10万打御礼企画夢
(頑張る君へ)
忙しい毎日
その中で君の存在があたしを支えてくれる
頑張る君へ
「はぁ・・・終わんない」
時刻は午後9時を回った頃
睨めっこしていたパソコンから目を離し、外を見ればすでに真っ暗で、最上階のフロアからの眺めはちょっとした夜景スポットだ
「って、全然感動しないし」
窓の外から視線を外し、あたしは凝り固まった肩をほぐす様に腕をグルグル回しながら終わりそうもない目の前の画面を睨む
新しく始めた事業の企画担当となったのはつい最近で、最初は仕事を任されたことに素直に喜んでいたが、現実はそんなに甘いものではなく、毎日目まぐるしく過ぎていく
残業はもちろん、土日出勤もあたりまえで、家に帰っても寝て起きてすぐ会社へ向かうと言う日々が続き、風呂さえあればむしろ会社で寝泊りした方が良いんじゃないかと思うこともある
「はぁ・・・こんなに大変なら仕事請けなきゃよかったなぁ」
椅子にもたれ天井を仰ぎながら呟けば、あたし以外誰もいないフロアに思ったより響いた
新しいことを始めるというのは全くゼロからのスタートで、過去の資料もなければ頼れる人もいない、周りの人が手伝ってくれるとしても限られたことで、ほとんど自分ひとりでこなさなければいけないこの仕事は正直孤独で少し寂しい
「心折れそう・・・」
だけど、任されたからには弱音は吐きたくないし最後までやり遂げたい気持ちが強いから一応やるものの、一人の時には無意識に弱音を吐いていることが多くなった
「まだやってんのか?」
弱音を吐いても仕方がないと思い直し、乾いた目に目薬を差しパソコン画面へと再び視線を向けると、背後から聞こえる声に驚きながら恐る恐る振り返った
「エース!」
「よっ、遅くまでご苦労さん」
「あはは、エースもね」
そこにいたのは同期で隣の部署で働くエースで、あたしはその見知った顔に何となくホッとしながら、エースもこんな時間まで大変なんだなぁ、と何となく仲間意識が出来て心が軽くなった気がした
エースはあたしの隣の席の椅子に腰掛けると机に肘を付いて顎を支えながら不貞腐れたように表情を歪ませる
「俺んとこは今が一番忙しい時期だからな」
「そうなんだ。他の人も残ってるの?」
「いんや、俺だけ」
「え?何で?」
「それがよー俺の部署って家庭持ち多いだろ?そう言うわけで皆中々残っていけねぇーってわけよ」
「なるほど。それで独身彼女なしのエース君が皆の代わりに残業してあげてるわけね」
「おい、ナナシだって彼氏いねぇだろ」
「うっさい」
入社当時からエースとは仲が良く、そんな冗談染みた会話をしていたら、先ほどまで切羽詰っていた気持ちがうんと軽くなった
エースは不思議な男の子で、誰にでも人懐っこくて礼儀正しくて、子供みたいだと思ったら仕事はバリバリ出来るから社内でもモテモテなのに彼女は絶対に作らない
本人いわく「好きな奴いるから」らしく、巷でも美人がいると有名なうちの会社の女性をものともしないエースの好きな奴とはどんな女性なのか、いつか拝んでみたいものだが、教えてくれる気は微塵もないらしい
「で、もう帰るの?」
「あぁ、切り付いたからな」
「そっか、お疲れー」
「・・・おう」
ヒラヒラ手を振ってそう言えば、エースはちょっと戸惑ったように返事をしてからその場を後にした
「さてと、残りも頑張りますか!」
終電までまだまだ時間はあるし、エースのおかげで心も少し軽くなったからもっと頑張れそうだな、と意気込みパソコンに向き合ってキーボードを打ち始めた
カチカチカチ
それからどれぐらい時間が経った頃だろう
随分集中していたようで、何と無しに時計に目を向けた時にはすでに終電の時間が過ぎている時間だった
「えっ、嘘!?」
信じられないと言う気持ちで再び時計に視線を落としたが何度見直しても時間は同じで、あたしはそれを確認してからガックリと机に項垂れた
今まで残業をしてきて終電で帰ることはあっても会社に泊まって徹夜なんてことは一度もしたことがなかったのに
「う〜、せめてこの会社にお風呂があればなぁ」
寝るのはソファで良いとしても、お風呂に入れないなんて最悪だ
明日はお客さんと会う約束もあるし
「はぁ〜。お腹もすいたなぁ」
そう言えばお昼ご飯以降何も食べていないことに気づき、グルルと思い出したように鳴り出すお腹をさすりながら、それでもコンビニに行く気力もなく項垂れる
「こんな生活絶対体に悪い・・・お肌にも悪い・・・だから彼氏できないんだ・・・」
思わずそんな愚痴も漏れて来て、これで一生彼氏が出来なくて結婚できなかったら会社を訴えてやる、何て飛びすぎた考えまで出てきた
「彼氏ができねぇのは関係ねぇだろ」
「!」
このまま寝てしまおうかと思って目を瞑ろうとした瞬間、背後から聞こえるこの日二度目の声に目を見開き振り返れば、そこには呆れた表情のエースがいた
「え、ど、どうしたの?」
「牛丼、食うだろ?」
「え?」
突然のエース出現に驚いていれば、エースはあたしの質問に答えることなく手に持っていたビニール袋を顔まで掲げ笑みを浮かべたので、そのほのかに匂う牛丼の香りにあたしは瞬時に頷いていた
「やーん!おいしー!」
「だろ?残業のときの牛丼ってのがまた格別だよな」
「あーお酒飲みたくなってきた」
「そりゃ仕事中じゃ無理な話だ」
再びあたしの隣に座ったエースと一緒に牛丼を頬張れば、さっきまでは気づかなかったが相当お腹が空いていたようで、口に牛丼を運べばもう高級フレンチ料理にも負けてないような気がするぐらい美味しく感じた
「はぁ、美味しかった。エース、ありがとうね」
「おう」
「でもどうして会社に?帰ったんじゃなかったの?」
「あー・・・いや、帰ったんじゃなくて牛丼買いに行ったんだ」
「あ、じゃあエースも今まで残業?」
「まぁ、そんなとこだ」
「?」
何だか煮え切らない答えを繰り返すエースに疑問は残るが、エースの持ってきてくれた牛丼によって一命を取り留めたあたしの心は満たされた
「それより、お前終電終わってんじゃねぇのか?」
「そうなんだよねー。気づいたらこんな時間で。こりゃ今日は会社に泊まろうかなって」
「泊まるって・・・風呂とかどうすんだよ?」
「うーん・・・そこが問題なんだよね」
まさに先ほどまで考えていたことを指摘され、あたしは再び頭を捻る
「送ってってやろうか?」
「え?」
どうしたものかと考えていれば、ポツリ呟いたエースに視線を向ける
エースは食べ終わった牛丼の空を袋にしまいながら、あたしの方を見ていないけど、何となく動揺したように視線を彷徨わせていた
「俺車だしさ、お前ん家って確か同じ方面だろ?」
「や、でも悪いし・・・エースも早く帰って休みたいでしょ?」
「別に俺は構わねぇよ」
「・・・そう?」
相変わらずこちらを見ようとはしないエースに、あたしはその大変ありがたいけど申し訳ない申し出にどうしようかと考え込む
「ま、そう深く考えんなよ。同期のよしみで乗せてやるからさ」
「うーん、じゃあ・・・お言葉に甘えちゃおうかな」
ギュッと牛丼の空を入れたビニール袋を縛りながらそう言うエースに、あたしはそのありがたい申し出を受けることにした
持つべきものは車通勤の同期と言うとこか
その後、仕事にキリをつけて帰り支度をするともう深夜1時を回っていて、あたしとエースは深夜でも1台だけ動いているエレベーターを使って1階まで行くと、正面玄関に止めてあったエースの車に乗った
「やー本当に助かったわ」
「ははっ、感謝しろよ」
「うん!」
助手席に乗り込むとそこはエースの匂いが充満していて少しだけドキッとしたけど、いつも通り笑うエースにあたしも仕事から解放されてホッと一息
軽く自宅の位置を教えると理解したエースが車を発車させた
車内では他愛もない話しで盛り上がって、自宅に着くのはあっという間だった
「あ、ここだよ」
「おう」
自宅マンションのすぐ前で停車した車に、あたしはエースの方を向いて改めて御礼を言えばエースは「気にすんな」と言って笑ってくれた
本当、こんな優しい同期を持って幸せだなぁと思った
「じゃあ、また明日ね」
「なぁ、ナナシ」
「ん?」
シートベルトを外し車の取っ手に手をかけると、エースに名前を呼ばれ振り返ると、そこには少し真剣な表情をしたエースがいて、あたしは驚いて軽く目を見開いた
「仕事大変だろうけどさ・・・」
「うん」
真っ直ぐと視線を向けられ、あたしは何を言われるのかドキドキしていると、エースはその表情を柔らかいものに変えると口を開いた
「頑張れよ!」
「お前なら絶対やり切れるから」と続け、二カッと少年のような笑みを向けてきたエースにあたしは大きく目を見開いた
「まぁ、頑張ってるやつにさらに頑張れって言うのもどうかと思ったんだけどさ、ナナシは途中で放り出すとか中途半端な真似できねぇだろ?だから、応援してるって意味で頑張れ」
相変わらずその顔は笑っていて、エースのそんな想いが篭った「頑張れ」が嬉しくてあたしは何だか泣けてきそうだった
「ありがとう、エース」
「おう・・・あ、でもな、無理だけはすんなよ」
「それは約束できないなぁ」
焦ったように言うエースが何だか可笑しくて、冗談っぽくそう言えば、エースは眉間に皺を寄せたので、あたしは苦笑しながら車を降りた
「エース、送ってくれてありがとう」
「・・・」
自動で開いた窓から中を覗き込みそう言えば、まだ眉間に皺を寄せたエースは返事をせずにこっちをジッと見据えているのでどうしたのかと首を傾げれば、エースは徐にシートベルトを外すと助手席の方まで身を乗り出した
「え、何、どうした・・・んっ」
何事かとその様子を見ていれば、窓から飛び出てきたエースの腕があたしの後頭部へ回り、気づいたときには唇に暖かい温もり
「つーわけで、あんま心配かけさせんな」
「・・・っ」
唇が離れてすぐ、目の前でそう呟いて舌を出すエースにあたしは目を瞬かせることしか出来ず、しかもエースは「じゃ」と言って逃げるように車を発進させてしまった
「ちょ、ファーストキスなんですけど!!」
エースの車が暗闇に消えた頃、我に帰ったあたしはそう言うので精一杯で、顔は熱くて仕方なかった
「(でも、嫌じゃなかったかも)」
唇に残ったエースの温もりに、そんなことを思って星空輝く空を見上げれば、暫く忘れていた胸のトキメキに思わず頬が緩んだのはあたしだけの秘密
(明日からまた、頑張れそうだ)
end
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