10万打御礼企画夢
(海を愛した男)


あたしの愛した人は

海を愛した人でした


海を愛した男


「こんにちはー」

木造の少し古びた酒場の扉を開けると、ギギッと扉が開く音と扉についていた小さな鈴が鳴り、もうその音すら気にならなくなるほど通っている酒場の店主にあたしは笑顔で声をかけると、いつものように爽やかな笑みを浮かべて迎えてくれる

「また昼間っから入り浸るつもりか?」

「まぁね。いつものちょうだい」

指定席となっているカウンターの一番奥の席に腰掛け、呆れたように言う店主にニッコリ笑ってそう言えば、店主は苦笑しながら店の奥へ酒を取りに向かった

現在の時刻はお昼を過ぎた頃、酒場に来るには早すぎる時間帯で、あたし以外の客はほとんどいない

「ほらよ、あんま飲みすぎるんじゃねぇぞ」

「うん、分かってる」

少しして奥から出てきた店主にいつも飲んでるカクテルの入ったグラスを手渡され、あたしはまたニッコリ笑みを向けてそれを受け取った

「ぷはぁ!おいしい!」

「ははっ、良い飲みっぷりだ。10年前に飲めねぇって不貞腐れてたお前さんが懐かしいねぇ」

「ちょっと、それは言わない約束でしょ」

店主の言葉に頬を膨らませてから笑えば、店主は「はいはい」と呆れた笑みを浮かべた

「ま、お前さんもあの人と出会わなけりゃ酒なんてもんと一生出会うことはなかっただろうがなぁ」

「・・・そうね」

グラスを拭きながら何の気なしに呟いた店主の言葉にあたしの胸は一つ高鳴りを見せるが、あたしは至って平静にそう答えて再びカクテルに口を付ける

そう、あの人と出会わなければあたしはこの生まれ育った島に酒場があることも知らなかったし、お酒の味だって知らなかったし・・・こんなに胸が苦しい日々を過ごすことにもならなかったんだろう

「もう、10年経つな」

「えぇ・・・」

「連絡は?」

「あるわけ無いじゃない。海賊なんてそんなものよ、もとより期待してないわ」

「そうか・・・」

思い出すように呟く店主にあたしはどうでもいいように答えるが、実際は胸が苦しくて仕方が無い

あの人のことを思い出すたび、名前が出るたび、新聞でその活躍を見るたび・・・あたしの胸は握りつぶされるかのように苦しくなるんだから

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10年前のあの日、彼らはこの島にやってきた
海賊旗を掲げていて、その当時は今ほど有名ではなかったけど、平和に暮らしていたあたしには海賊というものに興味を引かれ海岸へ向かい

そこで彼とであった

あたしはまさか本当に会えるなんて思っていなくて、この島では見たこともないような屈強な男の人に怖くなって立ちすくんでいれば、赤髪で左目に三本の傷のある彼と目が合った

『お嬢さんはこの島の子かな?』

何を言われるのかと恐怖で立ちすくんでいれば、赤髪の彼は海賊とは思えないほど優しい笑みを向けてそう問いかけてきたので、あたしは思わず拍子抜けてコクンと一つ頷くと、彼は嬉しそうに笑みを濃くしあたしに島を案内して欲しいと言ってきた

あたしはすぐにその男、シャンクスと言う人物に惹かれた

今まで島に酒場があるのも知らなかったのに、彼らについて回っていれば自然とそう言う場所に足を運ぶことが多く、ここの店主ともその時仲良くなって、その時は未成年だったこともありお酒を飲めなかったあたしはシャンクスたちによく餓鬼だとバカにされた

『あたし、シャンクスが好きなの』

暫くして、あたしは自分の溢れ出そうになる想いをシャンクスに伝えた

緊張して恥ずかしくて、餓鬼扱いされているあたしをシャンクスがどう思っているのか返事が怖くて、俯いているあたしをシャンクスは顎を掴んで視線を合わせると、初めて会った時みたいに優しく微笑み『俺もだ』と言って優しくキスしてくれた

嬉しくて幸せで、信じられなかったけど、その幸せもすぐに終わって、最後まで乗せて欲しいと懇願したあたしを置いて、彼らはこの島を旅立って行った

『待っててくれ、必ず迎えに来る』

そんな確証のない頼りない言葉だけを残し、シャンクスはあたしを置いて海の向こうへ行ってしまったのだ
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「あたしも馬鹿だよね」

「どうした、急に?」

ボンヤリ10年前のことを考えていて、あたしは何だか笑えてきてしまった

初恋だった、そして確かに大好きだった相手は海賊で、戻ってくる保障もないのにあたしは未だに彼をこの島で待ち続けている

本当は一人でも島を飛び出して追いかけたかったけど、シャンクスの言葉を思い出すとそれもできなくて、もしかしたらシャンクスはそのことも見越してあの言葉を残したのかもしれないと思うと何だか悔しい

「結局、あの人の思う壺ってわけよね」

自嘲しながら空になったグラスを見つめ、中に入っていた小さくなった氷がカランと音を立てた

「まだ想ってるんだ」

「・・・」

不意にかけられた声に視線を向ければ、そこにはいつの間に隣に座ったのか顔馴染みの男がいて、あたしはそれを確認すると視線を外し息を吐いた

「そんなに辛いなら諦めなよ」

「うるさいわね。あたしの勝手でしょ?」

「海賊だぜ?戻ってくる保障なんてないだろ」

その男は数年前からあたしに付きまとってくる男で、あたしを諦めさせようと口を滑らせる

「そうね。その通り。だけど、あなたに言われたくないし例え忘れたとしてもあんただけは絶対好きにならない」

「はっ、相変わらず手厳しいね。そんなにいいのかよ、シャンクスって奴が」

「えぇ、少なくともあなたよりは断然良い男よ」

「へぇ、でも、俺は少なくともそいつより君を悲しませることは無いと想うけど」

「君の傍にずっといられるんだから」と言って、あたしの肩に手を回してくるその男の言葉にあたしは思わず表情を歪めてしまった

すごくムカつくのに反論できないのは、あたしがシャンクスに対して一番思っていることだから


本当はすぐにでも抱きしめて欲しい、名前を呼んで欲しい、笑った顔がみたい


「会いたいよ・・・シャンクスっ」

今までずっと押し込めていた気持ちが溢れ出てくるように、大粒の涙となって瞳からどんどん流れてくる

泣きたくない
寂しくなんかない
だけど、もう10年も待った

他に好きな人が出来ちゃったのかな
あたしのこと忘れたのかな
やっぱり海賊として生きるにはあたしは必要なかったのかな


信じたいのにマイナスのことばかり考えてはそれを振り払う毎日で

「もう、待てない・・・」

苦しくて苦しくて仕方なくて、あなたを想うたびに嬉しいのに悲しくて

どんどん溢れてくる涙を手で覆えば、目の前の男も店主も心配そうに声をかけてくるけど、あたしの涙は暫く止まりそうにはなくて


チリンチリン

「いらっしゃ・・・あ!」

声を殺して泣いていれば、店内に響く扉の鈴の音に、店主があたしを気にしながらそちらに視線を向け、そして驚きの声を上げたので、あたしはどうしたのかとまだ止まらない涙をそのままに視線を扉へと向けた

そしてそこに立つ人物に大きく目を見開いた


「久しぶりだな、ナナシ」

赤い髪に左目の三本傷、黒いマントに藁草履、10年前より少し老けてはいるけど、その優しい笑顔は紛れもなく

「シャンクス・・・なの?」

「あぁ」

涙で歪んだ視界でもはっきりと分かるその顔とその声はずっと見たくて聞きたかった声であたしはまた涙が溢れてきた

「あ、あんたなんで・・・」

「お、店主も久しぶりだな!」

「あぁ、あんたも変わりなく・・・って、そうじゃなくて!あんた一体どうしてこの島に・・・」

「どうしてって、そりゃ・・・」

言葉の出てこないあたしの変わりに動揺したように聞く店主に、シャンクスは口端を吊り上げるとあたしの方へ視線を移すと、口を開いた

「ナナシを迎えに来たに決まってる」

「ナナシを?」

「・・・っ」

「あぁ、10年前に約束したからな、必ず迎えに来ると」

真っ直ぐ向けられた視線と力強く発せられたその言葉に、あたしの涙腺はまた崩壊して、だけどその視線から逸らすことはしたくなかった

何も言わないあたしの方へゆっくりと近づいてくるシャンクスに、あたしは色々言いたいことはあったのに、そんなこと全部どうでもよくて、嬉しすぎて声がでない


「待てよ」

「ん?」

縮まる距離にバクバクする心臓を何とか落ち着かせようとしていれば、不意にあたしとシャンクスの間に立ちはだかる人物

それは先ほどまであたしの隣に座っていた男で、そいつはシャンクスをジッと見据えると腕を組んだ

「ナナシはもう俺のものだ」

「ちょ、」

「・・・」

男の突然の言葉にあたしは目を見開き、シャンクスもその言葉を理解すると目を細め男を威圧するように見据える

「あんたは10年も何の音沙汰もなくナナシを待たせ続けた。それがどんなにナナシを傷つけたか、苦しめたかしらないだろ」

「ちょっと、やめてよ!」

確かにあたしが想っていたことだけど、他人の口から言われるとこんなにも腹が立つとは想わなくて、あたしは思わず立ち上がり男の肩を掴んでいた

すると男はあたしの手を取ると笑みを浮かべた

「あんたじゃもう、ナナシを幸せにできないんだよ」

「あのね、あんたいい加減に・・・」

勘違いも甚だしい!
いい加減怒りがピークに達したあたしがその腕を振り払い反論しようとしたときだった


グッ


「え?」

突然、男に掴まれている方の腕をシャンクスが掴み、驚き顔を上げれば真剣な瞳と重なって、その射抜かれるような視線にゴクリと息を飲んだ

「逃がさねぇ・・・お前は俺のもんだ・・・誰にも渡さねぇ」

「シャン、クス・・・」

言葉の終わりと同時に引き寄せられ、いつの間にかあたしの腕を掴んでいた男は気絶していた

シャンクスの言葉と久しぶりにシャンクスの温もりに包まれたことに酷く安心して、あたしはまた止まっていた涙が溢れてきて、シャンクスのシャツを握り締めてその胸に顔を埋めた

「待たせたな、ナナシ」

「本当よ、馬鹿っ」

「遅くなって悪かった・・・けどな、俺はお前のこと一度だって忘れたことないんだぞ」

「そんなの、あたしだって同じだよ!」

「だっはっは、そりゃお前の今の顔みりゃ分かるさ」

「なっ、もう、シャンクス!」

10年前と変わらない笑い声、少し皺が目立つようになったその表情、抱きしめてくれるシャンクスの腕の強さ

全部が懐かしくて愛しくて嬉しくて、あたしはそっとシャンクスの頬に手を添えた

「ちょっと老けたね」

「良い男になったって言ってくれよ」

「うん、すっごく良い男になった」

「惚れ直したか?」

その少しかさかさした頬を撫でながら言えば、調子に乗ったようにそう言って笑うので、何だか悔しかったけど、素直に頷いてみれば一瞬目を見開いたシャンクスだったがすぐに嬉しそうに笑った

「ナナシは随分大人っぽくなった」

「当たり前よ、10年も経ったんだから。シャンクスが待たせるからあたし、おばさんになっちゃったじゃない」

「だっはっは!」

盛大に笑うシャンクスに不貞腐れたように頬を膨らませれば、シャンクスはひとしきり笑うとあたしの頬に手を沿え、少し真剣な表情を向けた

その表情にドキっと胸が高鳴った

「綺麗になった」

「っ、からかわないでよ!まだどうせ餓鬼だとか思ってる・・・んっ!」

頬を撫でながら言われた言葉にあたしはドギマギしながら苦笑していたが、そんなあたしの言葉を遮るように塞がれた唇に、10年の月日を埋めるには短くて軽いキスだったのに、あたしの胸はそれだけでもいっぱいになって

「さぁ、待たせた分これからめいっぱい愛してやる」

「うん!」

唇が離れると同時に満面の笑みでそう言われれば、今までの辛くて苦しかった10年の月日も霞んで思え、あたしも満面な笑みでそう答えていた


これからは海と同じぐらい
いっぱい愛してね





end


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