではないが、美味しい。自分はどちらかと言うと紅茶派だが、美味しい。だが、やっぱり紅茶が一番だ。コーヒーも、眠気覚ましにならないわけではないが。
今から父親がまだいるかを確認して、終わったのを報告して、とまで考えていて気がついた。
 「あの人、どこにいるんだろ・・・・?」
 適当にあたってみるか、もしくは諦めて先に帰ってしまおうか、とも思っていた。けたたましい爆発音が、施設内を響いた。

 「―――以上で報告を終わります」
 かかとをくっつけて言ったアンナに、ラウは書類を数秒間眺めては「ご苦労様」と言った。
 「お前にしてはよくやった、この調子で頼んだ」
 背中を正し、しっかりと頭を下げて言ったアンナの表情は、晴れ晴れとしていた。
 「はっ・・・・・・ハイッ!」
 頬を染め、嬉しそうに言ったアンナに、ラウは重い腰を上げ、近くにかけていたコートに手をのばそうとした時だった。少しだけ、壁が悲鳴をあげた気がしたのだ。
 「・・・・・・センパイ、そんなに力入れて立ち上がらなくても」
 「俺は」
 『何もしてない』と、ラウが言おうとした時だった。地面が、激しく揺れたのだ。
 「なっ・・・!」
 建物を左右に、大きく揺るがすため、棚の中に入れていた書類やファイルはすべて床へと放り出された。机の上で作業をしていた者。目的地に連絡を取ろうと、携帯電話を手にしていた者。やっとの思いで仕事が終わり、一息ついた者。それぞれが口々に「何事か」と言っては、状況を理解しようとしていた。机の上に置いていた書類、ファイル、はたまたノートパソコンが床へと落ちていく。
脳裏で何十年と前のツインタワーの一件を思い出させる者が多くいる中、ようやくの思いで揺れが収まったのは、揺れてから三十秒ほどしてからの事だった。何事かと呆然とする中、部屋にいた誰かが呟いた。
 「ねえ、なんか煙くさいくない?」







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